第一章 呪いの方程式

1.初陣

 突然魔法が使えるようになり、驚くルーク。『マルディシオン』の効果だろうか?


 だが、ぼやぼやしてはいられない。老婆は再び魔法を放とうとしている。


 ルークは今丸腰だ。おまけに上下は肌着のままな上に、靴も履いていない。

 この状況でどこまで戦えるだろうか?


 老婆の魔法が飛んでくる。


「うわああああ!!」


 光の玉がマシンガンの様にルークを襲い、身体に当たり弾ける毎に衝撃がはしる。外れた玉が木に当たると、玉の形に木が削れてしまった。


 だが、何故か思うほど痛くない。弾幕がおさまると、ルークはキョトンとしている。


「くっ!やはりエテルナ!この程度じゃダメだったか!」


 老婆は悔しがっている。今は攻撃しても良いのだろうか?

 ルークは戸惑いつつも、老婆に向かって火の玉を放つ。


「ぎゃっ!!」


 火の玉が老婆の顔に当たった瞬間、爆発し身体が吹っ飛ぶ。

 フードがはだけ、老婆の素顔があらわになる。


「!?」







 目が一つ。老婆も人間ではなかった。


「ひ……!!」


 ルークの全身に震えが走った。

 火の玉が直撃した部分が爛れてしまっているが、魔物の特性か、驚異的な回復力でみるみる内に元に戻った。


「どうしたエテルナ。長い平和のせいで忘れたのかい?もっとちゃんと傷付けないと魔物は倒せないよ」


 スライム以外の魔物を今まで見たことが無いルークは、恐怖で足がすくむ。


 怯えるルークを見て得意気になる老婆。顔の中央部に一つだけある巨大な瞳が、山の形に歪む。

 そして、魔法で青白く光る剣を作り上げると、ゆっくりルークへと近付けた。

 ジリジリと顔に圧がかかる。


「キヒヒヒ、なんて他愛ないんだいエテルナ。あの時レイヤカース様に勝てたのは偶然だったのかねえ?」


 老婆は相変わらずルークを『エテルナ』と呼ぶ。そして、『レイヤカース』というのも引っ掛かる。

 ルークは勇気を振り絞って声を上げる。


「俺はエテルナじゃない!ルークだ!

 それに『レイヤカース』って何だ!ふざけてるのかよ!」


『レイヤカース』とは、この国の民間伝承の中に出てくる邪悪なドラゴンの名前だ。あらゆる魔法を使いこなし、世界を滅ぼそうと魔界からやってきたという。


 世界でいうところの、『桃太郎』等の話に出てくる『鬼ポジションのキャラクター』という認識である。ルークも小さな頃は、悪さをすると祖母によく「レイヤカースがくるよ!」と脅かされたものである。


 幼児のごっこ遊びで言うならまだしも、魔物である老婆が、今このタイミングで口にするには、あまりにも違和感があった。


 ルークは怒鳴った勢いに便乗して、老婆に向かって全力で殴りかかった。


 いつものように、どうせ避けられてしまうだろう。距離を取れればそれでいい。

 そう思っていた。


「へぶっ!」


 が、拳は老婆の左頬にクリーンヒット。再び吹っ飛ぶと、そのまま木に激突した。

 老婆は衝撃のあまり呆然としていたが、同じくらいルークも驚いている。


「攻撃が……当たる」


 拳を握りしめたまま、戸惑っていると、


「ウググ……」


 老婆の後ろで、ずっと気を失っていたジニアスが、苦しそうな唸り声を発している。

 ルークはハッとした。


 そうだった。魔物に出会った事と、自分の変化の衝撃ですっかり頭から消えていたが、元々は老婆に元に戻してもらうためにここに来たのだった。

 早くジニアスも元に戻してもらわなければ。


 ルークは老婆の両脇を掴み、高い高いをするように持ち上げた。


「お婆さん、俺とジニアスを元に戻してくれ!」


 老婆は頭を強く打ち付けたせいだろうか、放心状態でルークの声かけには上の空だ。

 焦ったルークは、老婆をガクガクと強く揺さぶった。


「早く!戻してくれよ!!」


 衝撃でやっと我に返る。


「……ケケケ、残念。エテルナも知ってるだろ?

 戻す方法は分からない。もしかしたら、方法なんて無いかもしれないねぇ?」


 馬鹿にするように言う老婆。ルークはついムッとなる。


「俺はエテルナじゃないって!」


 だが、老婆はルークの言う事を信じない。


「誤魔化そうたって無駄さ。残念だったねエテルナ、レイヤカース様は──」


 ドッ!!──




 何やら重要な事を話そうとしている時、老婆の胸を鋭く伸びた爪が貫いた。


 ジニアスがいつの間にか起き上がっている。

 危うくルークは、自分の胸ごと貫かれそうになった。驚いて老婆から手を話し、距離をとる。


「こ、この無能……!手当たり次第攻撃してんじゃないよ……!」


 老婆の口から血がつたう。


「く……、ここの人間なら優秀な手駒になると思ったがどいつもこいつも失敗だったか……。しかもエテルナまで生きていたとは……」


「ど、どいつもこいつも?俺やジニアス以外にも薬を飲ませたのか?」


 ジニアスは更に手をねじ込もうと、傷口を押し広げる。

 胸から、ドバドバと血が地面に滴った。


「ぐう……!レイヤカース様……申し訳ありませ……」


 老婆はルークの問いかけに答える事は無く、黒い塵となって消滅した。


 異形の魔物となったジニアスは、次にルークに狙いを定めたようだ。


「ジニアス!!俺はルークだよ!やめてくれ!」


 しかし、返事は無い。

 ジニアスは不気味な唸り声をあげながら、爪を振り回すばかりだ。

 魔法を使う様子も見られない。かつて魔法が得意だった頃の面影は、もうどこにもなかった。


 どうすればいいのだろうか?倒しても大丈夫なのだろうか?ぐちゃぐちゃな思考のまま、ルークは拳を構える。


 だが、ジニアスの攻撃が激しく、なかなか近寄れない。

 顔がひしゃげていて、何処を見ているか分からない上に、予備動作無しで爪が突然飛んでくる為、ルークは避けるので手いっぱいだ。


 それでも、以前のルークであったらとっくにやられていた。いやそれどころか、老婆に見付かっていた時点でアウトだっただろう。


「あつっ!?」


 ルークは鋭い小枝を踏んでしまい、そちらに気を取られた。

 ルークの首を狙い、爪がとんでくるが、どうにか身体を反らせ、寸での所でルークの胸元を横切る。


 避けられてホッとしたのも束の間、胸元にガッツリと横線が三本入り、血が吹き出した。


 ルークは呻きながら傷口を押さえた。

 その場に座ってしまいたかったが、どうにかそれを堪えて、助けを求める為校庭へと向かった。

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