第3話 僕が姫になった瞬間

 僕たちは場所を中庭から保健室へと移した。

 あれから日向が璃々先生を呼んできてくれて、事情を説明した後に保健室を開けてくれるという運びになった。璃々先生は怒ることもなく、あらあら、といった様子で淡々と保健室の備え付けのジャージを取り出していった。

「じ、ジロジロ見るんじゃねぇぞ……」

 事の発端となった焔くん、いや焔さんはカーテンの向こう側から照れくさそうに怒鳴りつける。反省しているのか、と聞きたいところではあったが、やめておくことにした。

「それにしても……」

 僕はジャージに着替えながら目の前の生徒、日向陽夏の顔を見る。

「ん? どした?」

 間抜け面で空返事をする日向陽夏。

 ――思ったとおりだ。

「お前、やっぱりあの日向……日向陽夏、だよな?」

「そうそう。やっと思い出したか、雪」

 このニッとした、笑顔。

 間違いない。僕はコイツを知っている。

「……何年ぶりだっけ?」

「そうだなぁ、俺が八歳の頃に転校したから、かれこれ五年ぶり、か?」

 あぁ、もうそんなに経つんだな。

 昔、僕の近所に住んでいたアイツ。

 同年代の子どもたちの中でもリーダー格、いわゆるガキ大将で僕も色々いじられていた記憶がある。

 けど――、

「いや、信じられないな。だって、アイツ……」

 そうだ。

 アイツは、男だったはずだ――。

 男っぽい幼馴染の女子が、数年後に女の子らしく成長するなんて話はアニメやゲームではよく目にするが、これに関しては確実に言えることだ。何故なら、一緒に風呂に入ったこともあったからだ。その時は間違いなくアイツの股間にアレがついていた。

「信じられないってか?」

「……まだ、にわかには」

「しょうがないなぁ、えいッ!」

 そういうと、日向は僕の手を取って自分の股間に押し付けた。

 ……。

 ……。

 ……はい。

 結論から申し上げますと、付いています。

 一般的な男子の象徴ともいえる、アレが。

「どうだ、分かったか?」

 ――うん、分かった。

 これは間違いなく、あの日向陽夏だ。

 男であることもそうだが、こんなやり方をする傍若無人な人間は他にいない。昔からこういうところ変わってないよなぁ、コイツも……


「じゃなくてッ!」

「おん?」

「なんでッ! お前がッ! 女子の制服をッ! 着てるんだよッッッ!!」

 現状一番の疑問がこれだ。

 男の日向が女子の制服を着ている現状。そして、亜玖亜くんと焔くんが実は女子だった現状。

 三人ともどういうわけか、逆の性別の制服を着ている。(余談だが、三人とも非常に似合っている)

 他の二人は知らないが、僕の記憶に間違いがなければ日向陽夏は女物を着るような趣味はなかったはずだ。どちらかというと男の中の男を目指すような、そんなタイプだった。

「いやな、逆にお前はこの学校に転校するというのに知らなかったのか?」

「知らなかったって、何が?」

 僕が尋ねると、はぁ、と日向はため息を吐いた。


「あのな、この学校は、こうやって男女の性別を入れ替える風習があるんだよ」


 ――どういうこと?

 僕は言葉を失った。この学校は、ということはこの三人だけじゃなくて他の生徒たちも同じような感じなのか?

「なんか信じられないって顔してるな。ほら、外見てみろよ」

 僕は言われるがままに外を見た。

 運動場のサッカー場で、キーパー練習をしているであろう生徒が三人いる。短髪だし、あれは男子だろう。

「あそこでサッカーしてる奴ら、全員女子だぜ」

 ……え?

