第8話 トイレの主の悪戯

 というわけで、やってきました一年生の階にあるトイレ。視線がちょっと痛いけど放課後で部活も始まってるからだいぶマシだね。どちらかといえば隣からの視線が一番痛いかな? ホント痛いよ、視線それ。DPSかなり高いね、もしかしてダメージディーラー?


「三木さん、そんな物理的に生物を屠れそうな眼力で人のこと睨むのやめない? レディーとしての常識を疑われちゃうYO」

「レディーをトイレに連れ込むのは人間としての常識を疑われると思うのですけど、もしかして人じゃないんですか?」

「人聞きが悪すぎる!? ここはトイレの『前』だよ!? まるで俺が君を中に連れ込んだみたいな表現止めよう? あと俺は人間です! たぶんな!」

「なんでちょっと人間であることを濁すんですか……」

「もしかしたら魔族の血とか流れてるかもしれないじゃん」


 男の子はいつだって非日常に夢と希望を託して覚醒の時を待ち望んでいるのだ。いや俺、霊能探偵なんだけどね? そんなに非日常感ないし……。


「ふっ」

「鼻で笑ったね!? 親父にもされたことないのに!」

「どうでもいいので、ここに来た意図を教えてもらっていいですか?」


 反応が冷たい。


「城野さん、普段行き来する場所は大体探したんでしょ? 女の子の裏表なんて俺には見抜けないけど、軽く話した印象的に城野さんがそういうのせずに依頼するようには思わなかったし。だから、たぶん校内の彼女の動線にはないよ。で、そうなると人間がカバン持ってイレギュラーで行く場所なんて大体ココでしょ」

「なるほど、論理的です。……結構本格的ですね」

「学生の趣味だけど一応お金もらってやってるからね。これでもちゃんと活動してるんだよ、見直した?」

「それはまだです。で、ここまできてどうするんですか?」

「はは、厳しいね。えーっと、だいたいの人は道ならともかくトイレに物が落ちてても無視するものだし廊下にくらべるとかなり死角が多いからそういうところを調べていくよ」

「ですから。それをどうやって調べるのですか、と聞いているんですが。七海ちゃんが行くのは当然女子トイレですけれど。もしや、侵入する気でしょうか?」


 ……あ、やっべ。実は、普段の捜査でも俺はここで聞き込みを行っている。情報提供者は花代さんという女性。当然、霊だ。花代さんはこの学校の女子トイレの主で、すべての女子トイレの中で起きたことをだいたい把握している。仕組みは俺にもよくわからないがおそらく、怪談の影響を受けているんだと考察している。元々あった怪談の認識が精神的な存在である霊の花代さんを少し変質させているのではないだろうか。


 いや花代さんのことは一旦いいんだけれど。問題は三木さんの前で花代さんに聞き込みできないことだよな。普通にいつもの感覚でやってきてしまった。ここはとりあえず誤魔化しておこう。



「……いやそんなことはしないって! ちょっと三木さんにお願いしようかなって。普段は難しいけど今日なら出来るからさ! ちょっと頼むよ!」

「なぜ最初、少し考えたのかは追及しないことにしますけど。……わたしがですか」

「嫌なら大丈夫だよ。ここにあればラッキーぐらいだし城野さんも調べてるかもしれないし」


 三木さんをトイレに送り込んでいるうちに花代さんとコンタクトを取ろうとしたんだけれど、どうも三木さんはトイレに入るのが嫌みたいに見える。なにか嫌な思い出でもあるのかもしれないし、無理強いは出来ないからここは諦めようか。と思ったんだけれど。


『どしたの~? なにか用事~?』


 俺が外にいることに気付いた花代さんがこちらに寄ってきた。三木さん越しにゆらゆら揺れながら俺をからかってくる花代さんはお茶目で可愛いんだけど、今は三木さんに気付かれたくないんだよ。そう、必死な俺のアイコンタクトも三木さんに気付かれないようにと控えめになって花代さんには届かない。


「いえ、それぐらいなら大丈夫です。……先輩聞いていますか?」

「ああ、うん! 聞いてるよ?」

「? そうですか。では行ってきます」


 花代さんと密かなやりとりをしているうちに三木さんのなかで決着がついたらしい。トイレの入り口に背を向けていた三木さんが振り返りトイレに向かう。


 ―ドンッ。


「きゃっ!」

『おっと?』


 そうして三木さんと花代さんがぶつかった。……ぶつかった? いや原因はわかる。花代さんが俺を驚かそうとして、三木さんの身体をすり抜けて三木さんの背中から顔を出そうとしたのと、三木さんがトイレに向かおうと振り返ったのが重なってぶつかった。いや、でもそれはおかしい・・・・・・・

 だって花代さんは三木さんを通り抜けようとした。そう、普段は出来るんだ。霊は、人も壁もすり抜けられる。あんまり狭間に居続けるのはよくないみたいだけど、ちょっと抜けるくらいなんでもない。だって俺でも彼女たちはすり抜けられるんだから。


 俺の霊能力は霊が見えて、霊の声が聞こえて、霊に声が届くの三つが基本だ。これは俺の今までの経験や出会った霊に聞いた話を纏めた推測だけど、この俺の霊を感じる能力、所謂は霊感はかなり珍しくかなり強力だと思われる。霊感のある、と思わしき人も大体がこの三つのうちの一つしか持っておらず、それもノイズのような音やかすれた姿しかとらえることの出来ない人ばかりだった。


 例えば、中学の時のクラスメイトで違う高校に進学した時任《トキトウ》さんが林間学校で「耳元で悪霊が怨嗟の言葉を囁いている!」と言ったときは流石に笑ってしまった。だってその霊は時任さんの傍で『ふるさと』を歌っていただけなのだから。おそらく時任さんは霊感覚的聴力を持っていたけれどそれはノイズが混ざる精度の低い聴力だったんだろう。いや、耳元で『ふるさと』はそこそこ悪霊な気もするけど。

 その俺でも、霊には触れられない。特殊な手段をつかえば触れられないことはないが、それは物を見るために双眼鏡を用意するようなもので普段使いするようなことじゃない。

 それが目の前で起きている。それはつまり。


「三木さんもしかして、彼女に触ったりできる? というか見える?」



 三木さんが、同類の可能性がある。もしかしたら俺より高位の。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る