4. ある!ない!

 ルークは不意に話し掛けられ、つい身体を仰け反らせた。しかし、何故この老婆はルークが今日、この時間、この場に来るのが分かったのだろうか?


「キヒヒ、前に言ってただろう?『薬が欲しくなったらいつでも来てあげるからね』とさ」


 だが校長は、ルークからマルディシオンの話を聞いて以来、結界を強力に張り直したと言うし、他の先生にも通達を出し、見回りを強化してるという。もう少し納得のいく説明が欲しいものだ。


「それはね坊や、あたしがすごぉーい魔法使いだからだよ」


 老婆はまるで小さな子を納得させるような話し方で言った。

 ルークは腑に落ちないというように、苦々しい表情で相槌を打つ。


「まあいいじゃないか、そんな事より、『これ』が要るんだろ?」


 老婆が胸元から紫色に光る液体が入った小さな小瓶を取り出した。


 ルークはゴクリと唾を飲むと、震える手でそれを受け取った。そして、それをまじまじと見つめた。


 これを飲めば、今まで自分を馬鹿にしていた人間を見返せる……。バァンに今までの復讐ができる。

 封を破ろうとそっと手をかける。








「おーい!そこで何してるー!?」


 見回りの先生に気付かれてしまった。

 ルークは急いで、小瓶を鎧と肌着の間に隠す。


「す、すみません、今行きまーす」


 ルークは慌てて茂みから飛び出した。

 先程まで居たところをチラリと横目で見たが、やはり既に老婆はいなくなっていた。


「早く部屋に戻れよ、怪しい奴も捕まって無い上に、生徒で失踪した奴が出てきているからな」


 見回りの男性教師が苛ついたように言う。


「は、はい……すみません」


 平謝りするしかなかった。

 そして、ルークを学生寮まで送り届けると、先生はぶつくさ文句を言いながら見回りに戻って行った。


 ルークはそれをしばらく見届け、教師が見えなくなったのを確認すると、大急ぎで自室に帰り、鎧を脱ぎ捨て、上下肌着の状態になると、隠していた小瓶を取り出した。




 改めて封を破り、慎重にコルクを抜いた。

 少量だと言うのに、薬草を煮詰めた汁が腐敗したような危ない臭いが鼻を突き刺した。


 ルークは思わずえずいた。


「これ、まさか傷んでないよな?」


 ルークは少し不安になったが、今まで周りから聞こえてきた心無い声、そしてつい先程の校長の言葉。それを原動力に、ルークは小瓶の中身を一気に飲み干した。


「うぇ……マズ……うっ!!」


 カーン!と薬が入っていた小瓶を落として割ってしまった。

 全身に力が入らなくなってしまい、その場に倒れこんだ。


「喉が……胸が……お腹が……、熱い……。

 もしかして呪いって、これが一生続くとかかな……」


 そのまま気を失ってしまった。











 どれだけ時間が経っただろう。ルークはフッと目を開けた。窓から見える外は、暗い。


 気を失う前に感じていた症状はすっかり無くなっていた。

 ホッとして立ち上がった瞬間、自分の身体に違和感を覚えた。


 ハッと下を見ると、胸元が盛り上がっており、自分の腹が見えなくなっている。

 薬の影響で、腫瘍か何かでも出来てしまったのだろうか?

 恐る恐る首もとの肌着を引っ張って確認すると、男女交際の経験が無いルークには見馴れない2つの山がそこにあった。


「へあ!?!?」


 思わずおかしな声をあげる。ルークは自分の身体にどぎまぎしつつ、慌てて洗面所の鏡を見た。


 そこにはルークと同い年くらいの少女の顔が映っていた。


「ど、どうして俺、女になってるんだ!?」


 慌てている声も、完全に女の子になっている。短髪だった髪は、肩の下辺りまで伸びており、顔つきも系統が似ているくらいで完全に別人である。


 無理やり共通点を探すとするなら、紅茶のような髪の色が同じぐらいである。


 混乱したルークは、部屋の中をうろうろしながら頭を抱えたり天を仰いだりする。

 どうしていいか分からず、暴れる様に手を振り回していると、不意に自分の股に手が当たった。そこでもまた違和感が。


 嫌な予感がする。まさかと思い、おもむろにズボンを脱いだ。


「……な、ない!!」


 ルークはショックのあまり、へたりこむ。


 急に何が起きたのだろうか?マルディシオンを飲んだ事がきっかけなのは、確かだろう。

 あの老婆は何か知っているのだろうか?


