第17話 土地にこだわる化け物
まさか、三つ目の集団パニックに夫婦で巻き込まれている人がいて、奥さんを亡くしている人がいるとは思わなかった。しかも、これから五味教授はその人と会うと言っている。
もうすでに五味教授は証言をしてくれると言っている上野修平さんの住んでいるマンションへと向かっていて、僕とつばめさんは待機している。
「神社で出会った人にお肉を奢ってもらったんだよね? 美味しかった」
「高いお肉だったし、美味しかったよ。滅多に食べられないからおかわりした」
「いいなぁ~」
つばめさんも五味教授に頼めば、少し高い焼肉店に連れて行ってもらえるかもしれないと話すと「今度頼んでみる!」と嬉しそうに言っていた。
そんな話をしながら、カラオケ店でそうしたようにノートパソコンを机の上に広げて、マイク付きのヘッドフォンを取り出す。
「響くんはリストの人達が関係してると思ってるの?」
「うん。一つ目の集団パニックと二つ目の集団パニックの距離は市も違うし、離れてる。商店街も交差点も離れている……。だから、場所はあまり関係なくて、人が関係してるんじゃないかと思って」
「確かに、〝ハイダー〟の叶えようとしている願いが場所じゃなくて人に関係しているものなら、特定の人物を狙ってるかも」
「逆に場所に固執する〝ハイダー〟っているの?」
「いたよー」
つばめさんはリンゴジュースを一口飲むと、思い出すように目線を斜め上へと泳がせた。
「確か、その〝ハイダー〟が憑りついた死体の人は、立ち退きを要求されていたの。しかも、結構強引な立ち退きの仕方で、周りの人達は次々と家を手放していく中、その人は残っていて、だけど、ついに立ち退きをさせるために精神的に追い詰められて自殺しちゃったの」
世の中には立ち退きをさせるためのバイトもあると言われているけど、もしかしたら、僕が知っているバイトの情報は都市伝説かもしれない。
昔はまぐろ拾いなんて言って、電車での人身事故があった時に肉片を拾うバイトがあるなんてまことしやかに語られていたが、それも嘘だと最近分かった。
「そしたら、自殺した死体に〝ハイダー〟が憑りついてね。立ち退きをさせようと毎日押しかけていた人達を家の中に招き入れて、家から出られないように細工をしてから家に火をつけた」
「……それでその〝ハイダー〟は願いを達成したから消滅した?」
つばめさんは首を横に振った。
「それだと、殺人をしたということで捕まってしまって、その場所の開発が進んでしまうと思ったみたいで、その〝ハイダー〟は自分の身体に火をつけた」
「え」
捕まってしまって願いが叶えられなくなるのも、自分の身体に火をつけて死んでしまうのも、どちらも同じじゃないか。
「〝ハイダー〟には痛覚がないの。憑りついているのは死体だから、心臓とかは無理やり動かして生きているように見せているけど。痛覚を感じないから、その〝ハイダー〟は火がついたまま、歩き回ったの。立ち退かない、俺は立ち退かないぞって叫びながら」
その情景を想像してしまった。
全員火だるまになった男性が痛みから叫ぶわけでもなく「立ち退かない」と叫びながら、歩く姿は恐怖だ。想像だけでも怖いんだ。実際にその姿を見た人は腰を抜かしたのかもしれない。
「元々、その場所にはマンションを建てようと思われてて、そんな不気味なことがあったから、マンションを建てたとしても誰も来ないだろうし、幽霊の噂も出始めたから、誰も近寄らなくなったの」
「……結局、その場所は放置されて、立ち退く必要はなくなったということか」
〝ハイダー〟の願いは叶った。
立ち退かせようとしていた人々が家に閉じ込められて火をつけられて死亡し、立ち退きを要求されていた男性は火だるまになりながらも自分の要求を叫びまわった。
怨霊となって、その家に残っていると言われたら、信じるまではいかなくとも、その土地に近寄りたくないと思うだろう。
「だから、願いによって〝ハイダー〟のとる行動は千差万別だって、お父さんが言ってたよ」
「〝ハイダー〟は人間の五感に影響を与えるって言ってたよね。その〝ハイダー〟はどんな影響を与えてたの?」
「聴覚に影響を与えて、聞こえやすくしてたみたい。立ち退かないぞっていう声がその〝ハイダー〟を中心に半径五十メートルの人達の耳にはっきりと聞こえていたみたい」
「……ずいぶん広いね」
「元々の聴力の性能をあげるだけの影響だから、そこまで範囲が広かったんだろうってお父さんが言ってたよ」
今回、僕が巻き込まれた集団パニックは最大十五人ほどをパニック状態にした。同じ影響を与えるものだとしても、強い影響を与えるほど、狭い範囲でしか影響を与えられなくなるということだろうか。
確かに、人をパニック状態にさせる程の力が半径五十メートルの範囲で使われてしまったら、事件どころではない。ただの災害だ。
「視覚に影響を与える〝ハイダー〟は目を瞑っていれば対処できるけど、聴覚は耳を塞いでも少しは聞こえちゃうからどうしても影響を受けちゃうんだって」
「今は外の音をシャットダウンするイヤホンとかも売られてるけど、常につけるわけにはいかないしね」
そんな話をしているとノートパソコンの画面に五味宅とは別の家の部屋が映った。どうやら、五味教授が上野さんの住んでいるマンションに到着したらしい。
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