第16話 次の証言者
次に会った時、五味教授はひどく心配したような表情をしていた。つばめさんから僕が変な大人に絡まれていたと聞いたらしい。つばめさんはしっかりと五味教授に田所さんの名刺を渡していて、僕がつばめさんに連絡をするまではずっと心配していてくれたらしい。
「大丈夫でしたか?」
「ちょっとお高い焼肉を奢ってもらいました」
安心させようとして言った言葉に五味教授は「本当に大丈夫ですか? 何もされていませんか?」とさらに心配してきた。
「あの人とはどういう関係なの?」
「昔、ちょっと知り合って、色々聞かれたんだ。ちょっと性格が悪い人であんまり近寄りたくなかったんだけど、ばったり会っちゃって」
嘘は言っていない。
田所さんのことを二人にどう説明しようか一晩中、頭を悩ませていたが、彼が昔フリーのジャーナリストを目指していて、僕に話しかけてきてインタビューの練習をしていたということにした。当時、彼がどのような場所で記事を書いていたのかは知らないが、とりあえず彼が書いた記事を五味教授とつばめさんに見られたくなかった。
きっとその記事には、だいぶ誇張されたひどく傷ついた男子の様子が書かれているだろうから。
「そういえば、世間話をしていたら、彼が集団パニックについて調べていることが分かって、ちょっと話を聞いてみたんです」
「集団パニックを? 糸魚川くんはなにか聞かれましたか?」
「いえ、ほとんど聞かれませんでした。十七歳の少年が巷で起こっている集団パニック事件をどう思っているかを聞かれたくらいです」
警察に見つかって交番に連れて行かれたことも話していないのだ。その現場を目撃されて、盗み聞きをされ、集団パニックの経験者なら話を聞かせろと詰め寄られたことは黙っていたい。
それぐらいならいいかと五味教授も僕の言う事を信じてくれた。
「その話をするということはなにか気になることでもあったんですか?」
「一つ目の事件の立神一也という男性と二つ目の事件の銭形世津子という亡くなった二人の男女が昔恋人同士だったらしいんです」
「恋人同士?」
「別れたのは四年前らしいんですけど、なにか関係ないかと思って……」
自分で口にしながらも実際、どう関係があるのかは分からない。三つ目の商店街での事件や、四つ目の交差点の事件に繋がりのある人物はいない。
とりあえず、僕は前に来た時に開いてもいなかった三つ目の集団パニックの資料を開いた。
七月十四日。
集団パニックに巻き込まれたのは喫茶店の前を歩いていたらしい十人。買い物に来た主婦が多く。あとは仕事帰りの者が多かった。特別な理由を持って外出している者はいなかった。
亡くなったのは一名。運悪く喫茶店の前に置いてある商店街のマスコットキャラクターのトーテムポールが倒れて、下敷きになってしまったらしい。ちょっとはそっとのことでは倒れないように重くしたのが仇となり、人が亡くなることになった。しかし、トーテムポールは通常であれば、倒れるはずがないので、集団パニックにより、パニックを起こした人間が力の限り押してしまったのだと言われている。
悲鳴や叫び声を聞いた喫茶店の店員と客が店から出て確認すると集団パニック後で錯乱している人々がいたらしい。商店街の道路に監視カメラは設置されていなかったようで、集団パニックの経験者に何があったのか聞くしかない状況となっている。
「この事件で亡くなっている人の名前は……
僕はおもむろに手を伸ばして、一つ目と二つ目の事件の資料を捲った。テーブルの端に置かれているリンゴジュースの入ったガラスのグラスの表面に水滴が伝う。
「立神一也、二十六歳。フリーター。銭形世津子、二十六歳、ショッピングセンターの駄菓子屋の店員……」
この二人と三回目の集団パニックで亡くなった人はあまり関係がないように思える。主婦にフリーターに駄菓子屋の店員。共通点がない。
「糸魚川くん。実は君が巻き込まれた四回目の集団パニックの資料を先日いただいたんです。見ますか?」
