第11話 刈首駅


 六月十六日。刈首かりくび駅ののぼりの電車が到着するホームで集団パニックは起こった。向かいのホームには人がいなかったため、集団パニック時に具体的に何があったのかのはっきりとした証言は得られていない。


 集団パニックに巻き込まれたとされる人数は八人。


 証言ができる者は全員、電車に乗るために駅にいたと答えている。仕事を早上がりしたもの、休みだったため出かけていて帰るところだったもの、大学の授業を終えてバイトに向かう者、一駅離れたカフェでお茶をして帰るところだった者。全員が頻度は違えど、駅を日常的に利用している者で、特別な理由を持った者はいなかった。


 亡くなっていたのは二名。電車が到着した時に轢かれた者が一名。集団パニックの際に線路に落ちて頭を打ち付け、亡くなってしまったのが一名。


 集団パニックの人間の中には電車を運転していた車掌も含まれており、人を轢いたことも覚えていないらしい。しかし、電車は緊急停止を行ったと記録されていた。


 奇妙なことは監視カメラが集団パニックが起こる直前に機能しなくなっていたこと。そのため、何が起こって集団パニックが発生し、人がどのように亡くなったのかは錯乱した経験者達の証言でしか分からない。


「確かに、集団パニックが起こる場所によっては人が死にますよね……。交差点でも赤信号なのに叫びながら道路に飛び出した人がいましたから……」


 トラックにぶつかり、跳んでいった人間の死体と事故の音は忘れようと思っても忘れられるものでもない。足元に転がっていた死体も同様だ。


「死体が出たのは駅と交差点だけじゃないみたい」


 二件目の資料を捲っていたつばめさんが顔をあげた。距離を詰めて、彼女の隣から彼女の手元の資料を見る。


 七月一日。四ツよつめショッピングセンターの一階、総合案内所前で集団パニックは起こった。集団パニックが起こったのが平日だったため、ショッピングモール内の総合案内所の周りには集団パニックに巻き込まれた六人しかおらず、確かな証言は得られなかった。


 ショッピングセンター内の店で働いている者、休みだからと人のいないショッピングモールを歩いていた者、買い出しに来た者、服のセール品を狙ってやってきた者。やはり特別な理由を持ってショッピングモールを訪れていた者はいなかった。


 亡くなっていたのは一名。集団パニックが起こった際、吹き抜けの二階と三階のどちらかから下を覗き込んで、転落したとされるショッピングセンター内の駄菓子屋の女性店員だった。集団パニックが上階にも及んでいたかどうかは、目撃者がいなかったため、定かではない。二階と三階の店で業務をしていた店員たちは全員悲鳴などがあがってから、一階の様子を上から覗き込んだらしいが、その時にはすでに死体があったらしい。


 この件でもまた監視カメラが集団パニックの直前から起動していなかったらしい。集団パニックの経験者達は一様に錯乱していてはっきりとしない証言しかしていない。


「集団パニックって、具体的にどのくらいの広さで起こってるんでしょう?」


「交差点での集団パニックが一番人がいたみたいで、巻き込まれた人は糸魚川くんをあわせて十五人です。ある程度の広さで集団パニックを引き起こせると見た方がいいでしょう」


 ある程度の広さ。


 僕が巻き込まれた集団パニックで十五人巻き込まれたとすると、あの場で赤信号を待っていた全員が集団パニックを経験したことになる。


 集団パニックの中心にいた人物が怪しいことにならないだろうかと思って、僕の手の資料とつばめさんの手の資料を見比べても、リストに同じ名前はない。


 外からキンコンカンコンと一昨日も聞いた音が鳴り響く。腕時計に視線を落とすともう午後五時になっていた。顔をあげると五味教授が微笑んだ。


「送っていきますよ」


「あの、この資料って……僕が持ち帰ってもいいんですか?」


「うーん……糸魚川くんがネットに流出させるような人ではないとは思っていますが、門外不出ということになっているので、私がいる場所以外では閲覧は認められないんです」


「分かりました」


 続きを見るためには、また五味宅に来なければならないということか。つばめさんは真剣に資料を見ていたが、やがて首を横に振って、資料を閉じた。


「資料読んでも難しくて分かんないや……」


 僕も同じ気持ちだ。


「明日はどうしましょうか。私は大学での講義があるので……」

「そうだ! 響くん、私と一緒にお出かけしようよ!」


 いきなりソファーから立ちあがったつばめさんが僕の顔を覗き込んで名案だと言わんばかりに瞳をキラキラとさせて提案してきた。


「お出かけ……?」


 思わず、五味教授へと視線を向ける。十七歳の男女が二人で外出することを親が咎めたら、諦めるしかない。しかし、五味教授は嬉しそうに微笑んでいた。


「いいですね。二人で遊んでください」

「やった!」


 まさか、許可をもらえるとは思わなかった。


 カラオケに行こうと言われたが、平日に十七歳の子供が二人カラオケに行ったとしても店員の目が怖いのと、僕が一切歌えないことを理由にして却下することにした。


 かと言って、お出かけのプランを僕が指定できるわけでもなく、明日、駅で落ち合うことだけ決まって、僕は家に帰ることになった。

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