 僕は視線をずらし、テニスコートに目をやる。女子のテニスウェアを着ながらテニスをしている生徒が四人。全員ポニーテールかショートボブにしているし、あれは間違いなく女子――

「あのテニスしている面々も全員男だ」

 ……、待て待て。

 本当にそうなのか? あれはどう見ても女子にしか見えないぞ。

 第一、この三人にしたって、どう見ても性別が逆にしか見えない。今話している陽夏なんか、昔の面影は残っているもののパッと見がちょっとスポーティな女子だとしか思えない。

「……信じられない」

「最初に反応を見た時からそんな感じがしていたけど、まさかそれを調べずにこの学校に来るヤツがいるなんてな……」

「仕方がないわ。急な転校だったもの」

 璃々先生がカーテンを捲って入ってきた。

「先生……」

「この学校、というよりこの四鈴村はね、昔から男の子と女の子を入れ替えて育てる風習があるの。なんでも、昔この地にやってきた疫病神が身体の弱い女の子を狙って病を流行らせようとしたことがあって、それを欺くために女の子に男の子の恰好をさせて、更に男の子に女の子の恰好をさせて囮にした、という伝説があってね。それから子どもたちに異性の恰好をさせて育てるようになったらしいわね」

「ま、うちの学校もそれにあやかって、こんな風習があるわけだ。この村出身の連中だって少なくないしな」

 なるほど。

 不思議な学校だとは思ったけど、ひとまずこれで疑問のひとつは理解できた。

 ――って、待てよ。

 ということは、僕も女子の制服を着てこの学校に通わなくてはならないと?

「……先生、着替え終わりました」 

 ジャージに着替えた亜玖亜くん、いや、亜玖亜さんが入ってきた。隣にはブスっと不機嫌そうに横を向いた火糸さんも一緒だ。

 ジャージは男女兼用の紺色のものだが、こうして見ても二人が女子だとは思えない。

「はい。濡れた制服はそこで乾かしてあるからね」

 窓辺にハンガーで吊るされている二人の学ランに目がいく。あれが着たかったという気持ちは正直強かった。

 けど……

 まぁいいや。今は考えないでおこう。

「……さっきは、すまんかった」

 相変わらず視線を逸らしたまま、火糸さんが謝った。

「本当に悪かったな。なんかコイツ、俺らが会話しているのを見てなんかイライラしていたみたいで」

「うるせぇッ! お前が、なんか知らないヤツとイチャついていたからだろッ!」

 火糸さんは顔を赤くしながら陽夏に怒鳴りつけている。

 これに関しては陽夏は悪くないと思う。大体、僕らは男同士なわけだし……

「いや、だからコイツは昔馴染みだからな。しかも男だし……」

「……女に見えたんだからしょうがないだろ」

 ――ちょっとマテ。

 今、なんか聞き逃せない言葉が聞こえたぞ。あのおばあちゃんもそうだけど、どうしてみんな僕を女の子と間違えるんだ……。

「ウチの若が、度々申し訳ないな、雪」

「大体、お前がオレの姫だというのに、他のヤツと軽率に話しているから悪いんだろッ!」

 あーあ。なんかちょっと険悪な雰囲気になっちゃったよ。

 いや、これが案外この二人の日常なのかもしれない。火糸さんが顔を赤らめながら怒っているところを見ると、なんとなく二人の関係性が理解できる。

 多分、火糸さんは、陽夏のことが――

「……あ、あの」

 亜玖亜さんが間に入っていいものかといった様子でそっと声を出す。ちょっと忘れていた感じがあって申し訳ない気分になる。

「あ、ごめん、亜玖亜さん」

「……『さん』じゃなくて『くん』でいいよ」 

「あ、うん……じゃあ、亜玖亜くん」

 良かった。僕としてもこちらの呼び方のほうがしっくりくる。

 ――そういえば。

「そうだ、亜玖亜くん。さっき言ってた『姫』ってどういうこと?」

 僕はもうひとつ疑問に思っていたことを尋ねた。


『ボクの姫に、なってください――』


 池の前で会ったとき、彼はそういった。

 姫――。

 どういう意味なのだろうか。

 陽夏と火糸さんの会話でも『姫』と『若』という単語が出てきた。しかも「俺の」という修飾語がついている。

 まさかとは思うけど、告白、とかじゃないよね――。

「あぁ、そっか。お前には姫と若についても説明しなきゃならないか」

「そうだよ。だから僕を亜玖亜くんに紹介しようとしたんだろ」

 どうせコイツのことだ。最初からそのつもりだったに違いない。

「そうね、じゃあそれについて説明するわ。この学校にはもうひとつね、『姫』と『若』という風習があるの。代々中等部の二年生のうち、男子を『姫』、女子を『若』として四人ずつ選ばれて、学校や地域の行事で代表的な役目を担ったり、学園の代表として色んな場所に訪問したりすることもあるのよ」

