第12話 お参り
翌日、僕は緊張していた。
自分の持っている服の中でも一番新しいと言えるものに身を包んで、駅の階段前で待っていた。
「お待たせ、響くん!」
後ろから弾んだ声が聞こえて振り返る。つばめさんは最初に会った時と同じように半袖のパーカーに黒い革の手袋をしていた。彼女は膝よりも上の位置までしかないスカートをひらりと風に遊ばせながら、新品のスニーカーで階段を駆け下りてきた。
「待ってないよ」
「よかった! 今日はどこに行こうか?」
昨夜のうちにネットを開いて、この駅周辺に遊べる場所はないかと検索しておいたのだが、カラオケやゲームセンターなどに行くのは抵抗があった。何故なら、僕よりもつばめさんの方がその二つにはよく行っているだろうからだ。僕がいない時も遊んでいるからつまらないと思われても嫌だ。
せめて、いつもは行かないところをチョイスしようと思ってもオシャレなカフェには入りづらく、かといって、他に行ける場所もない。
その結果、導き出した結論は、神社だ。
「お参りとか興味ない?」
「お参り? 神社に行くの?」
「今回の〝ハイダー〟の事件が解決しますようにってお願いしに行くんだ」
十七歳二人で遊ぶとなって、果たして、神社という選択肢は受け入れられるんだろうか。心臓がどくどくと脈打つ。つばめさんは顔を綻ばせた。
「それ、いいね! 願いを成就させるためにも行こっか!」
よかった。僕の選択は間違っていなかったらしい。平日だから少ないだろうが、神社の近くには商店街もあり、境内には食べ物を撃っている屋台もいくつかあるらしい。お守りを買うのもありかもしれない。
僕は日差しを遮るために帽子を被り、つばめさんは膨らんだパーカーのフードの部分を揺らして歩いた。
「神社にはよくお参りしに来るの?」
「神社は……どうだろ。正月とか人がいる時季は避けるけど、人がいなくなったら、やっと初詣に来たりするくらいかな。あとはちょっと歩きたいと思った時に」
人目を避けて、歩き回った先にあった場所が人のいない神社だったことがある。
その時、僕は中学一年生で、息の詰まる学校から抜け出し、あてもなく歩いて、腹の中になにも入っていないのに内臓も全て吐いてしまえそうな気持ち悪さを抱えて歩いていた。そして、辿り着いた神社の境内の端っこの木の幹にもたれかかって、しばらくぼーっとしていた。それで落ち着いてから、時折その神社に訪れては市の図書館で借りた本を読んでいた。
今日行く神社はその神社ではないけれど、僕にとって神社はそこそこ安心できるようなところだ。
「私もお父さんと一緒に初詣に来るよ! 今年のおみくじは大吉だったの。大吉、当たったね。私にも友達ができたよ!」
つばめさんが無邪気にそう言って笑うから、思わず、帽子の鍔を掴んで、深くかぶり直してしまった。
「おみくじ引けるかな? 一緒に引いてみようよ」
階段をあがって、境内に足を踏み入れる。屋台はかき氷の屋台が一つと水あめの屋台が一つ。土日だったら、もっと屋台があるのだろう。でも、かき氷も水あめもこうやって屋台を見るのはいつぶりだろう。屋台は僕が逃げ込んでいた神社にはなかったから新鮮だ。
「かき氷も食べたいね!」
「まずはお参りをしてからにしよっか」
「うん、そうしよ!」
神社に来ようと昨日、計画を立ててから手水舎での手の洗い方や神社での参拝の仕方などはネットできちんと調べておいた。つばめさんが知らなくても、完璧に教えることは可能だ。
しかし、僕の準備もむなしく、手水舎を雨から守る屋根の柱に清め方の手順が書かれた看板が取り付けられており、つばめさんはそれを見ると、革手袋を外して、ポケットの中に入れた。
ずっと革手袋をつけているから、革手袋の下はずっと火傷の痕や人に見せたくないものが隠れていると勝手に思っていた。
でも、革手袋を外した彼女の手の甲は皺も傷も見当たらない綺麗な手だった。柄杓を握り、両の手に順に水をかける様子を見ていても、手の平にも傷などは見当たらない。やがて、彼女は全ての手順を終えて、革手袋とは反対のポケットからハンカチを取り出して、手を拭いた。
「あれ? 響くん、順番分からなくなったの?」
「え? ああ、大丈夫……。分かるよ」
昨日、ネットで調べたとは言わなかった。看板もあるのに知ったかぶりをしてもしょうがない。
「……つばめさん、どうして、革手袋をしているの? もう夏だし、暑いのに……」
僕が柄杓を握り、自分の手で水を落としながらそう聞くと、彼女は微笑んで、自分の唇の前で人差し指を立てた。
「手袋の話はまた今度ね」
先ほどまで無邪気に笑っていた彼女とは思えない雰囲気に僕は頷くことしかできなかった。
手水舎での手順を終えて、賽銭箱の前に立つと参拝の手順が賽銭箱の横の柱の看板に書かれていた。
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