第4話 明美さんへの報酬

「こっちの方なの?」

「明美さんがいる場所は変わらないからこっちで間違いないよ」

「?」

「あー、まあ行けばわかるよ。な、武島」

「そだな。行けばわかる」

「えー? はぐらかすなあ」



 怪しむ小清水さんを誤魔化しながら道を進む。口頭で言っても警戒するかもしれないし、なし崩しにやっちゃうのが一番だよね。……まるで今から犯罪起こすみたいな表現になってしまった。



「お、見えてきたな!」


 住宅街の人通りがそんなに多くない場所を指差して武島が言った。


「えー? なにもないよ? あ、ここから何処かのお家に入るの?」

「いや、ここで間違いないよ」



 住宅街の一角。うちの高校の生徒の通学路になっているので馴染みがないわけではないが、街灯がなくて生徒以外はあまり通らない、部活で女子が遅くなれば小走りで抜けてしまうような場所。そこが、明美さんの居場所だ。



「由布ー、準備手伝うからライター貸してくれ」

「おお、さんきゅ。ほれ」


 疑問符を頭上に飛ばしまくっている小清水さんを尻目に俺は制服の内ポケット(持ち物検査で見られないところだから)から雷神が彫られたオイルライターを取り出して武島に手渡した。


「カッコいいよなー、由布のライター。俺も欲しくなるわ」

「よかろう? とはいえお前が持っても使わないだろうけどな」

「わかんないじゃーん」


「……え、由布君タバコ吸うの?」

「お、帰ってきた」


 よくわからないので分かる話題に反応してきて帰ってきたみたいだな。


「いや吸わない吸わない。これに使うんだよ」


 そう言って俺はカバンから金属製の筒を取り出して小清水さんに見せた。


「いや由布、その状態だと何かわかんないから。そのボケ俺の時もやったでしょー」

「あ、そうか。いや今回は素だったわ」


 急いで筒の蓋を開けて小清水さんに見せた。


「お線香?」

「そ。他にも用途はあるけどね。基本的にはこれの為にライター持ち歩いてるの」

「なんでー?」


「それは今から小清水さんにしてもらおうとしてることが、ここで明美さんに線香をあげてもらうことだから」

「明美さんに?」

「そう。明美さんはもう亡くなってるからね」

「? でも協力があったって」


 小清水さんからどんどん疑問が飛んでくる。そりゃそうだ。見つかったの昨日なんだから。



「由布ゥーやっぱ言わなきゃ伝わらないって。つーか明美さんいるんだろ? 待たせても悪いしさあ」

「……やっぱりそうだよなあ。まー、ボカさずとも武島の彼女なら大丈夫か。えーっと小清水さん」

「――はい!」


 真剣な俺の雰囲気を感じてか真剣な表情で小清水さんが頷いた。これなら大丈夫か。


「……えーっと。俺こと由布鑑は、幽霊が見えるんです」

「はい! はい?」

「見えるどころか言葉も聞こえるし話すことも出来るんです」

「つまり由布は幽霊に聞き込みをして失せ物を探す探偵、カッコよく言えば霊能探偵ってやつなんだよ」

「あの、決めの台詞だけ奪うのやめていただける?」


 そう、由布鑑は霊能探偵だったのである! いや、あらすじに書いてあるしみんな知ってたよね。


「……ええ〜〜!!!」


 小清水さんはあらすじ読んでないから知らなかったけど。説明書は読まないタイプなのかな?


「じゃ、じゃあ! このストラップも!?」

「うん。ここで交通事故で亡くなって地縛霊をしていらっしゃる、実は今も隣にいる明美さんの情報提供で発見しました」

「ええ〜〜!」


 隣を見ると明美さんが笑顔で手を振ってくれる。ステキなお姉さんだ。こういう人が交通事故なんかで亡くなっちゃうんだから美人薄命っていうのは本当なのかもしれない。小清水さんも気をつけて欲しいね。


「……それで私にお礼のお線香をあげて欲しいってことなの?」


 少し落ち着いて来たらしい小清水さんがまとめる。


「つまりはそういうこと。しかもちゃんと意味のあることなので、できればやってほしい」

「意味があること?」

「明美さんは交通事故で亡くなった地縛霊なんだけれど、この世にあんまり未練がないタイプの地縛霊なんだ」

「あまり未練のない地縛霊?」

「流石に、なんで私だったんだろうとか、親が心配だとか小さな未練はあるらしいけどね。ただこういうタイプの地縛霊って大変でさ」

「未練は少ないほうがいいんじゃないのー?」

「浮遊霊ならそれでいいんだけどね。地縛霊っていうのはなにかのきっかけで成仏できない霊なんだ」


 浮遊霊は、死ぬときにこの世に残ることを選んだ霊。状況次第だけれど大体は、満足すれば成仏してあの世に行くことができる。対して地縛霊は勝手にこの世に残ってしまった霊だ。


「成仏するためのきっかけがないんだよね。殺人事件の被害者とかなら、犯人が捕まったりして成仏することもあるみたいなんだけれどね」

「そこで、この線香っていうわけよ」


「え、普通その台詞盗る?」

「いいじゃん由布の台詞長かったし」

「えー」


 マジかコイツホントマジもー。まあいいか武島だし。小清水さんの前でちょっと存在感出そうとしてるだけだろうし。


「ま、そういうこと。他人に冥福を祈ってもらうことで成仏できる確率があがるんだよ。あくまで確率は確率だけれどもね」

「それで咲良に明美さんに線香をあげてほしいっていうわけだな」

「なるほど……。それが明美さんのためになるんだよね?」

「おう」

「そうなるね」


「じゃあお線香ください!」


 小清水さんがその気になってくれて嬉しい。いや、やることは線香あげるだけなんだけれどね。そのまま武島がライターで火をつけて用意していた線香を小清水さんが受け取った。


「なにか作法はあるのー?」

「好きな方法でいいよ。きちんと想ってくれればそれで大丈夫」

「わかったー!」

「ついでに俺もやっときましょうかね」


 熱心に祈り始めた小清水さんの隣に武島もしゃがんで黙祷をし始めた。祈るのは、それぞれのスタイルで問題ない。俺の経験と知り合い(当然死んでいる)からの情報を合わせる限り、幽霊は人の精神体だ。人の発達した脳から生み出される精神が、肉体を離れても存在を保った姿。よく人以外の霊(昆虫とか)の目撃が少ないのは肉体を離れても維持できる精神がないからだと思う。

 そして精神体である霊は他の精神の影響をよく受ける。まあ、生きた人ですら周りの人が楽しそうなら多少楽しくなったりするのだから精神だけの霊が影響をよく受けるのは割と当然かもしれない。

…結局、何が言いたいかといえば、祈りはその霊に影響を与えるということ。心からお祈りすれば気持ちは届くのだ。

 とはいえ、俺が聞く限り霊には他にも徳だとか霊力だとかの要素があるらしい。隣で微笑む明美さんが首を振るのを見る限り、今回も成仏は難しいみたいだ。



 とはいえ、祈る二人の気持ちは無駄にはならない。明美さんのためにもなるだろう。その日は結局俺も参加して祈り続けた後、仲良く一緒に帰る二人を見送って終わりになった。

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