第19話 警察の協力者
午後三時から上野さんと会って、その後、連絡が来ないまま午後五時になって近くの小学校のチャイムが鳴った。そわそわとし始めたつばめさんに「夕飯作るの手伝って!」と言われて、何故かクッキー生地を作って、焼き始め、やがて第一陣のクッキー達が焼けると玄関の方から人の声が聞こえてきた。扉を開けて、入ってきた二人の男の声に身体を強張らせる。
先ほどのパソコンの画面に映っていた上野さんのぎょろりとした目を思い出す。
「すいません、糸魚川くん、それにつばめ。驚かせてしまって……」
リビングに入ってきた五味教授につばめさんが勢いよく抱き着いた。
「よかった~! お父さん、大丈夫だったの⁉」
「ええ、大丈夫でしたよ。頭を打ったと言って、病院で検査をしてきましたからね」
僕が気になるのは五味教授の後ろに立っているスーツ姿の男性だ。つばめさんがその人のことを気にしていないということは、きっと知り合いなのだろうが、元から目つきが悪いのか、彼に見られていると訳もなく、睨まれているように感じて、なにも悪いことをしていないのに「僕がやりました」という言葉を吐き出してしまいそうになってしまう。
「それで、お父さん、その人誰なの?」
つばめさんが五味教授の後ろのスーツの男性を指さした。気にしていないようだったから知り合いだと勝手に思っていたけれど、つばめさんにとっても彼は初めましての人だったらしい。
「彼は私の協力者です。ほら、言ったでしょう? 刑事課の人に資料をもらっていると」
「五味さん、本当に少年にも資料を見せていたのか」
低い声を出して、刑事課の男性が僕のことを見る。警戒しているのか、それとも最初から険しい顔に悪い目つきなのかは分からないが、直視しないでほしい。
「ええ、彼は糸魚川くんです。資料をもらう時に彼にも資料を見せると話したでしょう?」
「そうか……」
男性は僕を見ていたと思うと次につばめさんを見た。
「彼女が五味さんの娘さんの?」
「ええ、つばめです。あなたと会わせるのは初めてでしたね」
男性はつばめさんを見下ろすと彼女に手を差し出した。二メートル近くはあるんじゃないだろうかと思える男性が少し屈んで手を差し出してきたものだから、つばめさんはきょとんと目を丸くしたまま、その手に自分の手を重ねた。
「刑事の
三鷹さん。なんだか、苗字からも強そうな雰囲気を感じ、さらに委縮してしまう。三鷹さんはつばめさんと握手をすると、今度はずんずんと僕へと近づいてきた。
ぴたりと僕の前で彼が止まると、さらにその背の高さを実感する。彼が倒れてきたら、そのままなすすべもなく押しつぶされてしまいそうだ。
「君が糸魚川くんだな」
「は、はい、そうです」
彼はじっと僕から視線を逸らさなかった。穴が開くほど顔を見つめられても困る。いや、彼が見ているのは僕の顔全体ではなく、僕の義眼だ。
「……どうしました? そんなにじっと見て」
「君は……」
三鷹さんが何か言おうとしたところを、第二陣のクッキー生地を焼いていたオーブントースターが焼き終わりを知らせる高い音を発したことにより、中断された。
僕は両手にミトンをつけて、オーブントースターの中から焼き終わったクッキーの乗った鉄板を引っ張り出して、キッチンに置いた。
「……何故、クッキーを?」
「夕飯を一緒に作るのを手伝ってとつばめさんに言われて」
「夕飯……?」
三鷹さんが眉を寄せた。さすがに僕もクッキーが夕飯になるとは思っていない。しかも、何種類の味付けをしたわけでもない。プレーンクッキーが百枚ほど。
つばめさんも気が動転してたんだと思う。
「ああ、そうだ。もう夜ですし、三鷹くんも糸魚川くんもうちでご飯を食べて行きませんか?」
「え」
「いえ、俺は」
「あ、そうだ! 四人もいるなら、みんなで餃子作ろ!」
僕も三鷹さんも慌てて断ろうとしたが、勢いのあるつばめさんの提案に五味教授も「それはいいですね」と賛同してしまったことにより、断りづらい空気になってしまい。
結局、僕らは四人掛けのテーブルに餃子の種と皮を置いて、それぞれちまちまと餃子を形作ることになってしまった。
