第八話 粟田口刑場跡→京都××××-6
斎藤利三がかつて並々ならぬ意欲で光秀と良晴をくっつけようと活発に運動していたことを、良晴の戦国記憶は雄弁に物語っている。
しかしまさか、「大奥設立」などという目的のために、学園世界を戦国世界に融合してしまおうとは――!
なんという執念深さ、なんという大奥へのこだわり……良晴は呆れていた。
慎み深い小早川隆景に至っては、完全に理解の範疇外であった。
ただ、(恋の競争を無駄に長引かせてしまった私にも責任がある)と胸が痛んだ。
「利三? あんたってば、いったいなにを考えてんのよーっ?」
「信奈さま、今はしのごの言っている時ではないのですよ。本能寺でもうひとりのあなたが焼け死ねば、こちら側のあなたも死んでしまうのです。ですから、急いで救援しなければならないのです! さあさあ、お急ぎあれ!」
「って、待ちなさいよー! 救援に失敗して本能寺のわたしが死んだらどうするのよ? もう一人のわたしは今、本能寺のどこにいるわけえ? わたしも良晴も知らないのよ?」
「それはわかりません。急ぎ偽明智軍を蹴散らして、全力で境内を捜索します。この場におられる皆さまに加勢していただければ、成功率があがるかと」
「ギャー! これだけ完璧に計画を遂行しておいて、最後は運頼みっ? ふざけんじゃないわよー! わたしが死んだらわたしが死んじゃうじゃーんっ!」
利三に襲いかかろうとする信奈を必死で良晴と小早川隆景が止めていると。
井戸から、長い黒髪を振り乱しながら最後の召喚者が這い上がってきた。
「ひいいいいいっ? 貞子だわ、貞子が出て来たのねー!」
いや。その最後の一人は――男光秀に憑依された、明智十兵衛光秀(JK)であった。
今、光秀の内面では両者の人格が複雑に混じりあっている。ただ、人格の主導権を握っている者は男光秀らしい。
「……信長討つべし……なんと、わが肉体が相良に惹かれてこの世界に来てしまったか。駄目だ。織田信奈は……女人は、苦しからず……急いで救いださねば……」
はあ? なに言ってんの? 信長は討ちたいけど信奈は女の子だから助けるって? 男光秀も無駄に律儀なのね、こういう生真面目キャラに限ってストレスを溜めてプッツンするとやらかすんだわと信奈は思った。
利三は、そこまで織り込み済みだったのだろう。プラトン立体に頼らずに、学園世界を実在させる器となっている織田信奈・あの夜の本能寺を目指してやまない男武将の明智光秀・強力な結界を構築して時空を容赦なくねじ曲げられる大怨霊平将門という三者の力を駆使し、狙った世界の狙った時間と場所に自分と光秀を移動させるために周到に練られた計画だったのだ、これは。
謙信の食い倒れツアーの時期と信奈の京都心霊ツアーの時期が被ったのは、偶然だろう。謙信抜きでも、信奈さえいれば六道珍皇寺の井戸の封印を破る手段はあったはずだ。だが、毘沙門天の霊力を保つ謙信が来たことで封印を破壊する計画の遂行ペースが早まったのだと言える。
だが――梵天丸と家久は京都旅行中に運悪く巻き込まれただけだとしても、なぜ良晴までこの世界に?
