第13話 裸の付き合い

「はぁ、疲れた……」

 寮に戻った僕は鞄を置いてベッドに横たわった。

 正直疲れた。何だか色んな事があった一日だったな……。

『冬の姫になった以上、他の姫や若とだけは恋愛しねぇほうがいいぞ』

 どういう意味なのだろうか、ずっと考えていた。が、勿論何も分からないわけで。段々脳細胞を働かせるのも面倒くさくなってきた。

 とりあえず、と僕は立ち上がってジャージとTシャツに着替えた。下着はそのままだけど、この部屋着姿はかなり落ち着ける。

 時刻は午後五時半を回っていた。夕食まではまだ時間があるけれど、お風呂はそろそろ沸いている時間だろう。今日は疲れたし、一足先に入るか――。

 着替えとタオルを持って僕は一階の大浴場まで向かった。この寮では風呂の時間は明確に男女で分かれてはおらず、入り口にネームプレートを引っ掛けて誰が入っているかが分かるようなシステムになっている。今のところ誰も風呂に入っている様子はないことを確認すると、僕のネームプレートを引っ掛けて浴場に足を入れた。

「うん、本当に誰もいないみたいだし、一番乗りッ!」

 僕はちょっとだけ嬉しくなり、ウキウキな気分で服を脱いだ。

 浴室に入り、湯気が立つ大浴場を一瞥した後に髪、身体を洗う。汗も知らない間にかいていたみたいで、一気に肌のベタつきが取れた感じがする。

「ふぅ……、やっと落ち着いた気がするよ」

 ひとしきり身体を洗い終え、僕は湯船に身を投じた。温もりが足下から全身に染み渡るようだ。疲れた身体には本当に心地よい。

 なんか親父臭いことを考えてしまう。この時間だけは誰にも邪魔されずにゆっくり自分のことを考えることができるのがありがたい。


 まぁ、今日は何も考えたくない気分だけどね――。


「お、もう入っているみたいだな」

 背後から誰かやってきたみたいだ。この声は陽夏だ。

「お先に入ってるよ~」

 僕はそれだけを言って再度湯船にゆっくり浸かった。

 陽夏なら特に気にする必要はない。昔何度も一緒に風呂に入ったことがあるからね。背後から誰かがシャワーを使う音が聞こえる。多分陽夏だ。

 バシャッ、と流す音の後、足音がこちらに近付いてくる。

「俺も入るぞ」

「はいはーい」

 すっかりくつろぎモードに入っている僕は、陽夏の声に空返事をした。

「ウチも入りますえ」

「わたくしも失礼しますわ」

「はーい、どうぞ」

 ふぅ、更に二人も来るのか。

 そういえばシャワーを使う音がひとつだけじゃなかったな。そっかそっか。


 ……え?


 僕はふと我に返り、背後を振り向いた。

「お、二人ともこの時間に風呂に入るなんて珍しいな」

「そういえば雪はんと一緒にお風呂入るのは初めてやな~」

「わ、わたくしはたまたま時間が被ったから御一緒するだけですわ」

 そこにいたのは、一葉さんと桜花さん。

 二人ともタオルを胸元まできっちりと巻いている、が、今から湯船に入るわけだから当然それをはだけさせるわけで……。


 ――ぶっ!


