第8話 三隅涼花


 話を聞かせてくれる最初の人は先月の集団パニックに巻き込まれた三隅涼花みすみりょうかさんだった。彼女は詩聖院大学の大学三年生で、一ヶ月経って、ようやく恐怖を感じながらも外出することができたらしい。彼女はカラオケ店の入り口で青ざめた顔をして待っていて、店内に入ると少しだけ顔色がよくなった。


 僕とつばめさんは五味教授が涼花さんと店内に入ったところを見計らって、車から出て、カラオケ店へと足を踏み入れた。僕らのことは予約の時点で五味教授が話してくれていたため、高校生がこの時間にどうしてとは聞かれなかった。


「早速、歌を歌いたいところだけど、〝ハイダー〟研究のこともあるし、頑張るぞー!」


 つばめさんはカラオケの個室に入ると早速、個室のコンセントを見つけて、ノートパソコンをテーブルの上に置いた。邪魔だと思ったのでテーブルの上に置いてあったメニュー表などはソファーの一角に置いておくことにした。


 つばめさんが黒い革の手袋の指先でノートパソコンを操作すると、やがて、パソコンの画面にこの個室と同じような壁が映し出された。カラオケ店の茶色の壁紙に黄色のうねりのある模様は一緒だったが、壁にカーディガンがかけられていたので、映っているのはこの部屋ではない。


 映し出されたカメラの真ん中に涼花さんが座る。やはり、外で五味教授のことを待っていた時よりも顔色はいいようだ。


 カラオケのドリンクバーでついできたお茶を目の前に置いて、彼女は所在なさげにしていた。


『言いたくないことがあったら、言いたくないと言ってくれればいいからね。私の申し出を受けてくれてありがとうございます。三隅涼花さん』


『いえ……五味教授のお願いでしたから……。それよりもいきなり授業を休んでしまい申し訳ないです……。単位とかも……』


 ノートパソコンから五味教授と涼花さんの言葉が流れる。どうやら、涼花さんは五味教授の教え子らしい。だから、こうやって、話をする気になってくれたのか。


「涼花さんはね。お父さんのゼミの生徒なの。それで、何も言わずにゼミに出席してこなかった涼花さんにお父さんが連絡して、出席できない理由が集団パニックでって教えてもらって、最初の頃は本当につらそうだったから、お父さんが他の教授とかにも話をして、彼女を家から出ずに自宅のパソコンで授業が受けられるようにしたんだよ」


「だから、事件の話をしてくれるんだね」


 五味教授の人の良さがこの状況を生み出したんだろう。そんなに熱心になってくれる大学教授が果たして、どれほどいるのだろうか。僕は大学進学については悩んでいる。


 今更、集団生活ができるかと言われたら、不安になってしまうが、大学は中学や高校と比べたら、教室も広いだろうし、僕も大丈夫かもしれない。


 大学がどんなところか、五味教授にも聞いてみよう。


『それじゃあ、聞かせてくれるかい? 事件が起こった日のことを』

『……はい』


 涼花さんが居住まいを正して、カメラの方を見た。五味教授の事だから、カメラのこともあらかじめ涼花さんに許可をとっているのだろう。


「質問があったら、私に言ってね!」


 つばめさんがノートパソコンとは別に鞄から細いマイク付きのヘッドフォンを取り出して、頭に装着した。よくコールセンターなどのCMで、女性が頭につけている片耳だけあるヘッドフォンだ。


「分かった」


 僕は画面の向こうの涼花さんと同じように自分の居住まいをただした。

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