おやぶん! お久しぶりでゲス、クール系美人生徒会長でヤンス!

長田桂陣

第1話

『親分、お久しぶりでヤンス。デコっぱちでヤンス』


 タブレット越しに行われる高校の入学式。

 コロナ禍の密を避けるため、校内の至るところに新入生は分散させられた。

 音楽室には俺を含め数名の生徒が、距離をおいてポツポツと座っている。

 この生徒たちは俺のクラスメイトなのだろうか? それすらもまだ分からない。

 新しい学友と会えなくて寂しい……なんてことはない。既に中学の卒業式を画面越しで済ませていた俺達の世代だ。


 タブレットに映っている校長は長い長い挨拶の間、カメラから視線をあげることは遂に無かった。

 演説台の手元は映っていないが、手元の原稿を読み上げているのだろう。

 せめて、笑いどころにテロップでも入れば、少しはマシなんだけどな。


 早々に飽きたので、早送りボタンを探してみたがライブ配信ではそれも無理な話だ。

 タブレットのカメラに手にしたスマホが映らないよう、それでいて俺からは見やすい場所を模索しながら操作をする。

 学生向けの校内SNSアプリのインストールはもう終わっていた。

 それからログインした直後、冒頭の何とも怪しいメッセージが届いたのである。


『親分、お久しぶりでヤンス。デコっぱちでヤンス』

『おう、久しぶりだなデコ』


 俺は、その怪しいメッセージに懐かしさを覚えながら返信をする。


『へい、親分の帰りを今か今かと、指折り数えて待っていたでヤンスよ』


 小学校以来だというのに、このノリの良さ。親友というのは会う頻度ではなく、再会の距離感で決まるというのが俺の持論だ。


『俺も再会が楽しみだったぜ、放課後に何処かで会えるか?』


『へへへ、嬉しいこと言ってくれるじゃありませんか。ですが親分、オレっち達の再会と言えば、まずは約束のお披露目が先でヤンスよ』


 約束?

 なんかあったか? お土産でも約束していただろうか?