「はい。見ます」
ひどい写真は抜いてありますから、と言いながら五味教授は僕に資料を手渡した。表紙には七月二十五日と書かれていて、麻紐で資料はまとめられていた。ページを捲る。
七月二十五日。
集団パニックに巻き込まれたのは、横断歩道で赤信号が変わるのを待っていた十五人。
会社の昼休憩の時間に外出した者。コンビニに昼ご飯を買って会社に戻ろうとしていた者。買い出しに出かけていた者。営業の途中だった者。近くの店に行こうとしていた者。特別な理由を持って外出していた者はいなかった。
亡くなったのは二名。
一人はパニックを起こし、自ら赤信号の道路に飛び出し、トラックに轢かれてしまった男性、二十九歳、会社員の
もう一人は集団パニックが起こった際に転倒して、後頭部を地面に強打してしまった男性、四十二歳、出版社勤務の
悲鳴や叫び声を聞いた遠くを歩いていた通行人が警察に通報。トラックの事故もあり、警察官が何人も駆けつけ、現場は騒然としていた。
道路を映しているらしい監視カメラの映像は調べられたそうだが、どうしても、集団パニックが起こる直前の映像に乱れが走り、何が原因で集団パニックが起きているかは分からないらしい。
きっと僕が見た転がっていた死体は、出版社勤務の泉田郁哉さんだ。
「見るのが辛かったら、無理して見なくてもいいんですよ?」
「いえ、大丈夫です」
写真がないためか、資料を見ていても特別不愉快に感じることはなかった。リストの一番下には僕の名前があり、年齢だけが書かれていた。特別記載する必要もなかったのか何も書かれていない。
「五味教授……。この資料を教授に渡している人は、警察関係者なんですか?」
「ええ、そうですよ。彼も〝ハイダー〟関連の事象をその目で見てね。〝ハイダー〟関連の事件かもしれないと思ったら、協力してくれるんです。刑事課の人間ですよ」
刑事課の人間だったら、事件の情報を入手することは可能だろう。一般人に情報を横流しにするのは本当はよくないことかもしれないが、本当に〝ハイダー〟が関わっているのであれば、警察だけでは解決できない問題だから、五味教授に協力するのは当たり前かもしれない。
「刑事課の人間……」
しかし、その刑事課の人間も五味教授に全ての情報を渡しているわけではないだろう。
他の人物には、時折「同棲相手への暴力などで警察へ通報された過去があり」や「学生時代万引きをした過去あり」など、警察であれば、入手できるような情報があるのに、僕のところにはなにも書かれていない。
「……もしかしたら、警察が調べないような繋がりがリストの人物にはあるかもしれないです」
僕以外の人間もリストに書かれていない事実があるかもしれない。フリーのジャーナリストである田所さんが繋がりはないと言っていたとしても、もしかしたら、彼さえも見逃している何かがあるのかもしれない。
「そうですね……警察では調べないようなこと。とりあえず、前科などからは離れて、彼らがどのような人物かを調べる必要がありますね」
五味教授はすんなりと僕の意見に納得してくれた。
「それなら、やはり、証言を聞くべきですね。今日の午後三時から証言を聞く約束をしているんです。その人は自宅から出られないと主張しているので、私は自宅に伺います。なので、つばめと糸魚川くんはここで待機して、前のようにパソコンを繋げてください」
「分かりました」
今日は誰の話を聞くことになるんだろうと開かれた四つの資料に視線を落とす。すると、五味教授は開かれたページのとある箇所を指さした。
七月十四日。三つ目の商店街での集団パニックのリストの三つ目の欄の「
「そうです。亡くなった上野明希奈さんの旦那さんです」
亡くなった人の遺族の証言と聞いて、意識していなくても、指先が冷えて行くのを感じた。
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