第八話 粟田口刑場跡→京都××××-9


「――いや、その必要はない良晴。ぎりぎりだが、どうやら間に合ったらしい」


 その小早川隆景の言葉に呼応するかのように。

 福生寺の七基の井戸から、突如として天下布部京都チームを救うべく「援軍」が続々と駆けつけてきたのである。その援軍を率いる大将格は。


「ヒャッハー! お待たせしたなあ、てめえら! 宇喜多直家先生が援軍を引き連れて加勢にきてやったぜーっ! オレは生徒たちをこよなく愛する誠実熱血教師(大嘘)! 『奸悪無限、裏切りの宇喜多』という戦国時代のイメージを逆手に取ってまんまと結界から離脱してやったオレの芝居に騙されたようだなあ~、斎藤利三!」


「う、宇喜多直家っ? 逃げだしたのではなかったのですか? では、まさか……!?」


「そうとも! 蝦蟇どもの監視を誤魔化すためによーっ、すべては小早川委員長、竹中半兵衛とオレの三人で組んでの芝居だったのよ! 委員長の舞を用いて京都の結界を一時的に破り、オレが裏切ったふりをしてまんまと桂川を渡って外部から援軍を呼び、竹中半兵衛から預かった護符を用いて結界内に全員で再侵入するためのなーっ! 護符の長い取説と計画工程はよー、お説教と称したSNSメッセージで受信したぜえ! てめえの結界の外側からなら、半兵衛の護符だって有効に働くのよ!」


 宇喜多先生がもらった「袖の下」の護符って、実は結界を外から破るための護符だったのね! わたしは最初から宇喜多先生を信じていたわ! お礼に柿をあげる! と光秀に組み付かれていた信奈が宇喜多直家への厚い信頼の言葉(大嘘)を叫んでいた。


「てめえら全員、井戸から出て来やがれ! いけっ、数で押して黒田官兵衛の額の護符をはがせ、それで半兵衛官兵衛の二人が揃う!

 一気に形勢逆転だあああっ!」

 大将面する宇喜多直家にまったく呼応せずに、援軍の面々は各自好き放題に井戸から這い上がってきて、百鬼夜行軍との乱戦を開始していた。


「お姉ちゃんが助けにきてやったぞ良晴。目を塞いで小早川に守護られているとは情けない。私は京都チームと連絡が付かなくなったので、京都になにか異変が起きていると気づき、天下布部神戸チームを率いて京都に向かっていた。その途中で結界を突破した宇喜多先生から連絡をもらい、合流した。宇喜多先生、竹中半兵衛、小早川隆景は、良晴と『気』を分けあっている私が必ず良晴の危機を察知して大人数で京都に向かうだろうと読んでいたのだ。だから、京都の結界から一人でも脱出できれば即座に私たちと合流できると読んで、私を迎えに行くために一芝居打って脱出劇を敢行したというわけだ――」


「にん、にん。五右衛門参上にござる。拙者はこれ以上喋ると噛むので、ごようちゃ」


「ひいひい。しししし柴田勝家も、姫さまをお救いにはせ参じましたっ! なにこいつら、人間じゃないっ? なななな長秀、どどどどうすれば?」


「義陽どのの弟偏愛心配性癖、いえ、機転のおかげで間に合いました満点です。なにも考えずにご自慢の腕力で攻撃あるのみです勝家どの」


「でも、噛まれたら感染するんだろうっ?」


「……腕と拳に布を巻いて思いきり殴れば、勝家なら勝てる。考えるな、殴るんだの精神」


「こらっ犬千代! お年頃の乙女をマ・ドンソク兄貴扱いするなーっ!」


「姫はもうおねむの時間なのじゃ。茶会ならともかく、なんじゃこの百鬼夜行は……むにゃむにゃ」


「あらあら。今川家のミニバンが一台、廃車になってしまったようですわね。おーほほほほ! ですが今回は十台を動員して援軍を集めましたわ! 今川家が誇るSP軍団も多数動員しましてよ! 戦いとは数、すなわち財力なのですわよ! 露払いは任せますわね元康さん?」


「あのう義元さま。お腹が痛いので帰っていいでしょうか。私、狸以外の妖怪は苦手でして~」


「なんなら? うちのかわいい隆景をかどわかしたおどれらには、きっちりケジメをつけさせるけえの! 毛利組の野郎ども、自分に続いて突貫じゃ~っ! しごうしたれ!」


「われら島津姉妹も、家久の危機に駆けつけたぞ! 相手が人間でないなら遠慮は無用! 関ヶ原、十字軍戦以来の蛮勇を奮うべき時だ! いくら暴れても鹿児島県警が来ない絶好の機会!」


「……宗麟は、こういう修羅場は苦手かな~って。義弘ちゃん、宗麟の分まで戦ってね。お願い♪ あ、でも、十字架と聖水は装備してきたよ? 和妖怪にも効くかな~?」


「勘十郎は急な腹痛で欠席したので、この浅井長政と」


「朝倉義景が、代理として参戦した。フ……素人ながらも竹中半兵衛の護符を取説通りに使いこなして結界を突破した相良義陽どのは、実にお見事。平安京の文化にに詳しい余も手を貸したがな」