「ということは時間が経たなくても、もしも良晴がこの世界を観測するとその瞬間に……半兵衛!」
そこにお気づきになりましたか、実に惜しかったですと利三が微笑む。
「はい! 良晴さん、護符で目を塞ぎます! 『観測者』の能力を持つ良晴さんがこの世界の人間に出会えば、ここが陽世だと確定してしまい、私たちは二度と学園世界に戻れなくなります!」
「わ、わかった半兵衛。そうか。明かりのない深夜でかつ出口が京の町中じゃないから、運良く助かったんだな。これじゃ迂闊に戦闘もできないな……」
「半兵衛、十兵衞を正気に戻せる? 十兵衞が憑かれている限り、結界は破れないんじゃない?」
「はい、そうです。ですが、将門公の結界内では……それにもともと誰よりも思い込みの強いお方ですし、一度こうなると元に戻すのはかなり困難です」
「ああもう、十兵衛ってばほんとに厄介なんだからー!」
「少なくとも黒田官兵衛を正気に戻さねばわれらに勝算はないな、織田信奈」
「わかってるわよ、委員長! キョンシー状態の播磨から額の護符を取ればいいんでしょ?」
「私の進軍を止めれば、信奈さま。あなたは本能寺で焼け死ぬかもしれませんよ? その確率が高すぎるために、相良良晴は直接本能寺を捜索せず、世界線を確定する『旅』に出るという危険な手段を選ばざるを得なかったのですからね。さあ、いかがします?」
織田信奈たちは今、斎藤利三から究極の選択を迫られていた。
そんな信奈たちのもとに、百鬼夜行を行うあやかしたちが続々と――。
「集まってきましたね、京や朝廷に怨念を抱きし中世のあやかしたち。この滝夜叉姫が、将門公の許可を得て皆さんに再び京に棲み着く許可を与えます! さあ! ここにいる織田信奈率いる天下布部京都チームの皆さんを、本能寺救援軍に参加するよう説得しなさい。ただし殺してはなりませんよ? 噛みついて感染させなさい! どうせ最後はこちら側の世界の同一人物に吸収融合されますので問題ありません!」
「むふー。あやかしどもの軍師役は、このクロカンにマカセタマエ!」
「……ただちに本能寺へ向かうべし……女どもは苦しからず。だが、われらに抵抗するならば捕縛する……」
完全な闇の中、あやかしたちは足音を立てずに近づいていたため、信奈たちが気づいた時にはもう福生寺を包囲されていた。
乱闘がはじまっていた。
「ののの信奈さま。叡山で京に巣くう魔のほとんどを浄化したはずなのに、数が想定以上に多いです! 目覚めた将門公の霊力による影響かと。将門公をどうにか封印しないと……でも、私一人ではとても無理です。くすんくすん」
「わかったわ。半兵衛は、播磨の護符をはがして正気に戻すことに専念して! 半兵衛官兵衛の二人がかりなら、なんとかなるでしょ?」
「は、はい。感染したねこたまさんとすねこすりさんが官兵衛さんのファンネル化していて、接近が難しいですが……やってみます!」
「あやかし軍団は、この織田信奈さまに任せなさい! あやかし特攻バットで祓ってやる、祓ってやる~! 録画しながら戦ってやるう! 後で編集配信してガッツリ稼ぐんだから! 十兵衛、さっさと正気に戻りなさーい! いつまで操られてるのよう!」
信奈は、墓地に刺さっていた卒塔婆を引き抜いて盾に使うという罰当たりな行動に出るや否や、さらには容赦なく地蔵を担ぎ上げてあやかしどもに投げつけはじめた。
なんという恐ろしい娘、とあやかしたちのほうが一歩退くレベルの所業である。
「あやかしどもめ、迷信深いわね! 効いてる効いてる! わたしは神仏を畏れぬ織田信奈よ、安土城の石段に石仏を使った実績は伊達じゃないんだから!」
「よ、良晴は、こちらに。墓石の陰に――人間ではないが、この世界の存在が来てしまった。良晴の目隠しを破られたら、その時点で学園世界は完全に戦国世界へと吸収されてしまう」
「うう、すまない小早川さん。女の子ばかりに戦わせて自分は守られているだけなんて、相良良晴も落ちたもんだ……護符で目を塞いだまま視覚を得る方法はないだろうか?」
「だいじょうぶだ、良晴。今は視界を塞ぐことに全力を注いで。梵天丸。家久。謙信と信玄。良晴が斎藤利三の手に堕ちたらすべてが終わってしまう。あやかしに抵抗して、少しでも時間を稼いでほしい」
「「「「承知!」」」」