「三鷹くんと糸魚川くんはいずれ、顔を合わせてもらうつもりでした。協力している人だと紹介するのは大事なことですからね」
まさか、五味教授とつばめさんと隣に座り、僕の隣に三鷹さんが座るとは思わなかった。三鷹さんだって、初めて出会った僕とこうして隣に座って餃子を作るなんて考えていなかっただろう。
「そういえば、お父さん、上野さんとの話し合いの時、なにがあったの?」
「私は彼の声とモスキート音が聞こえました。鼓膜が破裂したかと思いました。すると、彼の言葉に従うように、喋るつもりもない言葉が口から出てきたのです」
五味教授が上野さんに問い詰められた時、〝ハイダー〟の話題を出したのは五味教授の意思ではない。
「それはそうとつばめと糸魚川くんは大丈夫でしたか? 音声はこちらにも届いていたでしょう?」
「うん! キーンってでっかい音がしたから耳を塞いだの!」
「でも、五味教授のように何かを喋り出すことはなかったです。モスキート音も聞こえましたが、それ以外はなにも」
答えると五味教授はほっと胸を撫で下ろした。
「よかったです。君たちになにかあったらどうしようと不安だったんです。それよりも、あの後、休日の三鷹くんに連絡して、あの部屋に来てもらったんですが……」
「上野夫妻が暮らしていた寝室には首吊り用に結ばれたロープがあった。そして、床の染みなどからして、使われた後だということも分かっている」
ネックウォーマーを頭へと移動させた時に顕になった首の縄の痕はやはり、そういうことだったのだ。つまり、つばめさんのあの時の呟きは的外れではないことになる。
上野修平は〝ハイダー〟だ。
「彼が〝ハイダー〟なのは間違いないでしょう。彼は私の聴覚に影響を及ぼして、私から情報を聞き出そうとしていました。強制力のある力でしたから、近くにいる私にしか効かなかったんでしょう。そして、彼の叶えようとしている願いはおそらく妻である上野明希奈さんが亡くなった理由を知るというものです」
「知るだけが願いなのかどうかは怪しいがな」
三鷹さんは誰よりも性格に餃子の羽を等間隔に作りながら、そう零した。僕はというとなかなか餃子の羽がうまいこと作れない。ぐちゃぐちゃだ。
「上野修平が妻の死に絶望して死んだとすると、彼は妻の復讐を願って死んだ可能性もある。そうなると、妻の死の理由を知ることは復讐のために必要だということになる」
今回の集団パニックの原因は〝ハイダー〟だと五味教授は思っている。そして、集団パニックより亡くなった女性の夫が〝ハイダー〟となって、妻が亡くなった理由を探している。そして、その願いが復讐だとしたら、上野修平さんに憑りついた〝ハイダー〟は集団パニックを起こしている〝ハイダー〟に復讐しなければならない。
こんがらがってきた。
「〝ハイダー〟同士は対立することはあるんでしょうか? 願いが対立するものだった場合、彼らはどうするんでしょう?」
五味教授は顎に手をあてて、考え込んだ。つばめさんは皮手袋の上にキッチンにあったビニール手袋をつけて餃子を作っているので見ていてたどたどしい。素手で作ったら、まだ早いだろうに、ビニール手袋のせいですんなりと作業ができないみたいだ。
「どちらにせよ、我々は集団パニックの事件を早く解明しないといけませんね」
上野修平さんへの聞き込みでは、あまり有力な情報は得られなかった。事件について僕は幻覚の内容を思い出さなければいけないのに、このままでは何も思い出せずに終わってしまう。
「本当はいけないことなのですが……実は、彼の家から持ってきたものがあるんです」
五味教授は手を洗うと、ソファーの上に置いてあった彼の鞄から透明な袋に入れたスマホを取り出した。赤い色に布で作られた花のストラップがついている。
上野明希奈さんのスマホだ。
「悪用する目的ではなく、なにかしら、情報が得られないかと思い、拝借したんです。修平さんもこのスマホからはもう情報を得られないと思い、テーブルの上に残していったんでしょう」
「お父さん、餃子作るの、サボっちゃダメ!」
つばめさんに怒られて、五味教授はそそくさと席に戻った。
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