第八話 粟田口刑場跡→京都××××-8

「駄目よ良晴! 良晴だけが失ってしまうだなんて、そんなのって――!」


「だが信奈。学園世界に、斎藤道三をはじめ戦国の世で非業の死を遂げていった人たちが蘇ったのは、みんながそれぞれ、その人にもう一度会いたいと願っていたからだろう? だったら――俺は、いくらでも耐えられる。だから――」


 斎藤利三が「心中お察しいたします。それでは、和睦してただちに本能寺へ」と良晴と握手しようとした、その時。


「待て、良晴! そんなかたちで、学園世界を夢にしてしまってはならない! いずれの世界も等しく現実なのだ、どちらかをなかったことにしてはいけない! それに――私たちのためにこれほど奔走して傷ついてきた良晴が報われなければ、私だけが幸福になっても意味がない! 私の願いも織田信奈の願いも、他のみんなも同じはずだ! 諦めてはいけない、まもなく到着するはずだから! 援軍が――!」


「……小早川さん? 援軍って?」


「彼らは、福生寺の井戸を突破できる! 実は半兵衛は、完全には霊力を失ってはいなかった! 半兵衛は、『件』の予言に関わるであろう魔界と現世を繋ぐ二箇所の井戸を、遠距離からのスマホのズーム撮影機能と陰陽術を組み合わせて密かに分析調査していた。東山の清水寺へ行った折に六道珍皇寺の井戸を、嵯峨野の清滝トンネルへ向かった時に福生寺跡の井戸を! 半兵衛はカメラマン係だったから、スマホを構えて風景を撮影しても怪しまれなかったのだ! その結果、福生寺跡の井戸に何者かが施した封印が外側から破られていると、半兵衛は察知した! だから……」


 ああ。それをやらかしたのは、もしかしたら謙信とあたしかもしれない、と信玄が思いだしたかのように膝を打っていた。


「ま、まさか? 仮に井戸の封印が破られているとしても、陰陽術士がいない限り京都の結界内に侵入することは不可能です! 学園世界のあなた方のお仲間には、もはや陰陽師はいないはず!」


「いや、斎藤利三。厳密に言えば結界内に入る方法はある。既に私と竹中半兵衛は、結界内に援軍を侵入させるための準備を終えてきた――」


「そんな馬鹿な? いったいいつ、どこでどうやって? あなた方の行動は使い魔の蝦蟇たちが常に見張っていたはずです。スマホ撮影に乗じた井戸調査の作業こそ見落としましたが、そんな挙動はどこにも……」


 斎藤利三は(小早川は知恵者。ハッタリに違いありません)と首を振った。既に勝敗は決しつつあった。半兵衛は官兵衛の額の護符をはがそうとしたが逆にタックルを受けて押し倒され、最強戦力の信奈は暴走した明智光秀に背後を奪われて首を噛まれる寸前に陥っていたのである。


「あーはははは! 半兵衛破れたり! 食べちゃうぞ、うがーっ!」


「くすんくすん。官兵衛さんに押し倒されて噛まれそうです。は、早く、援軍の皆さん……到着してください……くすんくすん」


「やーだー! 男光秀がわたしを噛もうとしてるぅー! 女人は苦しからずって言ってたじゃーん! やめなさいってばー!」


「……お、織田信奈よ……我はあなたに恨みはないが、この身体の持ち主が『ダーッ! こうなったらもうヤケクソですぅ。信奈さま、共倒れになる前にとっとと降参しやがれですぅ。あと先輩をよこすですぅ大奥を設立しやがれですぅ』と暴れてならぬ。かっ、身体が勝手に……!」


「つまり、品行方正な男明智光秀公の意志も霊力も全部無視して、暴走した十兵衛が良晴を奪おうと暴れてるわけぇ? 許せなーい!

 十兵衛の身体が相手だから手加減してあげてたのに! 戦国世界に統一されたら、あんたはケツバット百回の刑に加えて切腹よーっ!」


 信玄や梵天丸たちも数に圧倒されてあやかしたちに包囲され、戦闘続行が困難となっていた。みな、「死んだ者がこの世界に戻ってくる」と聞いて一瞬だったが戦意が途切れた。その隙を衝かれたのだ。

 良晴が(斎藤利三の執念に負けた! 死んだ者が生き返るという話すら、みんなから一瞬戦意を奪うための罠! 嘘ではないだろうが、なんという巧みな弁舌! もう降伏しか選択肢がない!)と、斎藤利三と握手するべく立ち上がって手を伸ばしたその時。


「――いや、その必要はない良晴。ぎりぎりだが、どうやら間に合ったらしい」

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