第20話 みんなで協力して……
えっと……。
なんだか話が見えてこなかった。
「僕らでこの劇をやるって、どういうこと?」
「……今言ったとおり」
いやいやいやいやいや――。
「この長い劇を、あと二日で!?」
父さんが迎えにくるのは明後日だ。それまでにこの劇を仕上げるとか、無理にも程がある。第一、それでどうやって父さんを説得できるんだ?
「……やるのは一部分、最後のシーンだけでいい」
「でも、それでどうやって父さんを説得するの……?」
「それは……」
亜玖亜くんが僕らの耳元でこそっと作戦を話した。
――そうか。
ようやく僕は理解できた。
亜玖亜くんの推理が本当だとしたら、今まで抱いていた疑問が一気に解決する。更に、父さんの本心を聞き出すこともできるかもしれない。
「……上手くいくかどうかは分からないけど」
「いや、やってみる価値はありそうだよ!」
「おう! そうなったら俺も協力するぜ!」
「ワタシも、乗りかかった泥船デス! 協力シマス!」
泥船って……。確かに、ドロドロした話にもなりそうだけど。
でも、協力してくれる二人の気持ちは非常にありがたかった。ここはお言葉に甘えてお願いすることにしよう。
「……まずは衣装の調達もしないと」
「えっ? そこまでやるの?」
「……どうせやるなら、徹底的に」
マジか……。亜玖亜くんって結構こだわる人だったんだな。
だけど、今から準備するのはとてもじゃないけど難しいぞ。あんな着物は持っていないし、亜玖亜くんが持っているとは思えない。
誰か、他に持っている人はいないのだろうか……。
もしくは、作れる人……。
「話は聞かせてもろうたわ」
唐突に耽美な京都弁が聞こえてきた。辺りを見渡すと、いつの間にか大広間の戸の前に一葉さんが立っていた。
「一葉さん?」
「雪桜と天女の劇をやるんやろ? それで、衣装が必要と……」
「あ、うん。そうなんだけど……」
どこから聞いていたんだろう? 相変わらず読めない人だ。
「……一葉。もしかして、こんな感じの着物持ってる?」
「生憎なぁ、こういう色合いのは持ってへんのや」
「うーん、一葉さんなら持っていそうな気もしたんだけど」
なんとなくだけど。見るからに大和撫子ってイメージだし。男だけど。
「けど、ウチやのうてもっと適任がおりますえ。その人ならきっと、二日で衣装を仕上げてくれるやろな」
――えっ?
誰だろう? こういうのを作れそうな人って……。
「それって、誰?」
僕がそう尋ねると、一葉さんは不敵に若いながら、
「着いてきてな。きっと驚きますえ」
――なんだろう?
今から僕たちは、とんでもないものを見させられそうな気がしてきた。
けど、こうなったらその適任とやらに会ってみるしかない。僕は意を決して、一葉さんに着いていくことにした。
「ここどすえ」
えっと、ここは……。
一葉さんに連れてこられたのは、二階の隅っこの部屋。ネームプレートを見ると、うん……。
「入っていいの?」
「ええてええて。ほら!」
間髪を入れずに一葉さんはガチャリと部屋のドアを開けた。いや、ノックぐらいしようよ……。
と、咎める間もなく入ると、
「うーん、まだ腰のフリルがイマイチですわね。もっとマリアンヌ・リリィらしいふわふわ感を出さないと……」
――とんでもないものを見てしまった。
その部屋は桜花さんの部屋だ。だから、桜花さんがいるのは当然なのだけど……。
その格好には違和感しかなかった。いや、似合っているんだけどね。うん、似合ってる似合ってる……。
淡くて黄色いエプロンドレスに、ツインテール。頭にはピンクのリボンが二つ付いていて、手にはハートをあしらったステッキを持っている。
僕は知っている。これは、日曜朝に放送しているアニメ作品……。全国の女児たちとお兄さんお姉さんたちの心を掴んで離さない傑作、「ファンシーヤンキー・マリアンヌ」の衣装だということを。
――なんで桜花さんがその恰好をしているの?
