第19話 雪桜と天女
「なんだなんだ?」
「涼サンが出ていた冬宴の映像が見つかったッテ本当デスカ?」
テレビがある一階の大広間に降りてくると、既に陽夏とウィンディアさんがくつろいでいた。事情を話すと、二人とも一緒に観たいと言ってきた。
「ところで、一葉さんは一緒じゃないんです?」
「寮母サンと一緒に買い物に行ってマス」
「火糸くんは?」
「いや、知らね。多分部屋に籠ってんじゃね?」
――うーん。
どうせなら皆で観たかったんだけどな……。
「桜花サンと乱堂サンも忙しそうデスからネ……」
「ま、とにかく今はこのメンバーで観るとしようぜ」
「そうするしかない、か……」
僕は首を捻りながら、DVDをデッキにセットして再生した。
しかし、僕は不思議に思っていた。このDVDはおそらく姉さんの私物に紛れて送られてきた物だと思うのだけど……。
姉さんはこの学校に通ってから、一度も家に帰ってきたことはないはずだ。なのに、何故このDVDが家にあったのだろうか?
疑問はたくさんあるけれど、とりあえずは観るとしよう。
「おっ、始まった」
映像はかなり後ろの方から録られていた。画面には春宴の映像にもあった舞台が映っている。雪がちらついているせいか、あの時よりは人は少ない。映像を撮っている人の手もなんだか震えているような感じだ。
しばらく待っていると、舞台の袖から一人の生徒が現れて、お辞儀をした。
この人は……、
「璃々、先生?」
「えっ、これ璃々ちゃんなの?」
流石に陽夏もびっくりしたみたいだ。まぁ、面影は多少あるかも知れないけど、この男物の服を着ているイケメンが璃々先生だってパッと見ただけでは分からないよな。
『皆様、今日はお寒い中お越しいただきありがとうございます。さて、これより冬宴が始まります。今年の冬は例年より気温が低く、今日も雪がチラチラと舞っていますね。本日、これより皆様にお見せいたしますのは、そんな寒い冬に起こった、この町に古くから伝わる御伽噺……』
そう言って璃々先生は傍らに置いてあるめくり台を捲った。
『雪桜と天女』
そこにはそう書いてあった。
「姉さんがやっていたのは演劇だったのか……」
伝説の冬宴だとは聞いていたけど、まさかこの町の伝説を元にした舞台だったなんて。それに、演劇なんて無縁なイメージだったから、どんな演技になるのか全く想像もつかない。
「……これ」
亜玖亜くんがしっかり目を見開いて画面に釘付けになっている。
――そっか。
自分とその家族を救った思い出の冬宴だもんね。内容は細かく覚えていないかも知れないけど、亜玖亜くんにとっては一際感慨深いものであることは間違いない。
『昔、この四鈴村には紫雲という貧しい若者が住んでいました……』
璃々先生のナレーションと共に、演劇が始まった。
僕は思わずごくり、と唾を飲み込んでしまう。
『紫雲の住む村では、恐ろしい疫病神が村人たちを苦しめていました。彼は毎年幼い女の子どもを生贄として出さなければ疫病を流行らせてしまうぞ、と脅しており、村人はどうするべきか常に頭を悩ませていました。紫雲の両親もまた、自分の娘がいつ生贄にされるかと不安になっていました。そこで考えた末、彼女を男として育てることにしたのです』
――あれ?
この話、どこかで聞いたことがある気がするぞ。
「これ、この町に古くから伝わる伝説デスネ」
「そっか、この町が男女逆転の風習をするようになったっていうあの話か」
僕がこの学校にやってきた初日に聞いたっけ。それを話したのも璃々先生だったよな。なんだか皮肉というか、ちょっとした運命の巡り合わせみたいに感じてしまう。
『やがて紫雲はすくすくと逞しく成長していきました。そして、彼女が十二歳になった年――』
『父上、母上。私はもう十二歳、立派な大人だ。この刀に誓って、かの暴虐な疫病神を退治しに行くことを許して欲しい。これ以上村に犠牲を出すわけにはいかない。』
――あっ。
長い髪を縛り、男物の着物姿を着こなして現れた人物。整った顔立ちと凛々しい声は聞き覚えがある。
そう、姉さん――氷渡涼だ。
「涼さん……」
「やべぇ、かっけぇ……」
率直に、陽夏と同じ感想を呟いてしまいそうになった。
それから僕はずっとそのDVDを眺めていく。
話自体はそこまで複雑なものではない。要するに、桃太郎のような勧善懲悪の王道的な冒険譚だ。だが、お供になるのは犬猿雉ではなく……。
『初めまして、今宵生贄としてこの身を捧げます、雪と申します』
――え?