「それって生徒会みたいなものですか?」

「ん~、うちの学校にも一応生徒会はあるのよ。でも、生徒会は執務的な役割をしてもらうのに大して、どちらかというと象徴、みたいな役目といったほうがいいかしらね」

 ――象徴。

 具体的なことは分からないけど、なかなかの重い仕事のようだ。

「姫と若はそれぞれ春、夏、秋、冬の称号を与えられて、それぞれの季節に合った役目を与えられるってわけ。ちなみに俺は夏の姫で、火糸は夏の若なんだよね」

「……ふんッ」

 不貞腐れている火糸さんの様子を見ると、どうも若という感じからは程遠い。不良風な見た目からして『若頭』の間違いではないだろうか。それを言ったら陽夏も姫というイメージではないのだが。

「それで、水波さんは――」

「……冬の、若」

 なるほどね。

 ――って、ちょっと待てよ。

「……それじゃあ、姫になってください、っていうのは?」

「……ボクと一緒に、冬の姫になってほしい」

 ――はい、きました。

 流石にね、無理だと思います。僕はこの四月からこの学校に通うことになったばかりの生徒です。学校のこととかも、ぶっちゃけ今知ったばかりです。

 それが、象徴、みたいな役目とか――。

「冬の姫だけまだ決まってなかったからな~。んで、お前が転校してくるって聞いていたから、ちょうどいいやと思ったわけだ」

「……何がちょうどいいんだよ。ムチャ言うな」

 僕はため息を吐いた。

「頼む、雪! なかなか荷が重いって、他の生徒もやりたがらないんだよ。まっ、この際決まるなら、誰でもいいしな」

「本音ぶっちゃけるなッ! 余計やる気なくすわッ!」

「……どうしても、ダメ?」

 亜玖亜くんが寂しそうに僕の目を見てくる。

 そりゃあ、僕だってできることなら力にはなりたい。一応、委員長や学校の行事の委員会といった仕事を経験したことはある。けど、どれも中途半端な仕事しか出来た試しはないし、ましてや転校してきたばかりの学校で、そんな重い役目をこなせる自信はない。

「……ごめん」

 そう謝ると、亜玖亜くんの目に少し潤みができる。

 ――あぁ、やっちゃったよ。

 こういうところは女の子なのだろうか。彼、いや彼女は寂しい気持ちがあったのかも知れない。僕の心に罪悪感が募る。

 だけどここで安易に引き受けて、中途半端なことになるぐらいなら断らなければならない。僕は心にそう誓った。

「……そうね、無理強いをしても悪いものね」

「ん~、確かにそうだけどな」

 陽夏はそういって、ニヤリと笑った。

 一体どういうつもりなのかは分からないが、これは悪巧みしている顔だ。昔からコイツがこういう顔をするときはそうだと決まっている。

「雪」

「なんだよ……」

 もう一度ニヤリと笑って、陽夏は僕の耳元に口を近づけて、


「……も、……だったんだけど」


 ――えっ?

