第11話 一緒のクラスになれるといいね
僕と亜玖亜くんは急いで学校へ向かった。
走れば十分とかからない距離ではあるけど、朝ご飯を食べたばかりの腹で走るのは少々辛いものがあった。
「はぁ、はぁ……。なんとか間に合ったね」
「……ギリギリだけどね」
校門をくぐり、僕はゆっくりと学校を眺める。
まだ春休みだったこの前とは違い、今日は生徒たちがたくさん登校している。いや、当然のことなんだけど、ここにいる生徒たちは制服だけでは性別が分からないということを考えたらなんか不思議な感じだ。
いかつい身体でセーラー服を着ている人もいれば、可愛い顔つきで学ランを着ている人もいる。今まで通っていた学校では考えられないような、異質な空間だった。が、偏見を持つという気にはならない。まぁ、僕自身もセーラー服を着ているからそこはおあいこなのだけど。
「ねぇ、あれ……」
「水波さんよ」
「亜玖亜様……、今日もカッコいい……」
周囲の生徒たちが通りかかる亜玖亜くんを見て、口々にそう呟いていく。勿論、亜玖亜くんはそんな視線を歯牙にもかける様子はなく、淡々と道を歩いていく。逆に僕は、自分まで見つめられているような気がして気恥ずかしくなっていった。
「亜玖亜様と一緒にいる子は?」
「ほら、噂になっている……」
「聞いた聞いた! 冬の姫がとうとう決まったって! もしかしてあの子が……?」
「なかなか可愛いじゃん……」
前言撤回。
僕も一緒に見つめられていた。
まずます僕は委縮しながら、鞄で顔を隠すようにとぼとぼと歩いていった。
「……あ、僕はここで」
昇降口に辿り着いた途端、亜玖亜くんはそう言った。
「あ、うん……。また、後で」
今日はまだ来客用の出入口から来てと浅見先生に言われていたので、亜玖亜くんとはここで一旦お別れになる。
やっと皆からの視線から解放されるという安堵感と、独りになってしまうという不安感が両立してしまうのは複雑だけど致し方ない。とにかく今は職員室に行こう。
「あ、雪くん……」
「うん?」
行こうとした矢先、僕は亜玖亜くんに呼び止められた。
「……一緒のクラスになれるといいね」
少し気恥ずかしそうに亜玖亜くんは言ってきた。
「うんッ!」
そんな亜玖亜くんに、僕は笑顔で返した。
――本当に、一緒のクラスになれるといいな。
職員室で璃々先生と話した後、僕は彼女についていった。
「それにしても良かったですよ。浅見先生が僕の担任で――」
話をしたら、璃々先生は急な転校だった僕の担任になれるように交渉してくれたらしい。なかなか緊張続きだった僕にとっては顔見知りの彼女が担任になってくれたことは非常にありがたかった。
「ふふ、まだ緊張している?」
「ええ、それはもう――」
廊下にはまばらに生徒たちや先生とすれ違うが、正直まだ恥ずかしい。こんなセーラー服で通った僕の姿は周囲の目にはどう映るのだろうか。ショッピングセンターや校門とはまた違った緊張感が僕に襲い掛かっている。
「ここよ」
そう言って、僕は教室の前に立ち止まった。
二年B組――。ここが、僕の新しいクラスか。僕は一度呼吸を整えた。
浅見先生が先に教室に入ると、廊下に漏れるほどの大歓声が響き渡った。
「えー、今日からこのクラスの担任になります、浅見璃々です。皆さんの中には去年英語を教えていた人もいたわよね? 今年は担任としてあなたたちと一年を過ごしていきたいと思います。よろしくお願いします」
「よっしゃあぁぁぁぁぁぁッ!」
「リリちゃんが担任とかラッキーじゃんッ!」
――凄い人気だな。
璃々先生の人柄は昔からよく知っていたけど、ここまで慕われているのは予想以上だった。昔馴染みの僕としても嬉しい気持ちになる。
