第15話 被害者の接点


「まぁ、昔話はいいとして、集団パニックの話だ。どうも、糸井川少年とは昔話の方が盛り上がるな」

「色々ありましたからね」


 僕も田所さんも五年前は色々とあっただろう。久しぶりにあったとしても、新しい話よりもお互い認識している五年前の話が盛り上がるのは当然のことだ。


「集団パニックを引き起こしたのは糸魚川少年か?」


 彼がウインナーを網の上にのせながら、唐突な質問をした。突拍子のない質問に思わず眉をしかめる。


「まさか。僕が犯人だと思ってるんですか?」


「微塵も思っていない。確かに昔ももしかしたら糸魚川少年が犯人かもしれないという記事が出たが小学生がこんなことをするわけがないと一蹴された。でも、今の糸魚川少年は小学生じゃない。なにかの拍子で罪を犯してしまう可能性がある高校生ぐらいの年齢の学校にも行っていない少年だ」


 にやにやと田所さんは口元に笑みを浮かべる。


 田所さんが想像を膨らませてしまえば、僕は集団パニックの犯人ということになってしまうということだ。昔、田所さんが僕を犯人だという記事を書かなかったのは、現実味がなかったから。今では、少しの現実味がある。


「僕は集団パニックが起こっていることを巻き込まれてから初めて知りました。自分が巻き込まれてから初めて調べましたけど、僕は他の集団パニックの現場には近寄ったことがありません」


「そんな事実は俺にとってはどうでもいいんだ」


 田所さんに必要なのは面白そうな話。僕が犯人ではないという証明ではないらしい。


 だったら、僕がすべきことは、田所さんに違う話を出すことだ。


「……田所さんは集団パニック巻き込まれた人達の中に犯人がいると思ってるんですか?」


「ああ、そうだな」


「じゃあ、集団パニックの被害者の中で何回も集団パニックの現場にいた人はいました?」


 彼は首を横に振りながら、網の上に玉ねぎをのせた。僕のことは交番の前まで後を付けて、集団パニックに関わっていると知ったらしいが、他の事件で巻き込まれた人のリストは持っているのだろう。どこから入手したんだろう。ネットで情報が出ているのだろうか。


「だったら、集団パニックに巻き込まれた中に犯人がいるとして、犯人は複数犯じゃないんですか? ほら、同じ思想を持った人達が集まって事件を起こしていたとか」


「宗教がらみだって?」


「そこまでは言ってないんですけど……」


 正直、宗教なんて生まれてこの方あまり気にしたことはない。宗教にのめり込んでいる人間が周りにいなかったし、ニュースなどもほとんど見ていなかったから、宗教という単語を出されても正直実感がほとんど湧かない。


「……はぁ、糸魚川少年には負けたよ」

「え?」


 彼は笑うと僕の皿に焼けたウインナーをのせた。


「実は、最初の集団パニックで死んだ男と次の集団パニックで死んだ女、繋がりがあるんだ」


 僕は皿の上にのったウインナーに伸ばしていた箸を思わず止めた。


「繋がり……?」


 僕が犯人だという話から主軸を逸らすために他の被害者が犯人ではないかとは言ったが、その話から話題が広がるとは思わなかったし、なにより、知らない情報が手に入るとは思わなかった。


 最初の事件というのは六月十六日の刈首駅のホームでの集団パニック。

 次の事件というのは四ツ目ショッピングセンターでの集団パニック。


 この二つの事件で亡くなったのは合計三人。駅のホームで二人、ショッピングセンターで一人だ。その死んだ人達の間に関係があるだなんてことは五味教授の家で読んだ資料には書かれていなかった。


「ああ、最初の事件が起こった駅で死んだ立神たつかみ一也かずやという男と、次の事件が起こったショッピングセンターで死んだ銭形ぜにがた世津子せつこという女は過去に恋人同士だったんだ」


「過去ってことは事件が起こった時は違ったんですか?」


「ああ、四年前に別れたらしい」


 死んだ人が誰と恋人同士だったかもそうだが、いつ別れていたかなんてことをよく調べられるなと僕は感心してしまった。人のプライベートを侵害しているのだろうが、普通そこまで調べない。


 一切、繋がりがないと思っていた被害者に繋がりがあった。しかし、四年も前に別れた恋人だったということは大して注目できる点ではない気がする。


「じゃあ、三つ目の事件は? 繋がりがある人はいたんですか?」

「いや、交友関係や親族関係も洗ってみたが、繋がりはなかった」


 となると、一つ目と二つ目で恋人だった二人が亡くなっているのはただの偶然か。

 せっせと網の上から焼いたものを皿に移しては新しい肉を焼き始める田所さんに甘えて、僕はご飯を追加した。


「糸魚川少年はどうして逃げ出したんだ?」


 やっぱり、交番での会話は聞かれていたらしい。僕が現場から逃げ出したことも彼は分かっているのだろう。ここで惚ける理由はない。


「殺されると思ったんです。近くに死体もあったし、正常とは言えない状況だったので……」


「交番でも言ってたな。まぁ、糸魚川少年がそう感じるのも大して不思議なことではないけどなぁ。むしろ、犯人だから逃げたという方がしっくりくるだろう?」


 まだこの人は僕が犯人説を推しているのか。


「ありえませんよ。そもそも、僕が犯人だったら後日警察に見つかって交番に連れて行かれるなんてドジしないと思います」


「それもそうだな」


 思い出したことでもあれば、連絡をくれと田所さんは追加で僕に自分の名刺を渡して、焼肉のお金を払ってくれた。後をつけられて、家の場所までバレては困ると思い、僕はしばらく図書館で時間を潰すことにした。

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