「……それ、本当?」

「まぁ、そういうわけだ。やめるなら今のうちだぜ?」

 やっぱりコイツは策士だ。僕のことをよく理解している。

 ふぅ、と深呼吸をして、僕はまっすぐに亜玖亜くんの目を見つめた。


「――やるよ」


「……えっ?」

「やるよ、冬の姫。陽夏も火糸さんも、文句はないよね?」

 僕は意を決して言った。

「そうかそうか、俺は当然賛成だぜ」

「オレは別にどっちでも」

 火糸さんは煮え切らない様子だったが、とりあえずは賛成ということでいいだろう。

「本当に、いいの?」

「男に二言はないよ」

 なんてね。ちょっと僕は恰好付けて言ってみた。

「決まりね。それにしてもさっきまで渋っていたのに、一体どういう心境の変化かしら?」

「それは……」

 ――あんなこと、言われたらね。


『お前の姉さんも、冬の若だったんだけど』


 耳元で、陽夏はそういった。

 姉さん――僕がこの学校に通うきっかけになった女性。あの人と同じ道を辿ることこそ、僕がこの学校でなすべきことなのかも知れない。そう考えると、この頼みを断るわけにはいかなかった。

「あ、そうだ。それじゃあ氷渡くんに制服を渡さなきゃね」


 ――これを、僕が着るのか。

 陽夏が着ているのと同じ、水色のセーラー服。勿論、下はスカート。

 手渡されてようやく、この服を着ることに対する背徳感が心の底から湧き始める。

「サイズが合うかどうか、試しに着てみてもらってもいいかしら?」

「えっ……?」

 今、ここで?

 ええい、どうせこの学校に通うなら着なければならない服だ。ここは覚悟を決めるしかない。

「わ、分かりました。とりあえず着替えるので、皆出て行ってもらってもいいですか?」

「はーい。じゃあ着替えたら呼んでね」

 皆がカーテンの外に出るのを確認して、僕は服を広げる。

 心なしか、男物の服とはまた違った匂いがするような気持ちだ。服自体は可愛いし、僕的には好みのデザインだ。けど、これを自分で着るとなるとまた話は変わってくる。

 上着を脱ぎ、ゆっくり深呼吸をして僕はセーラー服に袖を通す。なんだろう、男の子の服とは違って、どこか柔らかい感じがする。けど、これはまだ最初の段階だ。僕はセーラー服のファスナーを下ろしてもう一度深呼吸をした。

「これだよ、これ……」

 手に持ったのは、ヒラヒラの水色のスカート。これを履くのは流石に抵抗感が強い。

 ――でも。

 この学校に通うのであれば、そして姫としての役割を全うするのであれば、ここでためらうわけにはいかない。恥ずかしい気持ちは勿論あるけど……。

 ――僕はやるよ、姉さん。

 昔、この学校で冬の若としての大任を果たした、僕の姉。僕があの人の跡を継ぐのであれば、これは超えなければならない試練だ。

 なんてことない、こんなのを履くぐらい……

 意を決してズボンを脱ぎ、水色のスカートを履いた。

「うわぁ、なんだろう、ヒラヒラして落ち着かない……」

 少し揺れるとそれに合わせてヒラつくのが、ちょっと落ち着かない。これは上半身以上に違和感が凄い。隙間から少し風が入るような感覚も、なんか不思議な気分だ。

「はぁ、あとは……」

 紺色の、リボン……。

 これ、どうすればいいのだろう? 

 流石にこればかりは着け方を誰かに聞かなければならない、か。

「あ、あの、先生……」

 恐る恐る、僕はカーテンを捲って姿を現した。

「あら、着替えたのね」

 璃々先生がそう言うと、それに反応するかのように他の三人の視線がこちらに集まる。

「おぉ、いいじゃん」

「に、似合ってやがるな……」

「……可愛い」

 褒められているのだろうけど、かなり複雑な気分だ。

「あ、それが……これの着け方が分からなくて」

「あら、リボンね。それはね……」

「ボクが、着けてあげる……」

 そう言って亜玖亜くんは僕の手からリボンを受け取り、そっと僕の首元に手を回した。

 彼女の白魚のような指先が、僕の襟元にリボンを通していく。なんだろう、心拍数がどんどん上がっていくような――。

 王子様にエスコートされているお姫様って、こんな気分なのかな?