『ちゃんと、用意してありやすぜ。最高にドスケベなアレを』


 おいおい、ちょっと待て。

 俺はなんで俺が親分で、デコが子分なのかを思い出す。


 *


 あれはまだ、この街が新興住宅地だったころだ。だだっ広いだけの区画にはポツポツとまばらに真新しい家が建っているだけだった。

 そんな新天地で、俺は暇で寂しそうなガキどもを集め、がきんちょグループの親分となったのだ。


「ほら、これ見てみろよ」


 俺は建設業者のプレハブ周辺で拾ってきたお宝を、子分どもにお披露目する。

 プレハブには作業服姿の怖い大人が出入りしている。そこに近づける俺はガキどもの英雄だったのだ。

 お宝を掲げる俺に、子分どもがわっと寄ってくる。おれは地べたにお宝を広げて、子分どもに見せてやった。


「おやぶん、どーしてこのおねーさんは、服を着てないの?」


 おでこの広い、はなたれ小僧が雑誌の袋とじを指さした。


「デコ、言葉に気をつけな!」


 おれは、はなたれ小僧の広いおでこをペチンと叩いた。


「えへ、そーだった。服を着てないのでヤンスか?」

「よし、偉いぞデコ。それはな、エッチだからだ」


 でへへーと、俺に褒められたガキンチョ、当時のデコが嬉しそうに笑った。


「とくに、この女はエッチだ。清楚知的系メガネ女だからな。クールな感じがたまんないだろ」


 正直、俺もガキンチョだったので、ただ適当なことを言っているだけだ。


「清楚知的系メガネでクールな感じ?」

「そうさ、しかも処女ビッチなんだ、最高だろ?」

「うん、おやぶん! 最高だね!」


 歪んでるなぁ。当時の俺、歪んでるわ。

 しかし、そんなガキンチョ達の遊びはほどなく終わってしまう。

 ガキンチョを率いていた俺が、開校直前の小学校に登校することもなく引っ越すことになったのだ。

 新築一戸建ての完成からほどなく転勤とは、親父の会社も無慈悲なものだ。


「親分! 行かないで!」


 デコッパチが泣いていた。

 涙より鼻水のほうを多く滴らせ、きったねー顔で泣きじゃくる。


「泣くなデコ。男の別れってのはな、泣いたら駄目なんだ」


 いつものように適当なことを言った。

 子分たちがわんわんと泣いていたが、俺にはいまひとつ別れってのが分からない。

 毅然とした態度に、別れの間際まで子分たちからの評価はうなぎ登りだ。


「デコ。お前にこれをやろう、俺の宝物だ」


 デコに渡したのは、あの清楚知的系クール処女ビッチの袋とじだ。

 デコはそれを受け取るとギュッと抱きしめる。


「おやびん! おいらこの本をおやびんだと思って大事にするよ!」


 お、おぅ、それは違うだろう。

 俺は処女ビッチにはなれない、むっつりスケベ童貞にはなれた。


「俺は必ず帰ってくる」


 根拠はない。

 新築の家は借家にするので、いずれは帰ってくるだろうけれども、それは親父の定年後かもしれない。

 会社の都合なので俺が約束できるはずもないが、ガキンチョなので適当なものだ。


「おいら、親分がいつかえってきても良いように準備して待ってるから」

「ああ、楽しみにしているぞデコ」


 その夜、俺は親父の車に揺られてこの街を離れた。

 俺を後部座席に乗せた車は、知らない道を走り続ける。

 そこでようやく、もうデコ達には会えなくなったのだと俺は気づく。

 なんてことはない。一番状況が分かっていないお子様は俺だったのだ。

 気づいたらもう駄目だった、俺は泣いた。

 デコの「準備をして待ってる」がどんな意味かも考えることなく、泣きつかれて寝てしまうまでずっと泣いていた。



『どうしやした? 親分?』


 メッセージの通知音が俺を入学式へと引き戻した。


『いや、デコが約束だなんて言うから思い出してたんだよ。デコ、あの頃の雑誌まだ持ってるのか』

『……すいません親分。流石にもう持ってないでヤンスよ。穴が開くほど使ったら、穴が開いてボロボロになったでヤンス』


 そりゃそうだ。

 ただ、デコだったらもしかして……とちょっと残念に思う。

 あれからもかわいい子分はずっと、俺が託した宝物を大事に持ってる。

 そんなデコであり続けて欲しかったというのは、あまりに贅沢だろう。

 それでも、約束を覚えていて何か代わりを用意してくれていたのだ。

 それで十分だ。


『それでデコ。もちろん俺の趣味は覚えているんだろうな?』


 願いというのは口に出すことで叶うとも言う。

 強い思いは現実となるのだ。

 あれからずっと清楚知的系クール処女ビッチが大好きだと言い続けた俺。

 その努力……努力?

 まぁ努力が実って俺は、本当に清楚知的系クール処女ビッチが大好きになっていたのだ。

 そして、その理想はズバリあの袋とじである。


 あれから俺は、あちこちのブックオフへ行き、ビニ本自販機を漁りあの袋とじの雑誌を探し続けた。

 もちろん、同じ様な清楚知的系クール処女ビッチお姉さんを見つける事はできたが、思い出補正でブーストされたあの清楚知的系クール処女ビッチには及ばなかったのだ。

 デコがあの袋とじを保管しているのではと期待していたが、それは叶わなかった。


『袋とじの清楚知的系クール処女ビッチ年上バブみでヤンスね?……もちろん、覚えてますよ』

『流石はデコだぜ』


 なんか増えてる気がするが、むしろそれが良い。


『よし、さっそく見せてくれよ。どこで会える?』


 デコのチョイスなら、長年探し続けたあの袋とじに匹敵するかもしれない。

 もちろん、俺は大人なので期待外れでも喜んでみせるさ。

 ……再会してみたら、デコのほうがずっと身長が伸びてた。なんて事もあるかもしれないからな。


『待ち切れないのでヤンスね?』

『そうだよ、良いだろう。あれか? デジタル版か? 流石に学校のアプリが入ったタブレットは不味いよな』

『ふふふ、そのまさかでヤンス、タブレットの画面を見るでヤンスよ』



 デコにうながされて、俺はタブレットに視線を戻す。

 いつの間にか校長が居ない。

 おや? 入学式やっと終わった?

 それなら、デコが何を送ってきたのか確認しようと、タブレットのホームボタンに指を伸ばしたそのとき。


「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。生徒会長です」


 凄い美人が画面に現れた。

 生徒会長さん? すごい美人の先輩だ、いやそれよりも、この人はまるで……


『あー、すまないデコ。まだ俺の入学式は終わってなかったようだ』

『いかがでヤンスか?』

『……清楚知的系クール美人だ』

『清楚系知的クール処女ビッチでヤンスよ』


 なるほど、デコが俺に見せたかったのはこの美人生徒会長さんか。

 って、いやいや! 後半のビッチは判断のしようが無いだろう!?