「えっと……、染咲桜花さん、で間違いないですよね?」
「……なんであなたがたがここにいらっしゃいますの?」
意外と冷静に桜花さんが僕らに反応した。
「あ、その恰好のときはこう呼んだほうがええかな? 新進気鋭の男の娘コスプレイヤー『チェリーブロッサム』って……」
一葉さんが不敵に微笑む。こんな一葉さんの顔、見たことが……あ、いや。何度かあったか。
次第に桜花さん……もとい、チェリーブロッサムさんの顔が赤くなっていく。
「あ、あぁ……」
あ、ダメだこれ。頭から煙が出かかっている。
「ふふふ、ウチ知ってましたえ。大分前から、な……」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
恥ずかしさが勝ったのか、桜花さんがとうとう叫びだした。
――あーあ。
数分後……。
ようやく落ち着いた桜花さんを座らせた後、僕たちも座り込んだ。桜花さんは項垂れているけど、申し訳ないことをしたのはこっちなんだよな。
「……いつから知っていましたの?」
「うーん、いつからやったかなぁ」
一葉さんは相変わらずのほほんとした顔つきで答える。この人が一番策士なのだけど、全く反省しているようには見えない。
そういえば、桜花さんって一葉さんのことが……。
気持ちを考えたらちょっと気の毒に思えてきた。
「このこと、他の人には黙っていてもらえます?」
若干涙目になりながら桜花さんが頼んできた。
「あ、はい……。黙っておきます」
「……うん」
この空気で言えるわけがない。このことは僕らの心の中に仕舞いこんでおいたほうがよさそうだ。
「まぁまぁ、今日は桜花はんのそのスキルを見込んでお願いに来たんや」
「お願い、ですの?」
一葉さんがこくり、と頷いた。
それから僕たちは雪桜と天女の劇をする話を聞かせた。ようやく泣き止んだ桜花さんも、真剣な面持ちで僕たちの話を聞いてくれた。
「なるほど……、舞台衣装ですか」
「そう、なんですけど……。流石にあと二日でこれを作るのは」
「可能ですわ!」
――えっ?
「ほ、本当ですか!?」
「とはいえ、似たような衣装を上手いこと手直しするだけですが。こういう和物のコスもいくつかやったことはありますし、サイズもおそらくは大丈夫かと」
そう言って、桜花さんは部屋の隅に置かれたクローゼットを開けた。その中にはぎっしりと、カラフルなアニメの衣装がたくさん仕舞ってあった。どれだけ衣装を持っているんだろう、この人……。
「ほな、衣装の問題は解決やな」
「……あとは、音響」
音響、かぁ。そこまでやるのか……。
ネットとかで色んな音楽とか無料でダウンロードができる時代だけどさ、それを流す人も決めなきゃいけないし、そんなのを劇の中で上手く合わせられる人なんているはずが……。
「話は聞かせてもらった」
部屋の入口のほうから、凛々しい声が聞こえてきた。
大地さんだ――。
そちらのほうを見ると、腕を組みながら僕らの方を見据えて仁王立ちしていた。
「大地はん?」
「染咲……、お前、春宴の練習をしていると思ったらなんて恰好をしているんだ」
「うっ……」
大地さんに睨まれて、桜花さんは言葉に詰まった。
「まぁいい。雪桜と天女の音源だな。オレが準備しておく」
「いいの? あと二日だよ……」
「あの劇ならオレも前に観たことがある。あれぐらいの曲の耳コピぐらい、朝飯前だ」
「ですわよね、あなたなら。作曲や音楽のプロデュースもたくさんこなしていますもんね」
え、大地さんってそんなこともやっていたの!?
コスプレイヤーに、音楽プロデューサー。この寮って、若とか姫とか以前に凄い人たちばかりが集まっているんじゃ……。
「えっと、じゃあ、お願いします……」
「あぁ、期待に応えて見せよう」
――カッコいい。
女の子だったら絶対ときめいていた気がする。まぁ、大地さんも女性なんだけどね。
「では、ナレーションはワタシがやりマス」
そう言って手を挙げたのは、ウィンディアさんだった。っていうか、まだ広間にいたんじゃ……。
「だ、大丈夫です?」
「ン? 問題ありまセンヨ」
いや……言っちゃ悪いけどさ、ウィンディアさんって日本語がカタコトだし、ナレーションを任せていいものなのか不安なんだけど。
「……じゃあ、お願い」
亜玖亜くんが先にお願いしちゃったよ。しょうがない、ウィンディアさんに頼むか……。
「ウチは裏方で頑張らせてもらいますわ。火糸はんと陽夏はんにも裏方をお願いして……」
「……あとは僕たちが上手く練習するしかないね」
そうだ――。
他の人のことばかり気にしていちゃいけない。元々、僕の問題なわけだし、自分自身がしっかりとやるべきことをやらないと!
――よし!
「みんな、本当に僕のためにありがとう!」
「……構わないよ」
「ウチらかて、雪はんがいてくれな困りますゆえ」
「協力するのは当然デス!」
「まぁ、その分春宴は協力してもらいますわよ」
「そうだな、持ちつ持たれつという奴だ」
みんなの優しさに、僕はうるっと涙ぐんでしまいそうになる。
だったら――。
絶対、僕は劇を成功させてみせる!
そして、父さんを説得させる!
拳を堅く握り、意を決して頑張ることを胸に誓った――。
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