 僕は思わず鼻血を吹き出しそうになった。よりにもよって、同性の裸で……。

 二人とも男なのだから、当然胸は真っ平である。そして、その下を見ると……。

「どないしたん? ウチの顔に何か付いておりますえ?」


 ――いや、顔じゃなくて、その。


 ――下半身に、付いていますね。


 ――きっちりと。男の、シンボルとも言える、ホースとボールが。


 陽夏とは違い、この二人は普段から女性らしい仕草と口調だったからつい忘れてしまいそうになるが、僕はきっちりとこの二人が健全な男子であると認識した。

 鼻血はなんとか堪えた。多分のぼせただけだ。うん。そういうことにしておこう。

「たまには姫同士で一緒に裸の付き合いってのも悪くはないな」

 陽夏は特に気にする様子もなく、淡々と言い放った。まぁ、こいつは昔からこういう人間だからな。

 僕は混乱する脳の処理を一旦落ち着かせて、深呼吸を何度も繰り返した。

「大丈夫なん?」

「あ、うん……。なんとか」

 うん、ようやく二人の顔をしっかり見ることができた。皆はきっちり肩まで浸かっているから、湯面を見なければ大して問題はない。

「転校初日はどうでしたの?」

「あ、あぁ。なんとかなったよ」

「聞いたぜ。お前、亜玖亜と一緒のクラスなんだってな」

 誰から聞いたんだよ、と一瞬考えたが、よく考えたら火糸くんから聞いた可能性があるか。

「うん。僕としては凄い嬉しかったよ」

「良かったなぁ、雪はん」

 一葉さんがニコリと微笑んだ。

「そういえば皆は何組になったの?」

 さりげなく、僕は話題を振ってみた。

「ウチはE組どす。桜花はんも同じクラスで嬉しかったわ~。な、桜花はん」

「わ、わたくしは別にあなたと一緒になれて嬉しいなんてこれっぽっちも思っていませんわ」

 桜花さんが赤面しながらそういった。つい最近似たようなテンプレート的ツンデレをどこかで見たような気がするが、まぁ気のせいということにしておこう。

「ちなみに、乱堂はんが確かA組やて聞いてるわ~」

 乱堂さんは隣のクラスなのか。まぁ、あまり関わることは少なそうな気がするけど。

「俺はC組だぜ。で、火糸とウィンディアが一緒のクラス」

 陽夏が答えた。成程、火糸くんと同じクラスになったのか。同じ季節の姫と若で一緒になったのは僕だけじゃなかったんだな。しかもウィンディアさんもいるとなると、何か賑やかそうなクラスだ。

「もしかして、だけどさ」

「おう?」

「今日、そのクラスで火糸くんと何か会話した?」

「ま、そりゃ色々とな」

「で、僕のこと何か喋った?」

「お、おう。いや、ウィンディアと火糸と会話していたら、ウィンディアの奴が『陽夏サンと雪サンはもしかして恋人同士デスカ?』とか聞いてきやがって。勿論俺は否定したぜ。でも、『昨日買い物行ったッテ聞きまシタ』とか冷やかしてきやがって、大変だったんだぞ……」


 ――あぁ、そういうことか。


「まさか、それで……」

「いきなり火糸の奴が目の色変えて教室を飛び出して……」

 だから火糸くんが突然僕の教室にやってきたのか。

 ちょっとだけウィンディアさんを恨む。余計なことを聞いてくれたな。

「……なるほどね」

「何かあったのか?」

「いや、何も……」

 僕はとりあえずはぐらかしておいた。三人とも首を傾げているが、黙っておこう。

「しかしウィンディアさんは何で僕と陽夏が付き合っていると思ったのか……」

「さぁな。でもこの学校はこんな感じだし、ぶっちゃけ同性で付き合っている奴らも珍しくないぜ」

「そうなんだ……」

 ジェンダーフリー、と言って良いものかは分からないけど、そういう偏見に囚われないのはこの学校の良いところなのかもしれない。

「ウチも男子生徒に告白されたことありますえ」

「まぁ、それでしたらわたくしもありますけど」

 ――あ、うん。

 二人とも美人さんだもんね。本当に男子だと思えないぐらい。

「そういやお前らは好きな人おらんの?」

「わ、わたくしはいませんわよ」

 そう言う桜花さんの視線は一葉さんのほうに向いている。

 ――うん。

 ちょっと、そんな感じはしていたけど、なんとなく関係が分かった気がする。桜花さんはきっと、一葉さんのことが……。

 と、考えたところで一旦思考を止めた。デリケートな問題だし、迂闊に考えすぎるのも悪いと思ったからだ。

「ウチも今のところおりませんえ。あ、ちなみに男女どちらと付き合うのも大丈夫どす」

 妖しい笑みで返す一葉さん。なんだろう、本気なのか冗談なのか分からない。

「雪はどうなんだよ? まさか、お前、本当に俺の事……」

「なんでそうなるのさ⁉」

 冗談交じりに陽夏が冷やかしてきた。

「……ってのは冗談として、もしかして水波とか?」

 ――ドキッ!

 その名前が出てきて、僕の心臓が思わず高鳴った。多分、顔も赤くなっている。

「あぁ、なんかお似合いな感じやな」

「いやいやいやいやいやいや、確かに亜玖亜くんは恰好良いし、良い子だし、色々お世話になっているけどさぁ、まだ知り合ってちょっとしか経ってないから! そんな、好きとかそういうのじゃ……」

「ま、そりゃそっか……。冷やかして悪かったな」

 意外と陽夏があっさり引き下がり、僕はほっと胸を撫でおろした。

 ――そういえば。

「陽夏こそ、火糸くんのことどう思っているんだよ?」

 こうなったら売り言葉に買い言葉だ、と思って僕は聞き返した。

「火糸……」

 何やら思惑を巡らせている陽夏の姿を見つめ、僕は思わずごくり、と唾を飲み込んだ。

 火糸くんのほうは間違いなく陽夏のことが好きだ。この際だから陽夏のほうにも聞いてみよう。

「ど、どうなの……?」

「わっかんね。考えたこともないな」

 あっけらかんと言い放つ陽夏に、僕はガクっと肩を落とした。

 こういう奴だったのは知っていたけど、ここまで露骨だとは思わなかった。

「でもなぁ、姫と若の恋愛はあまりオススメできまへんで」

 ――え?

