4.ご先祖様

 ルークは頭を殴られたような衝撃を感じた。


 あの像の女性のようになりたいと、毎日努力を続けていたが、男である自分がまさかその女性本人になってしまうとは誰が予想できただろうか。


 驚きのあまり眼球が震える。


「わ、わかりません。

 父さんと母さんは戦争で死んでしまったし、俺の身内は今はばあちゃんくらいしか……」


「『代々続く』って事は、ルーク君のお父さんかお母さんにも同じ事が起きてるはずだよ。

 どっちかが魔法も運動もとっても苦手だったとかないかなー?」


 主任先生が幼い子供に話しかけるように言う。

 ルークはそう言われると、心当たりがあった。


 ルークの父は、若い頃に魔法を学んでいた祖父母から産まれたにも関わらず、魔法が一切使えなかった。

 武器を振り回す力も無く、農家の娘だった母の方が武器の扱いが上手かった程だ。


「でも祖父母は魔法を使えたんだろう?特に、君のお祖父様は優秀な魔法使いの元で修行をしていたと言うじゃないか」


 校長が尋ねた。


「でもじいちゃんも、友達にもらったお守りが無いと魔法は使えなかったって言ってました」


「ふむ、そうだったか……。

 ルーク、そのお祖父様から何か先祖の事を代々語り継いでいたりとかはないのか?

 各地で像が建てられているくらいの人物だぞ?」


 そう言われてもルークは見当もつかなかった。

 語り継いでいると言ったら、ルークの父方の家では何故か必ず男一人しか産まれず、剣の扱いや魔法が絶望的に下手であるというくらいだった。

 実際、父も祖父も一人っ子だったらしい。

 ルークは、単なる偶然だとして今まで気にも留めていなかった。


「それは、まるで女が産まれる事が封印されているみたいじゃないか……」


 校長が驚愕した様子で呟いた。


 しかし、ルークにとっては正直そんな事はどうでもいい。早く呪いを解いて、元の姿に戻りたい。


「と、とにかく先生、俺のご先祖様が凄い人らしいのは解ったんで、早く呪いを解いてもらえないですか?

 このままだと不便だし……」


 ルークが自分の胸や髪を、改めて確認するように触りながら主任先生に言った。


「それは今は無理だねー」


「な、何でですか!?」


 主任先生は今まで、たまに部屋に籠っては施術と言って呪われた武具の解呪を行っていたのをルークは知っていた。


 どうして自分はやってもらえないのか?ルークはいてもたってもいられず、思わず主任先生に掴みかからん勢いで迫った。

 主任先生は圧されて身体をのけ反らせた。


「落ち着いてー……って言っても難しいよねー」


 校長がルークを座らせ、説明を始めた。

 それによると、ルークのかかってる呪いはどちらも、呪いをかけた本人が死ぬか、直接呪文を解除してもらうしか解呪できないタイプなのだという。


 それを聞いてルークは戦慄した。


「……それは、俺のご先祖様に封印の呪いをかけたヤツが、まだどこかで生きているって事……ですか?」


「だーいせーいかーい。マルディシオンはともかく、ルーク君が呪われたままって事は、信じられないけどそう言う事なんだよねー」


 主任先生は困り笑いをしながら言った。ルークはヘロヘロとへたりこむようにベッドに腰を落とした。


 自分を呪った相手が、明らかに人間ではない。呪いを解こうとしてそいつと争う事に……という展開も予想できる。そんな相手と、戦っても勝てるのだろうか?

 解決の見通しが全く立たず、頭にもやがかかったようになる。


 すると、校長が突然パンと手を叩く。

 ルークは大袈裟に驚き、椅子から転げ落ちそうになる。


「ルーク、こうしていても仕方がない。呪いの件はもちろん、ルークのご先祖の事でも何でもいい。昔の事が書いてありそうな文献を、手当たり次第に探していくしかないだろう。

 そうすれば何かきっかけが掴めるかもしれない。


 幸い、うちは名門校。ここの図書室には、魔法や国の歴史に関するあらゆる文献が集められているから、全て読んでいけば何とかなるだろう」


 実際、気の遠くなる作業だが、ルークはそれが一筋の光に感じた。

 そしてルークは校長の言葉をきっかけに、あの老婆とのやりとりを思い出していた。


 自分の事を『エテルナ』と呼んできた事。そして、『レイヤカース』の事。


「よく思い出したね、ルーク。それならば、君のご先祖の名前は『エテルナ』である可能性が高いだろう。しかし、エテルナ……。そんな名前は聞いたことがないな……。

 そして、『レイヤカース』……。ここでそんな情報が出てくると余計に分からなくなってしまうな。


 他にはどんな事を言っていた?なんでもいい」


「えーと、『ここの人間なら優秀な手駒になると思った』とか『どいつもこいつも失敗だった』とかは聞きました」


 それを聞いて、先生二人が目を剥き、顔を向かいわせる。


「つまり、ジニアスが魔物にされたのも、ルークが女の子になったのも、そしてここ最近の生徒の失踪事件も、全てレイヤカースが関わっている……と?

 子どもの絵本じゃあるまいし、そんな馬鹿な事が……」


 だが、そんな馬鹿な事を信じるしかない状況だ。


「先生、『レイヤカース』が出てくる話ってどんなでしたっけ?」


 ルークが主任先生に尋ねた。


「えーと、

『昔々、あるところに栄えた王国がありました。ある日、その王国を滅ぼそうとレイヤカースが魔界からやってきました。おしまい』

 ざっくりだけどこんな感じー」


「……やっぱり大まかな流れはそうですよね。

 でもこの話、おかしくないですか?物語が途中で終わってる感じじゃないですか」


 ルークが指摘した途端、校長も主任先生もハッとした。


「……確かにそうだ。

 今まで『そういうものだ』と何故か受け入れてしまっていたが、普通ならここで英雄か何かが登場してもおかしくない展開だ。

 それに、本当にただこれだけの話であるなら、伝承として語り継いでも意味があるのか不明だ。……もしかしてこの物語の続きも……」


「封印されている?……て事は、ルーク君のご先祖様が関わってる可能性大ですねー校長」


「ああ、そう言う事だ。

 だが、民間伝承とは時代によって姿形を変えるもの。

 どこか別の地域や国では、違う形で続きの話が残っているかもしれない。それがきっかけで、封印の呪いを施した相手にたどり着ける可能性は充分にある」


 少しずつやるべき事が定まってきた。ルークは勢いよく立ち上がった。


「校長先生!休学の手続きをお願いします!俺が調べに行きます!1日でも早く元の身体に戻りたいし、このまま学校で待ってても居てもたってもいられないし!」


 先生二人はポカンとした後、笑いだした。


「うんうん、良かったー。今から同じ事を言おうと思ってたんだよねー。

 生徒が居なくなったり魔物になったりで、どっちにしようが授業はしばらくできないし、先生達は失踪した生徒の行方を探さなきゃいけないから、申し訳ないけどそっちに関しては動けないんだよねー」


 主任先生が人差し指をくるくるしながら言った。今度はルークがポカンとしていた。

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