第6話 聞き取り調査にキレる後輩

 名札。名は体を表すが如く、名前が書いてある札である。様々な形式はあるものの、目的は個人を識別することであり、初対面の人間の多い空間や大勢の人間を区別しなくてはならない場合に服の目立つ場所につけることが多い。


 地方における差があるかもしれないのだが、俺の中では園児が胸にチューリップ型の名札をつけているイメージが強い。というか、俺も高校生になるまでは学校指定の物を着けていた。俺が小学生の頃の名札はプラスチック製の板で、色によって学年がわかるようになっており、深い青色だった俺の学年は、小豆色と表現したくなるような赤色の名札だった一つ上の学年に羨ましがられたりしたものである。

 小学生の頃は登下校の間もつけていたが、中学生になった頃には防犯やらなんやらの関係で校内でしか付けないようになり、今ではそもそも用意されていないので付けることがない。


 ……というわけでうちの学校の生徒が名札を失くすことは出来ないのだが。現在、うちの学校のカップルたちの間で流行っていることがあるらしい。それはお互いが中学で使っていた名札を交換するということ。学校で使われる名札というのは大体がプラスチックの名前が書いてある部分に安全ピンをつけたものになっている。それをカップルの男女が交換し、お互いにカバンなどにつけることで自分たちの関係性を周りにアピールするらしい。


 俺は彼女がいたことがないのでイマイチなにがいいのかわからないけど。なんか名前付きの首輪みたいだなって思うし、もしかしたらそういう特殊なプレイなのかもしれない。だいたい防犯で名札付けないようになってるのにわざわざつけるんだからご苦労なことだ。


 まあ俺の感想はさておき。


「つまりは、彼氏さんと交換した名札を失くしちゃったんだ?」

「そうです。カバンにつけていたはずなんですが、いつのまにかなくなっていて。どこかに落としたんだと思ってカバンを持って動く範囲は調べたんですがみつからなくて」


 学生がカバンを持って移動するルートなんてほとんど決まっている。昇降口から教室にかけてと教室から部の活動場所、校内ならこの二つの線だけだろう。そこで見つからないならまあ基本は外だろうな。


 ここからは必要な情報だな。俺は愛用の手帳を取り出してメモを取りながら質問を重ねる。


「なるほどね、じゃあその彼氏とは長いのかな?」

「え? えっと3ヵ月になります」

「へえ、じゃあ入学前から付き合ってたんだ」

「は、はい。ここに受かったのがわかったときに……」

「ふーん、どっちから告白したのかを聞いても


 ――ダンッ!!!


「そんなこと聞く必要ないですよね!!?」

「うお、びっくりした!!」


 今まで黙って俺たちのやりとりを聞いていたもう一人の後輩が気づいたら近くにいて、俺と城野さんの間の机を叩いて叫んだ。ちょっと前まで隅で真顔をしていた女の子と同じとは思えない凄まじい迫力だった。


「いやこれは調査に必要でだな」

「ただのセクハラがなにに必要だっていうんですか!」

「いや本当なんだって!」

「嘘です! 小清水先輩の紹介だし、武島先輩もいるから問題ないかと思ったら、全然怪しいじゃないですか!」


 ……確かに? 武島は俺のやり方に文句いわないし、小清水さんは武島がなにもいわなきゃとりあえずスルーだから最近気にしていなかったけど端から聞いていたら怪しいかもしれないな。というか俺への信頼って二人の評判で担保されてたんだな。まあ、そりゃあそうか。


「……一応こういうスタイルで捜査させてもらってるんだけど」

「だーかーらー! そんなの失せ物探しに関係ないじゃないですか!」

「あるよ、あるある。これがないと捜査できないレベル」

「ありえません!」


 いや一応本当なんだけどな。今回は恋愛絡みだし、成功率にかかわるから聞いておきたいんだが……。正直、セクハラ容疑をかけられるのはマジで恐ろしい。どれくらい恐ろしいかってさっきまで部屋の隅に座ってて、今は屋上の方に多分絵を描きにいった全身赤ペンキにジャージの来海さんより恐ろしいので質問を切り詰めよう。


「とはいえ、仕方ない。ではあといくつかの質問で終わるとしよう。あ、その前に君は誰だっけ? 俺名前聞いた?」

三木ミキ 奏衣カナエです。 七海ちゃんの付き添いです。今、初めて名乗りました」


「忘れたわけじゃなくてよかった、よろしくね三木後輩。では、またせて悪いが城野さん。昼休みももうすぐ終わるので、手短に行こうか」

「はい、お願いします」

「三木後輩が怖いのでまとめて聞きたいことを。その彼氏くんの名前と、あれば写真も貰えるだろうか。スマホで撮った写真とかで構わないんだけど」

「なんで写真が必要なんですか! 七海ちゃんの連絡先目当てですか!?」


 ……確かに使えるな。いや不純な気持ちはないですよ。大体、城野さん彼氏いるんでしょ? 俺、そういう趣味は(あんまり)ないよ。


「いや使うんだって……。なんなら小清水さん経由で武島も通して送ってもらっても構わないから」

「七海ちゃんそうするんだよ。いいね!」

「う、うん」


 三木後輩の俺への信頼のなさが異常。ラッキースケベで主人公に下着みられたツンデレヒロインかよ。俺はパンツ見せてもらってないんですけど!?!?!?


「わかった、じゃあ後で頂戴ね。……それで彼氏の名前は? 今回探す名札には彼の名前が書いてあるんだよね? 流石にそれは知りたいな?」

「はい、稲生イノウ 柳也リュウヤくんです」


 漢字をスマホのメモで打ってもらって自分のメモに書き留める。自分もスマホにメモすればいいって? バッカ、探偵は手帳だって決まってるんだよ!


「ふんふん、稲生くんね。よし、わかった。じゃあご依頼承りました。完了すれば小清水さんに連絡入れたほうがいいかな?」

「はい、とりあえずはそれでお願いします」


 三木後輩が五月蠅そうだしな。


「はーい、お願いします。三木後輩もそれでかまわないだろうか?」

「……とりあえずはそれでいいです。あとその三木後輩っていうのやめてください」

「はい、三木さん」

「それでいいです」


 いやだったのか、三木後輩呼び。俺はちょっと好きだったんだけど。


「とりあえず、今日は初動捜査してみるよ。後で通学路聞くかもしれないから、まとめておいてくれると助かる」

「わかりました、やっておきます」

「三木さんこれは必要なやつだから睨むのやめない?」

「問題あったら即通報ですからね」

「前科がつかないように努力します」



「由布、もうすぐ予鈴なるから戻ろうぜ。ほら君らも」

「わかりました。ほら、七海ちゃんいこう」

「うん。先輩たちありがとうございました。小清水先輩はまた放課後に」

「うん、あとでねー」


 後輩たちが駆けていった(一年生は教室が2階なので3階の俺達より遠いのだ)のを見送ってから武島に声をかける。


「武島、お前ずっと黙ってたな」

「最初は依頼の話だったし、途中からは由布が女の子と仲良く話してるのが珍しいから水を差さないようにと」

「仲良くはなかったでしょ……」

「後、咲良とこっそりメッセ飛ばしあってた」

「オイ!」


 武島と小清水さんが喋んなかった理由それかよ!!!

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