梵天丸は土の上に五芒星を描いて「これより我が鞍馬山の魔王を召喚する! ククク、これで勝てる!」と宣言して転び伴天連の呪文を唱えるが、将門の結界内では西洋魔術は使えないらしい。
「みぎゃっ? 『えろいむえっさいむ』が封じられている? そっちはあやかしを召喚し放題にゃのに、ずっこいにょだー!」
「んにゃ。種子島も日本刀もないど。おいのような薩摩隼人には物理攻撃しか……素手でも強い義弘ねえが来てくれれば~」
「だいじょうぶだ島津家久。こちらには信玄がいる。さあ、最強究極のヴィランとしてあやかしたちを容赦なく蹂躙するがいい。もぐもぐ」
「お供え物を勝手に食べるな謙信! こういう超自然系の敵はお前の担当だろう! 毘沙門天の神通力はどーしたっ?」
「困ったな。宇佐美と直江親子がいないので装備不足なのだ。手裏剣とか煙幕弾とか」
「ちょっとー! 謙信も信玄もやる気出しなさいよー! 噛まれたら感染するんだからねー! 感染したら、容赦なくわたしがボコるから覚悟しなさい!」
「「ひっ!?」」
だが織田信奈の金属バットは、実は戦国世界に召喚された時点であやかし特攻効力を失っている。当人は闘争心が有り余っていて気づいていないが、長く膠着している猶予はない、と視力を封じている良晴を庇いながら小早川隆景は焦っていた。
「小早川さん。京都に結界が張られていて、しかも結界が外部に拡張されるのに時間がかかるということは……このままじゃ、この世界にいる小早川さんたちも京に入れないんじゃないか? みんな既に京を出立してしまっていて、本能寺の変を知って急いで京に戻ってくるんだ。そしてプラトン立体や様々な情報や策を持ち寄って、万策尽きた俺をサポートしてくれる。それが本来の歴史の流れなのに。つまり、このままでは俺が知っている『明日』は訪れない! 俺が世界線の『旅』に出る時刻が遅れれば遅れるほど、信奈が生存できる確率は下がり続けるし、俺が出発できなくなったら信奈はもう助からない!」
「……そういうことになるな、良晴。そうか。織田信奈救出の手柄を明智光秀に独占させるために、京から離れている私たちを結界の外部に留めて足止めし、京に入れないつもりなのだな斎藤利三? どこまでも練り尽くされた策だ……」
「ええ、ご名答です小早川隆景。あなた方は私による織田信奈救出策を容認して私に協力するか、京の結界を解除するために早急に相良良晴の目の封印を解いてこの世界を『観測』させるか、そのいずれかの道しか選べません。さもなくば、本能寺に閉じ込められている織田信奈は今ここにいる織田信奈とともに命を落とすことになってしまいます! むろん私もそのような結末は望んでおりません。明智光秀さまが主殺しの大罪人となってしまいますので! さあさあ、一刻も早く降伏を!」
「待てよ? 小早川さんや長秀さんたちはともかく、この世界の半兵衛官兵衛なら、陰陽術を用いて結界内部に踏み込めるんじゃないのか!?」
「いいえ相良良晴。学園世界と融合している結界内は別ですが、叡山で龍脈を断った竹中半兵衛の働きのために、この世界の陰陽師は既に弱体化しております。時間切れになる前に彼女たちが結界を解除することは不可能ですよ。それに、堺から京へ入るルート上の要所にも、私はあやかしを配置しております。弱体化した半兵衛官兵衛がたとえ知恵を絞って結界内に踏み込む方法を見つけたとしても、足止めさせるには充分です」
「計画は完璧というわけか!」
「はあはあ、ひいひい。おかしい、バット攻撃が効かない? 百鬼夜行軍が強すぎるぅ! 将門公の霊力とかいうやつがチートすぎるう! 無敵無双ヒロインのこのわたしがこれほど苦戦するだなんてえええ! ガトリングガンとナパーム弾が必要よー!」
さすがの信奈も疲労の色を隠せない。戦国世界に召喚された時点であやかし特攻を失っていることにも薄々気づいてきた。もしもあやかしに噛まれて感染してしまえば……官兵衛のような呪術への抵抗力はないだろうから、元に戻れるのかどうかすら判然としない。
「斎藤利三! 俺がこの世界を『見て』観測する以外に、京を覆っている結界を解除する方法はないのか? 結界解除の方法を教えてくれるなら、取り引きをしよう! そちらの要求を可能なだけ呑む!」
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