「さて、これから皆さんと共に過ごす、新しいお友達を紹介しますね」
おっと、いけない――。
いよいよ僕はこの学園で生活するのだと一層気合いを入れなおした。
「さて、入ってきてください」
手が震えながら、僕は静かに教室のドアを開いた。
「えっと……」
「はい、今日から一緒のクラスになります、転入性の氷渡雪くんです」
僕がまごついている間に、璃々先生が名前を紹介した。
どうしよう……。
緊張のあまりか、声が出なくなっていた。
「氷渡……?」
「あの、くんってことはもしかして?」
「ええ、男の子です。そして、氷渡くんは転入生ではありますが、冬の姫をやってくれることになりましたので、そちらでもよろしくお願いしますね」
僕が黙り込んでいる間に、璃々先生がどんどん説明をしていく。
僕はもう一度深呼吸をして、クラス全体を見直した。
「あの、初めまして。氷渡雪です。急な転校でまだこの学校のことは分からないことばかりですが、よろしくお願いします。えっと、先ほど先生が言っていたとおり、冬の姫をやることにもなりました。至らない点もたくさんありますけど、よろしくお願いします」
たどたどしく僕は挨拶をした。
――どうだろう?
変な印象を持たれていないだろうか、非常に気になる。この学園の風習があるとはいえ、女装で皆の前に姿を現しているのだ。一同に僕の注目が集まるのは本当にしんどい。
――あぁ、どうなんだろう?
「……か」
――か?
「かあぁあぁぁぁぁぁlわいいいいいいいいぃぃぃぃいいいいいいッ!」
――ほえ?
僕は目を丸くした。
先ほど璃々先生が現れた時以上に、教室中の歓声が響き渡った。下手したら他のクラスの先生から怒られるのではないかという気もしたがそれどころじゃない。
「え、すっぴんでこのかわいさ⁉ メイクとかしてないの⁉」
「マジで一緒のクラス⁉」
「下着とかどうしてんの⁉」
「コラッ! それセクハラだよッ!」
あれやこれやという間にクラスの皆が僕に質問の嵐を浴びせてくる。どうしようか、と僕はどぎまぎしてしまい、背後の黒板に身体がぶつかるぐらい退いてしまう。
「はいはい、皆さん。質問は後にしましょうね! あまり五月蠅いと学年主任の郷本先生が怒鳴りつけてくるわよ」
璃々先生が手を叩きながら窘めると、次第にクラスの声が落ち着いていった。
――ふぅ、助かった。
僕は冷や汗を拭いながら、もう一度前にやってきて、静かに頭を下げた。
こうしてみると――、
クラスの生徒を見渡しても、本当に男女の別が分からない。明らかに男子に見える人がセーラー服を来ていたり、女子っぽい人が学ランを着ていたり。もしかしたら女子に見える人が男子だったり、逆もまた然りなのかも知れない。
――うん。
この学校で男女がどうだとかいうことを考えるのは野暮だ。
昔からの風習なのかも知れないけど、この多様性社会においては時代を先取りした学校なのかも知れないなと僕は改めて考え、もう一度クラスをぐるっと見渡した。
「でもホントすげぇよな!」
「まさか冬の姫と若が揃ってうちのクラスになるなんてね!」
――え?
「だよね、水波さん」
――もしかして?
クラスの隅、後方の窓際にある席を見た。
そこにいたのは――。
「……うん、そうだね」
やっぱり――。
先ほどの騒ぎでは気が付かなかったけど、そこに彼、いや、彼女はいた。
『……一緒のクラスになれるといいね』
そう言ってくれた、水波亜玖亜くんが。
「……やぁ」
「あ、亜玖亜、くん……」
「……同じクラス、だね。よろしく」
――なれた。
亜玖亜くんと、同じクラスに。
僕は心の中で、歓喜の花が一気に咲き誇った。
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