第12話 好きなのか⁉

 そんなこんなで、始業式の一日はあっという間に終わった。

 帰りの号令が終わり、僕は荷物を鞄にしまって肩の力を抜いた。

「あくあくぅ~~~~ん、一緒のクラスで良かったよぉ~~~~~」

 緊張の糸が一気に緩んでしまった僕は、心細さから解放された反動のあまり亜玖亜くんに泣きついてしまった。ちなみに、亜玖亜くんの席は僕の席から机をふたつ挟んで後ろにある。流石に隣とまではいかなかったみたいだ。

「……よしよし」

 亜玖亜くんに頭を撫でられた。情けない気持ちもあるけれど、今日だけは許して欲しい。

「ホントに心細かったぁ~~」

「……えらいえらい。頑張ったよ」

 うぅ、と僕は嗚咽を漏らしそうになる。

「仲良いんだね。そういえば二人ってどこで知り合ったの?」

 この様子を眺めていたクラスメイトに質問された。

「どこって言われても……。こないだ学校にきたときに、ほとんど成り行きで」

「……そしてボクが姫に誘った」

「うんうん、運命的な出会いだったんだね。全然わかんないけど」

 クラスメイトたちは僕らのほうを見ながらニヤニヤと微笑んでいる。

「そういえば……」別のクラスメイトが首を傾げながら聞いてきた。「二人ってさ、もしかして付き合っていたりするの?」

 ――え?

 唐突な質問に、僕は顔を硬直させてしまう。

 亜玖亜くんも珍しく顔を赤らめて視線を逸らすような反応をした。

「いやいや、そんなことは……」

「あー、ちょっと怪しい」

「だから違うッて! ね、亜玖亜くん!」

「……うん」

 亜玖亜くんは僕の方を見ようせず、左下に俯いて頬を赤く染めていた。

 亜玖亜くんなりに恥ずかしいのだろうけど、うん、余計に誤解招きそう。

「お似合いだとは思うけどなぁ」

「美男美女だもんね。男女逆だけどさ」

「だーかーら!」

「あ、でも姫と若だからね。ほら、あのジンクスがあるし……」

「だーかーら! 違うって言ってるじゃんッ!」


 ――あーあ。


 これ以上過剰な反応したら逆効果な気がする。どうしようか……。

 と、僕が戸惑っていると、

「おい、氷渡ッ!」

 誰かが教室の扉が勢いよく開けてきた。

 驚きながらそちらのほうを見ると、目を吊り上がらせて怒鳴った火糸くんだった。


 ――た、助かった。


 ……。


 ではないな。

 火糸くんは強い足音を立てながら僕たちのほうに向かってくる。何か怒らせるようなことしたっけ、と思惑を巡らせてみるが、心当たりは全くない。

「……やぁ、どうしたの?」

「なんだよ、お前ら同じクラスになったのか……、っと、今はそんなことどうだっていい! 氷渡!」

「は、はいッ!」

 僕は思わず肩をすくませて直立してしまう。

「ちょっとツラ貸せよッ!」

「えっと……」

「というわけだ、水波。コイツを借りていくぜ」

「……うん、後で返してね」

 ――ちょっと、亜玖亜くん。

 完全に物扱いされている気がして、僕はまた別の意味で泣きそうになった。ちょっとぐらいは火糸くんを止めてよと思ったが、亜玖亜くん含めてクラスメイトたちは誰も動こうとはしなかった。

「うぇぇぇぇん――」

 ――誰か、助けて。

 僕は火糸くんに引きずられるように、校舎の外へと連れ出された。



 校舎裏には、お約束とも言える人気のない場所がある。

 まさか転校初日にこんな場所に連れてこられるとは思わなかった。しかも、目の前には不良よりも不良らしい火糸くんがいる。知らない人が見たらカツアゲかいじめの現場だと思われるかも知れない。というより、そういうことをこれからされたりはしない、よね……?

「おい、氷渡」

「あ、はい……」

 睨まれたせいで僕はまた肩を竦める。

「お前……」

 火糸くんが唇を噛み締めるように顔を強張らせた。

 先ほどまでの威勢はどこにいったのか、どことなく顔も赤くしているような気がする。

「お前、アイツのこと、す、す、す……」

 ――す?

 何が言いたいんだろうか。僕は眉間に皺を寄せながら少し黙った。

「お前、アイツのこと、好きなのかッ⁉」


 ――は?


 アイツって、誰の事だろう? この流れとして考えられるのは……。

「聞いたぞ! 昨日一緒に買い物に行ったらしいじゃねぇか!」

 あぁ、やっぱり亜玖亜くんか。さっきもクラスの皆に冷やかされたし、多分そうだろう。

「好きってのは、その……」

「お前が考えている通りのことだよッ!」

「まぁ、そりゃ好き、だけど……」

「は? おい、マジで言ってんのか?」

「いや、好きって言ってもあくまで友人として、ね。ラブじゃなくてライクだから」

「……そ、そうか。ならいいんだ。すまなかったな」

 ほっと胸を撫で下ろす火糸くん。ようやく先ほどまでの威圧はなくなった気がする。

 僕は一息ついて冷や汗を拭った。

「あと、昨日の買い物は二人っきりで行ったわけじゃないからね。僕含めて四人だったから」

「な、なんだ……。驚かせやがって」

 また安堵のため息を吐く火糸くん。

 ――なんだろう、様子がおかしい?