「『生まれ変わったようにたちまち強くなれる』って……こういう事なのか?」


 しかしこの姿では、せっかく強くなっていたとしても、誰もルークとは気付かない。

 ルーク自身の姿で強くなければ、バァンにやり返したとして何の意味もない。


 一刻も早く、元の姿に戻してもらわなければ。


「とにかく、またあそこに行くしかない!」


 今ならまだ間に合うかもしれない。

 ルークは急いでズボンを履きなおすと、ドアを破壊せんばかりに裸足で部屋から飛び出し、再びあの茂みへ向かっていった。

 老婆にもう一度会うために。








 今は夜明け間近だ。外には誰も居らず、見回りの先生もいない。あっという間に現場に到着すると、ルークは老婆を探してキョロキョロと辺りを見回す。


「それは本当なのですか?」


 少し離れた場所で誰かの声がした。ルークは声がする方へそっと進んでいく。


「ああ、本当だとも、日頃頑張っているあんたにだけ教えるよ。

『マルディシオン』っていう珍しくてすごい薬が手に入ったんだ」


 以前聞いたことのある台詞も聞こえる。


「まあ確かに、僕は日頃努力を重ねております。しかし、『マルディシオン』?聞いた事がないですね」


 話している相手はなんとジニアスだ。どうやら老婆は、ルークの時のようにあの薬を飲ませようとしているらしい。ルークは二人の元へ急いだ。


「そりゃそうさ。滅多に出回らないから、子どものお前さんが知らないのも無理はない。

 これを飲めば生まれ変わったように魔力がみなぎって、すぐにでも偉いアークメイジ様になれるさ」


 そう言って老婆はあの小瓶をジニアスに渡した。ジニアスはふんと鼻を鳴らし、乱暴に老婆から小瓶を取ると、荒々しく封を破りコルクを抜く。

 飲む前に急いで止めなければ。


「ジニアス!やめろ飲むな!!」


 ジニアスと老婆がこちらを振り向くと、ジニアスの口から紫色の液体がつうと流れた。


 そして、ルークの時と同じようにその場に昏倒した。


「ジニアス!!」


「ケケケ。娘、一足遅かったねぇ……」


 老婆が嬉しそうに言うと、ジニアスの身体がビクンッと痙攣した。


 そしてメキメキと音を立ててジニアスの身体が膨張して筋肉質になっていき、肌は赤黒く、爬虫類の鱗のようになり、美しかった黒い髪の毛は全て抜け落ち、ジニアスの顔は肩の辺りにめり込み、そしてまた別の新しい顔が生えてきた。


 それは完全に魔物だった。


 その様子を、ルークはただ呆然と見つめるしかなかった。


 ジニアスはまだ起き上がらない。

 老婆はその隙に立ち去ろうとしたが、ルークの姿を改めて確認して驚いた。


「貴様はエテルナ!

 何故人間のお前がまだ生きている!?」


『エテルナ』と呼ばれ、ルークは戸惑う。一体誰と間違えているのだろうか?

 構わず老婆は続ける。


「まあいい。お前はレイヤカース様の宿敵。ここで始末し、死体を手土産としてあのお方に献上してくれるわ!」


 老婆はルークに向けて両手をかざす。小さな火の渦が絡み合い、火柱となりルークに向かってくる。


「ひいい!!」


 ルークは咄嗟に身を守るように手をかざす。


 すると、ルークの手からも火柱が現れ、互いの魔法がぶつかって消えた。


「ま、魔法が……使える?」

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