 その、生徒会長さんであるが、時折カメラから視線を外す。

 手元に原稿があるのだろう。

 ただ、一瞬だけ視線を落としはするがすぐに画面ごしにこちらを見つめてくる。

 校長と比べると断然好印象だ。


『年上のお姉さんで、バブみのおまけ付きでヤンス』


 俺は興奮しながら返信する。

 興奮しすぎてフリックが荒ぶるくらいだ。


『すごいよデコ、この人は俺が長年探し求めていた清楚知的系クール処女ビッチだ』

『それほどでも。もっと褒めてくれても良いでヤンスよ』

『どれだけでも褒めてやるデコ! お前は最高だ!』


 挨拶を続ける生徒会長さんが、少しだけ笑った。

 クールビューティーの微笑みとかやばいな、破壊力抜群だ。


『いやまて、よく考えたら生徒会長さんが俺の理想なのは、別にデコの手柄ではないぞ。たまたま先輩に清楚知的系クール美人が居ただけじゃないか』


 画面の中の生徒会長さんが少し眉をひそめる。

 何かご不満なのだろうか?

 そんな表情も魅力的だ。


 ところで、さっきから生徒会長さんの手元を見る頻度が上がっている気がする。


『はぁ? そんな事ないでヤンスよ! デコはすっごい努力したでヤンス!』


 いや、デコよ。お前がどんな努力をしたら生徒会長に関係するというのか?

 お前は生徒会長の親か何かか?


『はいはい。そういう事にしておいてやるよ』


 しかし、次のメッセージに、俺は驚愕した。


『親分、信用して居ないっスね。この女は親分に献上するため、既においらが処女ビッチに調教してあるっすよ』


 調教!?

 これはまた、すごい設定盛ってきたな。

 デコは見栄とか張らないタイプだと思ってた。

 そうか、高校生にもなれば変わるもんなんだな。


『へー、それは凄いねー、感動したー』

『むきぃ! 親分なにかこの女に命令して欲しいでヤンス」


 なんだ? 随分とこのネタで引っ張るな。

 まぁ、乗るけどね。


『よし、そうだな……鼻を触らせてみろ』


 新入生歓迎の挨拶中。こんな美人がそんな仕草はしないだろう。

 しかも、クールビューティーだ。

 ところが……


『どうでヤンス?』


 生徒会長さんは軽くだったが鼻に触れたのだ。

 おいおい、マジかよ。どんな仕掛けだ?


『鼻にさわるくらいは偶然でもあるさ。じゃぁ、ウインクさせてみろ』

『わかったでヤンス』


 やった。

 間違いなくウインクしたぞ。

 なんか、話の流れを変えて生徒会のボランティアに参加してねって流れからウインクをした。

 多少強引だが、それほど違和感は無かったと思う。


『どやー、次は逆立ちでもさせやしょうか?』

『待て待て、どんなトリックかは知らないが。それは生徒会長さんが気の毒だ』

『調教済みの雌豚でヤンスよ、親分が命じれば喜んでやるでヤンス』


 俺は今起きている事を理解しようと考える。


『ドッキリだろ? そうだろ?』


 デコが、この美人生徒会長さんを調教してるだって!?

 そんなことが信じられるわけ無いだろ!


『まぁまぁ親分。その話はまた改めていたしやしょう。生徒会長のスピーチも終わったようでヤンス』


 タブレットに視線を戻せば、もう入学式の配信は終わっていた。


『では親分。後日、生徒会長と引き合わせしますので。楽しみにしていてください』

『おい、デコ。まてまだ聞きたいことがある』


 しかし、そこからは既読もつかなくなってしまった。



 放送室。

 無事に挨拶を終えた生徒会長は、ようやく緊張を解いた。

 素晴らしい挨拶でしたと、放送部員たちが称賛の言葉をかけてくる。

 笑顔で部員たちを労いながらも、今にも笑い出しそうな感情を抑えられない。

 生徒会長はあわてて感染予防の名目でマスクを付ける。


 ……ニヤリとマスクの下で笑う。


 彼女の美貌が隠されてしまい、男子生徒達は残念そうだ。

 まさか、マスクの下で笑っているとは思いもしない。


 廊下に出ると、校内は静まり返っていた。

 生徒同士が対面する機会の少ないコロナ禍でなければ、隠すことは出来なかっただろう。

 これからの学園生活に思いを馳せ、彼女はマスクの下で呟く。


「親分、これから楽しみでヤンスね」


 おしまい

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