僕と同じ名前だ。まぁ、偶然なのだろうけど。
そして――、
その雪と呼ばれた美しい女性を演じていたのは、これまた美しい人――それも、男性だ。間違いない、この人が……、当時の冬の姫だ。
話の流れとしては、紫雲が道中で出会ったその女性は、実は行きずりの旅人の男子であり、村人が生贄の代わりとして差し出したという感じだ。そして、紫雲が疫病神を退治することを知り、雪は自らを囮にしてその隙に倒す、という手筈で協力することになった。
話はどんどん進んで行く。長い長い旅の中で二人はやがて恋に落ちる。
そして、とうとう疫病神と戦うことになる。まず雪が囮として疫病神に取り入り、そして紫雲が倒そうと近付くが……、
『ふはははは、こ奴が男だと!? 面白い。この際男でも構わぬ、私の嫁となれ!』
『いやあああああああ!』
『貴様ァァァァァァァァァッ!』
そう叫びながら紫雲が疫病神を倒そうとした。だが、疫病神は既に雪に呪いを掛けていた。彼が死ぬと雪も死ぬ、というものだ。
一瞬ためらう紫雲。だが、雪は自分に構わず疫病神を倒せという。
迫真の演技の連続に、僕たちは圧倒されていた。刀を使った殺陣も、中学生とは思えない太刀筋の連続で、下手な役者なんて目じゃないと言っても過言じゃなかった。どこでそんな技術を身に着けたのだろうか……。
そして――、刺し違えながら、ついに疫病神は倒された。
同時に、雪が倒れていく。紫雲も深手を負って倒れる。
雪の上で倒れた二人は、互いに手を握りながら言った。
『生まれ変わるなら、私はせめて桜の木になりたいな…』
空の雪を仰ぎながら、紫雲と雪は亡くなった――。
「そんな切ない話だったのか……」
「……まだ続き、あるよ」
亜玖亜くんがぼそっと呟いて、僕は黙って続きを観た。
しばらくすると舞台は暗転して、一人の女性が現れる。
いや、あれは……。
『ここは……』
姉さん?
今まで凛々しい男装姿だったのに、ここにきて女性の着物姿で現れたのにはびっくりした。その姿に客席からはキャーキャーと物凄い歓声が響き渡る。
鮮やかな桜色の着物。これって……、
「どこかで似たような着物を見た気が……」
――あっ。
さっき出会った、僕に道を教えてくれた人だ。偶然だろうけど、あの着物によく似ている。
『目覚めましたね、紫雲様』
更に現れたのは、白い着物を纏った人――雪の役をしていた冬の姫だ。
『君は……、もしかして……』
『そう、雪です』
『雪ッ!? その姿は!? それにここは一体……』
『私はあれからこの土地の神によって、天女として生まれ変わることになりました。天女とはいっても両性具有の身体なのですがね』
『天女だと!? どうして、君が!? 自らその姿を望んだというのかい?』
雪はこくり、と頷いた。
『私は村人によって、無理矢理女性の恰好をさせられて生贄にされました。しかし、あなたと一緒にいるうちに、男としても女としても、あなたと共に生きたいと思うようになったのです。土地神様はそんな私の気持ちを汲んでくれたでしょうね……』
ようやく、あの劇のタイトルに出てきた天女の意味が理解できた。
『そうか……。私と共に、ね……。それで、私は死んだのか?』
『ええ……。でも、安心してください。私もあれから力を与えられて、あなたを蘇らせることができるようになりました。あなたはこの土地の疫病神を倒した英雄です。その功績を称え、あなたが望む姿に生まれ変わるようにしましょう』
その言葉に紫雲は思案する。
『私は女性でありながら男性として育てられた身……。どちらの生き方も得た身だ。だが、ひとつだけ体験したことも見たこともない生き方がある。それが、“桜”だ。この雪がひたすら降る村では桜の花が咲かない。出来ることなら、私が桜の木として生まれ変わりたいものだがな……』
『そうですか……。やはり、あなたは私が思い描いていた人でした。ならばあなたは桜の木の精として、この村をずっと見守っていてください。二度と、あのような疫病神が現れないように……』
『あぁ。ただ、その前に、君に一言だけ伝えたいことがある』
『なんでしょうか?』
『愛している、よ。雪……』
『紫雲様……。えぇ、私も、です。あなたが桜の木になった後も、私は天からあなたを見守ることにしましょう』
そうして――。
村には一本の桜の木が聳え、その木は雪の降る季節に咲くようになったという。人々はそれを「雪桜」と呼び、今でも枯れることなくこの地に残っているそうだ。
拍手喝采と共に、舞台は終わった。
そこで、映像は途切れた――。まだカーテンコールがあるはずなのに、まるで、意図して止めたかのようだった。
「……凄かった」
僕はただ、それを呟くのが精一杯だった。
「……この地域では有名な話だけど、それでも感動した」
「涼さんの演技、ヤバかったもんな」
「えぇ……。ラストも敢えて一番オーソドックスなモノにシテ、分かりやすく構成してありまシタのも納得デス」
「オーソドックス?」
どういう意味なんだろう?
「このお話、最後は色んな説がありまシテネ。今観たものの他に、例えば共に天女になって雪桜を咲かせタリ、逆に雪が桜に生まれ変わっタリ、色々ありマス」
なるほどね――。
地方に伝わる話って案外そういうものなのかも知れないけど、ちょっと興味深いな。
――で、だ。
今になって思い出す。最初に抱いた疑問はまだ解けていない。
このDVDが何故、姉さんの部屋にあったのか――。
「……ねぇ、雪くん」
亜玖亜くんが突然呼びかけてきた。
「どうしたの?」
「……上手くいくかどうかは分からないけど、雪くんのお父さんを説得できる方法、あるかも知れない」
――えっ?
「そんなのあるの?」
「うん……」
一体、何だろう?
あの石頭の父さんを説得させるのは並大抵のことじゃない。それは僕自身が一番よく知っている。
「で、その方法って……」
僕が尋ねると、亜玖亜くんが真剣な眼差しで僕の方を見た。
「ボクたちで、この劇を再現、してみよう……」
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