「まぁでも、大事な友人っていうのは本当だよ。この学校に転校してからもずっとお世話になりっぱなしだし」

「いや、お前アイツのせいで冬の姫をやる羽目になっただろ? メンドくせぇとか思ったりしてないの?」

「うーん、それはないわけじゃないけど、でも今はやって良かったと思っているから」

「そっかそっか。いやぁ、アイツ結構メンドい性格してるからな~」

「そう? 僕は優しくて素直だと思うけど」

「すなおぉ? 馬鹿正直なだけだろ」

「悪く言えばそうかもね」

 さっきまでの雰囲気が嘘みたいに和気藹々と会話が弾んでいく。ずっと怖いと思っていた火糸くんだけど、本当はこんなに明るい性格だったんだ。僕はちょっと嬉しくなってしまう。

「こないだの歓迎会、アイツってばオレが食っていたシュウマイにこっそり辛子をたくさん入れやがって、おかげで鼻が大変だったんだぜ」

「そんなことしたの⁉」

「おおう……。なんとか堪えたけどな」

「信じられない……、そんなことするとは思えないけど」

「いや、こんなことしょっちゅうだから。お前、何かアイツの弱味とか知らないか?」

「弱味……ねぇ。そういえば、昨日の買い物で迷子になったっけ」

 まぁ、あの後迷子センターに呼び出されたのは僕の方なんだけどね。

「ぷっ、迷子になってたのかよ」

「あとまた酔っぱらって――」

「酔っぱらったって、アイツ酒飲んだのか……」

 と、そこまで言って、火糸くんは「うん?」と首を傾げた。

「なぁ……」

「な、何?」

「お前、アイツと昔馴染みだったよな?」

「いや、こないだ知り合ったばかりだけど……」

「一緒に風呂入ったって聞いたが……」

「いやいや、入ったことなんて――」


 ――あれ?


「ねぇ、火糸くん。君が話しているのって、亜玖亜くんのことじゃ――」

「は? ちげーよ」


 ――ってことは?


 もしかして、火糸くんが言っている「アイツ」って……。

「まさか、陽夏のこと?」

 そう尋ねると、火糸くんはまたもや顔を紅潮させた。

「……そうだよ。って、まさかてめぇ⁉」


 ――あ。


 上手いこと話が嚙み合っていたから気が付かなかったけど。

 そういえば最初に火糸くんと会った時も、僕が陽夏と話をしていたのに嫉妬されて池に落とされたっけ。まさか、未だに誤解されてる――?

「いや、ないない。陽夏はもっとないから」

 どういう勘違いのされ方だよ、と心の中でツッコミを入れておく。

「……本当だな?」

 火糸くんが疑いの眼差しでこっちを睨みつけてくる。なんでそんなに疑心暗鬼になっているんだろうか。

 陽夏とは昔馴染みではあるけど、ただの悪友だし、そもそも同性だし……。


 ――あぁ、そういえば。


「……逆に聞いていい?」

「なんだよ……」

「火糸くんって、陽夏のこと好きなの?」

 と、僕が尋ねると、火糸くんは更に顔を赤くして睨みつけ、僕の胸倉を掴んだ。

「な、な、な、なななななな、なんだよッッッッッ‼ 全然、アイツのことなんて、好きでもなんでもねぇしッ!」


 ――わっかりやす。

 ここまでテンプレート的なツンデレも久しぶりに見た気がする。最初会った時から薄々勘付いていたけど、間違いなく陽夏のことが好きなのだろう。

「わ、分かったよ。どちらにしろ今僕は好きな人とかそういうのいないから心配しないで」

「……ならいいけどよ」

 ようやく落ち着いたのか、火糸くんは僕の胸から手を放した。

 僕は襟を直しながら、もう一度火糸くんのほうを見直す。とりあえずこれ以上火糸くんの恋心を探るような真似はやめておこう。

「これだけは言っておくぞ。冬の姫になった以上、他の姫や若とだけは恋愛しねぇほうがいいぞ」

 ――え?

 何か意味深な発言を火糸くんが投げてきた。

「それってどういう……」

「どうしても、だ! オレだってあんまりこういうことは言いたかねぇけど……。とにかく、これだけは忠告してくぞッ! じゃあなッ!」

 そう言って火糸くんは踵を返して去っていってしまった。


 ――他の姫や若との恋愛はしないほうがいい?


 そういえば、さっきもクラスメイトたちに冷やかされた時に言われたっけ。

『あ、でも姫と若だからね。ほら、あのジンクスがあるし……』


 さっきは冷やかされた照れからスルーしてしまったけど、どういう意味なのだろうか。

 僕は首を傾げながら、立ち去っていく火糸くんをただ呆然と見送るしかなかった。

 

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