第21話 先生の本心

 翌日――。

「え? 放課後、体育館の使用許可が欲しい?」

「そうなんです。お願いできますか?」

「うーん、今日は金曜日でどこの部活も使っていないから大丈夫だけど……。でも、一体どうして?」

「あ、大したことじゃないんです……。寮のメンバーでバスケをやりたいなって話をしていたので」

 適当な誤魔化しに、僕は内心ヒヤヒヤしていた。

 勿論、本当は劇の練習のためだ。脚本は陽夏が一晩で完成してくれた。(アイツにそんな才能があったことに驚いたのは内緒だ)あと一日でなんとか劇を完成させなければならない。やるなら徹底的に、だ。

「……まぁ、いいわ。でも、あなたは明日――」

「大丈夫です。僕はずっとこの学校にいますから。父さんたちの元に戻ったりはしません」

「……本当に?」

「はい。絶対、父さんを説得させます」

 璃々先生は眉間に皺を寄せながら、僕の方をずっと見ている。

 しばらくして、ため息混じりに

「分かったわ。とりあえず、体育館は後でちゃんと片付けておくなら大丈夫よ」

「ありがとうございます!」

 流石に怪しまれていないかと不安になったけど、どうやら大丈夫だと思いたい。

「でも、本当に大丈夫なの? だって、あなたのお父さん……」

 そこで先生は言い淀んだ。やはりまだ不安そうだ。声がかなり震えている。


 ――やっぱり、父さんと昔何かあったのかな?


 そもそも、どうして先生も姉さんはこの学校に通っていたのだろう? 先生も姉さんも、二人ともこの地域に縁もゆかりもあるとは思えないし、揃って通いたいと言い出すなんてよくよく考えたらおかしい。気になるところだ。

 けど、そんなことを聞いていいのだろうか――?

 

 ――ええい。埒が明かない。


「先生……」

「何、かしら?」

「先生はどうして、この学校に通おうと思ったんですか?」


 ――聞いてしまった。


 こればかりははっきりさせておかないと気が済まない。僕は思い切って尋ねることにした。

「何でそんなことを聞くの?」

「いえ、なんとなく……」

 怪しまれたかな?

 けど、ここで退くわけにはいかなかった。僕は真剣な顔つきで、しっかり先生の目を見た。

「……そっか。不思議に思うのも当然よね。でも、私はただ両親の仕事の都合よ。当時、父がオーストラリアに転勤することになってね。そちらに住むよりは日本にいたほうが安心だし、そこで調べたら寮があるこの学校を見つけてね。両親と相談してここに通うことにしたのよ」

「……そうですか」

 うーん、そこまで特別な理由じゃなかった。

 だけど――。

「じゃあ、姉さんは……? どうして、この学校に通おうと思ったんですか?」

 更に思い切って、僕は質問に踏み込んだ。

 先生の顔がますます険しくなって、口を噤んでしまう。

 ええい、と僕はもっと眼力を強めた。ここが大事なところだ、と自分に言い聞かせて、精一杯の睨みを利かせる。

 そして、それが効いたのか、再び先生は肩の力を落としてため息を吐いた。

「……私が頼んだの」

「えっ……?」

 頼んだ? どういうことだろう?

「涼とはね、ずっと幼い頃から一緒だった。離れ離れになるのは寂しかったし、独りで知らない土地に行くのは心細かった。だから、一緒にこの学校に通おうと思って頼んだのよ」

 ――うーん。

 辻褄は合うけど、なんだかなぁ。

「それで、姉さんは?」

「涼も同じ気持ちだったわ。私と一緒ならどこにだって行くって、あの子張り切っちゃってね。あなたのお父さんの反対を振り切って、この学校に通ったわけ。まさか二人とも若に選ばれるなんて、そのときは思ってもみなかったけどね」

 姉さんが、ねぇ……。

 僕はこの間見た夢を思い出した。この学校に通うかどうか、かなりの剣幕で父さんと姉さんは喧嘩をしていた。あれが事実だとしたら、ただ友達と一緒にいたいからという理由だけで、あそこまでの喧嘩をするだろうか? それだけ姉さんにとって璃々先生は大切な人だったのかも知れないけど……。


 と、そんなことを考えていると、チャイムが鳴り響いた。

「あ、そろそろ次の授業が始まるわね。あなたも教室に戻りなさい」

「は、はい……」

 僕はたどたどしい返事で帰ろうとした――。


 そうだ――。


「先生……、最後にひとつだけ、お願いしてもいいですか?」

「……まだ何かあるの?」

 僕は唾を飲み込み、再び先生のほうを見た。

「明日……、あの舞台のところに来てもらってもいいですか?」

「えっ……。あの舞台って、春宴をやる……」

「先生や姉さんたちにとっての思い出の舞台……、ですよね。絶対、来てください」

 先生は目を丸くして驚いていた。そりゃあそうかも知れない。だけど、この際色々とはっきりさせておきたい。どうせなら、父さんと先生のこともきちんとさせたほうがいい。

 璃々先生はしばらく考え込んだ後、「分かったわ……」と静かに返事をした。


 ――よしっ。

 明日の劇は、絶対に成功させるぞ!

 僕は拳を握りながら、心に強く誓った――。

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