第7話 人生初のカラオケ
連絡が来たのは僕が交番で警察官の二人から話を聞かれた次の日だった。五味教授は三人の集団パニックの被害者から話を聞いたから、僕に来てほしいと言ったのだ。
僕が一昨日、五味教授に送ってもらった最寄り駅の隣の駅で待っていると丸い黒の車に乗った五味教授とつばめさんが駅のロータリーに停まった。
「今日はありがとう。予定はなかったかい?」
「大丈夫です。元々、予定とかはあまりないので」
学校にも行っていないし、勉強もきちんとしている、むしろ、終わらせている。伯母さんの耳に、今の状況がバレたとしても今まで毎日真面目だった分、多少は目を瞑ってもらえるだろう。
「今からカラオケに行くんだ」
「はい。え? カラオケ?」
「被害者の一人と今から会う約束をしていてね」
話が違う。僕は被害者の人とは会わなくていいんじゃなかったのか。僕の心の中に浮かんだ五味教授への疑いを知ってか知らずか、彼はその疑問を掻き消すように話を続けた。
「カラオケの部屋を二つとっておいてるから、糸魚川くんにはつばめと一緒に、私と被害者がいる隣の部屋で待機していてほしい。私はつばめの声をイヤホンを使って聞こえるようにしておくから、糸魚川くんから質問があるようなら、つばめに伝えてほしい」
僕は安堵のため息を吐いた。
「それじゃあ、僕はつばめさんと一緒に隣の部屋で、モニターとかを使って、話を聞くということですか?」
「そういうことだよ。君に〝ハイダー〟の手がかりを考えてもらうには君からの質問もした方がいいと思ってね」
確かに、それもそうだ。
僕が見たものを考えてつなぎ合わせて、〝ハイダー〟の手がかりにしようとしているのだから、僕が詳しく被害者の人に質問をした方がいい。
しかし、教授という建前は僕にはない。僕に質問させるためにはどうしたらいいかと考えた結果、このような形になったのだろう。
それにしても、場所がカラオケとは。
「大学の部屋とかは使えなかったんですか?」
「民俗学とは関係のないことなので使えないんですよ。〝ハイダー〟研究はアングラな研究なので、大っぴらに大学に報告するわけにもいきませんからね」
そういえば、〝ハイダー〟研究は本業の片手間にしていると言っていたっけ。それなら、大学も許してくれそうにない。
「にしても、カラオケなんて……僕、カラオケに行ったこと……ないな」
「えっ、ないの?」
僕の呟きに助手席に座っていたつばめさんが大きく反応した。こくりと頷くと彼女は目を丸くして、僕の顔をまじまじと見る。
「つばめさんは?」
「私はお父さんと月に一回は行ってるよ!」
つばめさんは僕と同じで同年代の友達がいないからカラオケに誘われるという青春の一幕はないと確信していたが、五味教授とカラオケに行ってるとは、盲点だった。
「証言を聞き終わったら、歌おうよ!」
「僕、あんまり歌は……最近の歌も全く知らないし……」
「大丈夫だよ! 私が歌うから!」
もしかして、つばめさんは歌いたいだけで僕を誘ってないか?
だったら、つばめさんが歌っているところを眺めるだけにしよう。最近の歌も知らないし、昔の歌だって知らない。テレビが家にないため、歌番組なども一切見ていない。お母さんが金曜日の夜に歌番組を流していた記憶はあるが、一度も僕は真剣に聞いたことはなかった。
歌えるとしたら、うろ覚えの民謡と国歌ぐらいだ。
「それじゃあ、つばめさんの歌を聞かせてよ」
「分かった! 次に歌う時は響くんも歌を覚えてきてね!」
どうしよう。まだカラオケにもついていないのに、次に行くことが決まってしまった。しかも、歌を覚えてほしいと言われてしまった。この場合、どんな歌を覚えたらいいんだろう。友達とのカラオケで僕はどんな歌を歌えば……。
「それじゃあ、私はとっておきの歌を糸魚川くんに披露しないといけませんね」
五味教授も歌うのか。いったい、五味教授はなにを歌うんだろう。演歌か。いや、五味教授のような大人が必ずしも演歌を歌うとは限らない。
そもそもつばめさんも何を歌うんだ。
僕は集団パニックの被害者の話を聞くよりも、カラオケの選曲に頭を悩ませることになった。
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