 そういえば、と僕は思い出した。

 昼間火糸くんと会話したときに言われた台詞。

『冬の姫になった以上、他の姫や若とだけは恋愛しねぇほうがいいぞ』

 ずっと気になっていたその言葉の意味を、今こそ聞いてみるチャンスかもしれない。

「どういう意味?」

「あんな……、姫と若同士での恋愛は、哀しい結末にしかならないっていうジンクスがあるんや」


 ――え?


「あくまでも噂だ噂。あんまり気にすんなよ」

 陽夏は特に気にしている様子はない。

「そっか、ジンクスか……。ちょっと怖いね」

「ただのジンクスやない。姫や若となった者同士での恋で、これまで何人が不幸に見舞われた思てるん?」

「一体どんな不幸に?」

「別れたのは勿論、交通事故に遭ったとか、知らない人に襲われたとか、幽霊に取り憑かれたとか……」

 うーん、いかにも眉唾な話だ。ジンクスなんてそんなものかもしれないけど。

「そ、そんなのただの偶然ですわ」

 桜花さんも否定的なようだが、どことなく腰が引けているような言い方だ。

「ウチも全てを知っているわけやないけどな……」

「ほれみろ。ま、そういうのは好きな人が出来てから考えりゃいっか」

 陽夏は本当にあっけらかんと返している。段々、コイツのことが好きな火糸くんが気の毒に思えてきた。

「そ、そうですわね……」

「それでええかもな。けど、このジンクスは頭にだけは入れておいた方がいいかもな。何せ、あの涼はんも……」

 そこまで言いかけて、一葉さんは口を噤んだ。

「……姉さんがどうかしたの?」

「あ、いや、な。これはあくまで噂でしかないんやけどな、涼さんも昔、誰かに恋をしていたという話で……」

 ――姉さんが?

「けど、その恋は叶うことはなかった。相手が誰かは知らないけど、同じ年の姫か若だったっていう噂だ」

 陽夏が代わって話を続けた。

 ――姉さんが、恋をしていた?

「それで、姉さんはどうなったの……?」

「さぁ、そこまでは。詳しいことは伏せられているみたいだからな」

 それ以上、陽夏は何も言わなかった。

 どうしても気になってしまう。伝説だとかもてはやされている姉さんが、どういう恋をしたのか。相手は誰なのだろうか。色々考えてしまう。


 ――まさか、その不幸が原因で姉さんは……。


 最悪の思考も脳裏に過ぎりそうになった。が、首を横に振ってその思考を振りほどいた。

「それもあくまで噂による憶測でしかありませんわ。あまり気になさらないほうがよろしいですわよ」

 桜花さんがフォローを入れてくれた。

 ――そ、そうだよね。

 僕は一旦心を落ち着かせて、深呼吸をした。

 考えすぎは良くない。姉さんの恋と、亡くなった原因を関連付けるのはよそう。


 ふと時計を見ると、既に風呂に入って四十分が過ぎようとしていた。


 ――ちょっとのぼせてきたかな?

 こんなに長いこと湯船に浸かるのは久しぶりだ。姫同士でこうやって会話をすることなんて今までなかったから、結構話が弾んでしまった。

 姉さんのことは気にはなるけど、桜花さんの言うとおり深く気にしないほうがいいな。とにかく、みんなの恋愛事情や、気になるジンクスの件も分かったからよしとしておこう。

「そろそろ僕はあがるね」

「おう、了解」

「デリケートな話をしてすんまへんなぁ」

 一葉さんが申し訳なさそうに謝ってくる。

「いいよ、気にしないで。それじゃ、お先に――」

「あ、雪さん。お待ちくださいな」

 風呂からあがろうとする僕を桜花さんが呼び止めてきた。

「なんですか?」

「あなた、女性ものの寝間着を持っていないのでしょう? ちょうどわたくしのお古がありましたので、あなたに差し上げますわ」


 ――へ?


「いや、そんな悪いですよ……」

「いえいえ、遠慮なさらず。おそらくサイズも丁度良いと思いますし。脱衣篭のところに置いてありますから、是非使ってくださいな」

 と、凄くありがたい、けど僕としては複雑な申し出があって――。


 脱衣篭のところに行くと、それはちゃんと置いてありました。

 水色の、ゆったりしたネグリジェ。胸元にはリボンがあしらわれており、首と裾にはフリルがしっかりとあしらわれていて、そして、あろうことか僕のサイズとピッタリだという。

 折角のご厚意だから貰っておこう、と思い、僕はそれを着たわけで。


 ――その結果。

「おお、どうしたんじゃ? えらいお洒落なの着とるのぉ」

「……雪くん、可愛い」


 夕食の席で、僕は赤面しながらその姿を晒すことになった。

 ちなみに、陽夏と一葉さんと桜花さんは下を向いて笑いを堪えていたのを、僕はしっかりと見逃さなかった。


 ――コイツら、最初からそのつもりだったな!

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