 勘十郎のやつ、逃げたのね~! なんて頼りにならない弟なの後でケツバットよ! と信奈が吼えたが、五十人を超える大軍勢が福生寺に集結してくれたのだ。

 噛まれたら感染させられる、そんな人外を相手に無双の鉄拳を振るうは、柴田勝家。


「いやーっ! こっち来ないでー! ゾンビにされたら結婚できなくなっちゃうううう! 来るなって言ってるだろーっ! オラオラオラオラオラ!」


「……さすがは柴田勝家、容赦ない豪腕だ。この島津義弘も負けてはいられないな! 義久姉さん、わが斬馬刀を! きええええええっ!」


「んもう。日本刀を振るっちゃ駄目って教えてきたのに、この子ってば戦国時代に来たとたん活き活きしちゃうんだから~。困ったものね、歳久ちゃん。学園に戻っても義弘ちゃんがバーサーカー状態のままだったら、どうしよう~?」


「そうね。もはや義弘姉さんのほうが鬼に見えるわよ。あやかしたちがお気の毒だわ」


「……犬千代も、久々の朱槍を存分に振るう……大ふへんもの、見参……」


 みな、戦国世界での激闘の記憶をありありと思いだして「戦国武将」に戻っている。問答無用の武力を発揮して、次々とあやかしたちを撃破していく。あやかしたちは斬られても刺されても再生するが、再生するごとに容赦なくまた斬られる。恐るべき姫武将たちの闘気に、彼らのほうが気圧されつつあった。


 そうだった――飯を食うように合戦を繰り返してきた戦国時代の人間が持つ不屈の闘気こそが、妖怪よりもはるかに恐ろしいのだ、だからわれらの時代は終わり人間の時代が到来したのだということを、あやかしたちは思いださざるを得なかったのである。

 そして勲功一等は、現代でも斎藤道三のもとで忍びのアルバイトを続けていた五右衛門。

 その忍びとしての素早い動きにいささかの衰えもなく、滝川一益が手裏剣を投げて黒田官兵衛の注意を引きつけている隙に、瞬時に官兵衛の背後に絡みついて無言のまま額の護符を「ぺりっ」と引き剥がしていた。斎藤利三の目にもまったく動きが見えない、電光石火の早業であった。


「……黒田氏、遊んでいないでそろそろ目を覚ますでござるよ」


「はっ!? クロカンは今までなにを……どうして半兵衛を押し倒しているんだーっ? ち、違う、これは百合じゃない! ただのスキンシップだ……!」


「官兵衛さん! この場は皆さんにお任せして、私たちはただちに晴明神社へ向かいます! 将門公に眠りについていただかなければ、結界を解除できません!」


「むふー! なぜか状況が好転している!? そうか、このクロカンは敵の罠に落ちたと見せかけて、実は逆転のための布石を打っていたのかー! さすがだー、天下一軍師だー!」


「ぜんぜん違いますが行きましょう。くすんくすん」


 斎藤利三が「行かせはしません! 蜘蛛丸、二人を糸で絡め取りなさい! 夜叉丸は、無力化した二人の身柄を制圧です!」と切り札の式神を二人のもとに送り込むが、官兵衛が斎藤利三の呪から解き放たれたと同時に、感染状態に陥っていたねこたまとすねこすりも官兵衛と半兵衛が投げつけた護符を額に張られて呪から解放され、「むーん。それがしは今までなにを? ご主人!」「この空気の匂いは、戦国時代っぽいにゅ。おかしいにゅ」と騒ぎながらそれぞれの主の頭の上に舞い戻っていた。すなわち――。


「官兵衛さん、使い魔さんが戻ってきました。これでやっと陰陽少女に変身できます!」


「こらっお前ら、あんまりじろじろ見るなこのロリコンどもがー! 陰陽少女黒田官兵衛、ここに参上! もう許さないぞー式神ども!」


「祓っちゃ駄目ですよ官兵衛さん。蜘蛛丸さんと夜叉丸さんには、しばし私たち二人の式神になっていただきます!」


 半兵衛と官兵衛が、斎藤利三の式神を奪い取った! と良晴は確信した。目は塞いでいるが、斎藤利三の動揺が良晴にまで伝わってくる。


「しまった!? この二人が霊力を解放すれば、陰陽師としては二流の私など足下にも及ばない? ですが、なぜ? この京は私の管轄だというのに、なぜそこまでの霊力を?」


「むふー! 陰陽少女になりさえすれば、結界内に溢れている将門公の野良霊力を好きなだけいただけるからな! 一対二となった時点で、われらの勝ちだーガハハ!」


「官兵衛さんは蜘蛛丸さんの背に乗ってください。私は夜叉丸さんの背中に。参ります! 信奈さまたちは、福生寺で時間を稼いでください!」


「暴走している十兵衛が離れてくれないのー! こいつ、援軍が現れても利三が式神を奪われてもまったく動じてなーいー! 十兵衛を元に戻してから行きなさいよ~!」


「くすんくすん。明智さまの調伏は私たちをもってしても難事ですので、後回しにします。行きます!」


「ちょっと~っ! 信じられな~い! 誰でもいいから十兵衛を取り押さえなさーい!」


「この梵天丸に任せタマエ! こらっ明智光秀、空気を読んで正気に戻るにょだー! 喰らえ逆十字! えろいむえっさいむ! えろいむえっさいむ! 我は求め討ったえたり!」


「呼んでるじゃん? あやかしを呼んでるじゃん梵天丸? やめなさいよーっ!」


「信奈ちゃん? カトリック式の本格エクソシストなら宗麟にお任せ~。ほ~ら、光秀ちゃん? 神戸の教会でフロイスちゃんからいただいたありがたーい聖水だよ~?」


「ごくごくごく。ぷはあ。うめえです、もう一杯!」


「駄目じゃん、駄目じゃん宗麟っ! 十兵衛に水分補給して回復させてるじゃんっ! 半兵衛、早く戻ってきなさいよーっ!」

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