「……できたよ」

 感慨に耽る暇もなく、リボンはきちんと僕の胸元に着けられた。

「あ、ありがとう……」

 こくり、と亜玖亜くんは頷いた。あまり表情は浮かべなかったけど、どこか嬉しそうに感じ取れた。

「それじゃあ、この際だからついでに儀式も行っちゃいましょうか」

「儀式?」

「姫と若の契約を結ぶ誓いの儀式だよ。同じ季節の二人は、共に大任を請け負うパートナーみたいなものだからな」

「ぱ、ぱぁとなあ……」

 ということは、僕は亜玖亜くんと?

 目の前のイケメン少年、いや少女を見る。やっぱりイケメンだ。

 その言い方だと、なんというか、結婚、みたいだ。

「……大丈夫。やり方は簡単だから」

 亜玖亜くんは自分の懐から何か取り出す。

 これは、指輪?

「僕がこれを、君の左手の薬指に着けるだけ……」

 ……えっと。

 本当にこれ、結婚みたいですね。僕、なんかプロポーズを通り越して挙式に行っちゃったような、そんな気分なんですけど。

 こんな儀式を考えた人、一体何を考えているんですか?

 ――と、こんなところで文句を言ってもしょうがない。

「……分かったよ」

 僕はそっと左手を亜玖亜くんの前に差し出す。

 彼女は手を取り、そっと薬指にリングを通していく。その間、高鳴った胸の鼓動が更に強くなっていくように感じ取れた。

 ――あぁ、花嫁さんってこんな気分なんだな。

「はい、終わり」

 なんというか、あっさりと終わってしまった。

 左手の薬指には、銀色の指輪が着けられた。ところどころに青い宝石が散りばめられている。

「これで儀式は完了よ。今、ここで二人は正式に冬の姫と若として認められました」

「あぁ、やっと決まったな。とりあえずはおめでとさん!」

「先生、オレもう帰っていい?」

 他の面々が思い思いに言葉を発している間、僕は指輪をじっと眺めていた。

 ――そっか、これで。

 僕は正式に、姫として仕事をすることになった。

 女の子の服は慣れないけど、これから頑張っていこう。

「よろしくね、亜玖亜くん」

「うん、よろしく……」

 亜玖亜くんは僕に向けて、始めて口元に笑みを浮かべて返事をした。

 僕はこのパートナーと、共にやっていくんだ。

 そうだ。女子の制服がなんだ。

 郷に入ればなんとやら、というやつだ。この学校に入る以上は、それぐらいのことで迷っているわけにはいかない。どうせ女の子として扱われるなら、思いっきり――


「ちぃっす、先生」


 大柄な学ラン姿の生徒が二人、保健室に入ってきた。かなりの強面で、ガタイもいい。

「あら、柔道部は終わったの?」

「うぃっす。鍵は職員室に戻しておいたんで、オレらは帰りますっス」

「はい。気を付けてね」

 二人が帰るのを見届けて、僕は呆気に取られた。

「今の人たちも女の人なのか。すごいな、どうみても男にしか……」

「あの人たち、男性……」


 ……えっ?


 いや、確かに男の人にしか見えなかったけど、学ラン着ていたし、この学校の場合は男女が逆の性別で生活しているわけだから――


「もしかしてお前、何か勘違いしてないか? 男女を入れ替えるのはあくまで“風習”であって、“校則”じゃないからな。ぶっちゃけみんな好きなほうを着ればいいわけだし、特に男子も女子も縛られずに好きなほうを着ればいいんだぜ」

「じゃ、じゃあ……」

「あ、ただし『姫』と『若』は別な。その役目になった以上は、それに合った制服で過ごさなきゃならないわけだから」


 と、言うことは?


 もしかして姫の役目を断っていれば、あの学ランを着れたってこと?


 で、僕はもう、正式に――


「儀式までやったよな、お前」

 はい、やりました。指輪、着けてもらいました。

「……もしかして、嫌、だった?」

 再び亜玖亜くんが涙を滲ませながら聞いてくる。

 あぁ、もう、この潤んだ瞳は本当に卑怯だ。

「嫌、じゃない、よ……」

「そっか……良かった」

 ――いいよ、もう。どうにでもなれ。


 こうして、僕の姫としての学校生活は、白目と冷や汗から始まったのだった。

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