第八話 粟田口刑場跡→京都××××-4


「明智光秀公が目覚められ、魔界の扉を経て二つの世界が繋がった。決して交わらないはずの現世と戦国世界とが、今こそ繋がりました! 鬼夜叉、急ぎますよ!」


 滝夜叉姫はこの時、信奈たち天下布部京都チームが必死で光秀を捜索していた東山エリアにはいなかった。

 使い魔の蝦蟇たちを引き連れ、鬼夜叉の肩に乗った滝夜叉姫は、鴨川を越えることなく洛中に留まり、京都最大の市街地・四条烏丸から小路に入った膏薬図子に出現していた。

 訪れた目的地は――門番の如き蛙の置物が鎮座する、神田明神。

 江戸の神田明神は、平安時代に朝廷に謀叛して関東に独立王国を築き、俵藤太こと藤原秀郷に討たれた「日本三大怨霊」の一人・平将門公を祀る神社として有名で、東京大手町にある将門公の首塚は、移転させようとすると怪異現象が起こると畏れられて東京オフィス街の中心に今もなお君臨していることで知られている。

 しかし実は、京都にも将門公の首を祀る神田明神があったのである。


「この京都膏薬図子の神田明神こそ、朝廷に討たれた将門公の首が晒された真の怨念の土地。将門公の首はこの膏薬図子から、関東まで飛んでいったと言います――その首が落ちた場所こそが、東京大手町の将門公の首塚。江戸に都を築いた徳川幕府によって将門公は関東の守護神となりましたが、京都にとっては今なお恐るべき大怨霊。すなわち」


 京都の時空をねじ曲げて、「この世界」と「戦国世界」を接続し完全に融合させられる膨大な霊力の持ち主は、将門公をおいて他におられません――と、滝夜叉姫は神田明神の前に立ちはだかりながら微笑んでいた。


「――将門公。わが名は、滝夜叉姫。貴船神社で鬼女となり、朝廷への復讐を遂げるべく蝦蟇、夜叉丸、蜘蛛丸ども闇の眷属を引き連れて戦うあなたの愛娘です。どうか、お目覚めください。その霊力をもって、朝廷が武士に勝利したこの世界を『夢』にお戻しください。武士の世をこそ、ただひとつの『陽世』に。二つの世界を統一し、『戦国世界』に融合してくださいませ!」


 神田明神の祠の奥から、


『我を起こすべからず』


 と、くぐもった低い声が響いてくる。だが、「自称」滝夜叉姫には自信があった。

 もはや自分は、完全に滝夜叉姫になりきっていると。

 陰陽術を操り京都の闇の世界を司る陰陽少女となり、滝夜叉姫が使役していた使い魔の蝦蟇をご当地妖怪として従え、滝夜叉姫に従っていた蜘蛛丸と夜叉丸をも眷属とした。

 長い眠りについていた将門公の霊には、もはや実は自分が偽者であるとは判定できますまい、完璧な計画です、と。

 そう。彼女は京都を管轄する陰陽少女ではあったが、ほんものの滝夜叉姫ではなかった。平将門公を目覚めさせてその強大な霊力を利用するために、知略を尽くして将門公の娘・滝夜叉姫に成り仰せていた「偽者」だったのである。

「現世と魔界とを繋ぐ六道珍皇寺の小野篁井戸の封印は、上杉謙信の霊力を借りてわが使い魔に迎え鐘を打たせたことで既に解いております。魔界から戦国世界の京への道筋は、二重世界の記憶を持ち二つの世界の魂を持つ明智光秀公がただいま繋ぎましてございます。後は将門公が一言、『武士の世こそが陽世である』と唱えられるだけで、武士の世が再び到来いたします! 関東の武家政権が滅亡し、朝廷が王政復古を果たしたこの世界を、なかったことにできるのです! どうかあなたを守護神と慕う武士たちをお助けください、将門公! 京にいるわれら『元戦国武将』たちを、戦国世界に戻してくださいませ! そして、戦国世界を唯一の陽世に!」

 開いた。

 魔界を経由して、二つの世界が今、ひとつに重なりあった――今は京の結界内だけではあるが、やがて将門の力で結界が広がっていき、地球全土がひとつに融合される!



 結界内に封じられた夜の京都に、異変が起きた。

 東山を探索していた天下布部京都チームのミニバンは、突然巻き起こった突風に煽られて浮かびあがっていた。信奈たちが思わず窓の外を覗き込むと、京都のあちこちに稲妻が落ち、あるいは竜巻が暴れ、川の水が各地で氾濫し――まるで突如として破局が訪れたかのような光景となっていた。


「やーーーーーだーーーーー!? なに、どうなってるの? 今さらミニバンが宙を飛んでるんですけどーっ? 半兵衛、なにこれ? 竜巻? トルネード? 次はサメでも襲ってくるのーっ?」


「くすんくすん。とてつもない巨大な霊力が二つ、京の結界内で目覚めました。ひとつは、明智さまを器に用いて起こされたようです」


「やっぱり十兵衛が取り憑かれたってことー? んもー、十兵衛ってば性懲りもなく~!」


「あとひとつは……あ、あ、安倍晴明公よりも強大な霊力の持ち主です……きょ、京都三大怨霊のどなたかでしょう。われらは今、六道珍皇寺の井戸に吸い寄せられています」


「小野篁が魔界への入り口に用いていた井戸だな、竹中半兵衛? 『件』の予言が成就して、魔界への扉が完全に開いてしまったということか? われらはいったいどこへ連れ去られる? 地獄なのか、それとも」


「小早川さん、シートベルトを締め直して! あ、あれ? 外。外。梵天丸が飛んでいる! 家久や謙信ちゃんたちまで!? なにをやっているんだ、みんな?」


「ククク。相良良晴もここにいたか。納涼京都お化けツアーをやっていたら、ついに将門公の怒りに触れてしまったらしいにょだ。わが五芒星の魔法陣をもってしてもまるで抗えにゃかったのだ、フハハハハハ! いんふぇるのの最下層でまた会おう相良良晴!」


「んにゃ、相良良晴!? おいたちは、蜘蛛塚をぽっきり折ってしまったから祟りに襲われてっどー! 異世界に転生してゴブリンの首を狩らされるのは嫌じゃ、おいは相良良晴のがあるふれんどになる~! 妖怪首おいてけには、なりたくなか~!」


「もぐもぐ。やはり迎え鐘が鳴っていたのは、封印が解かれた合図だったのか。信玄、私の手を離すな。離せば振り落とされる」


「お前の手を握っていたら、もっと洒落にならない世界に連れて行かれる気がするのだがっ? お前が幽霊飴屋だのなんだのとヘンな場所ばかり訪れるからだぞ、謙信!」


「私はただ、美味しいご当地スイーツを食べ歩きしていただけだ」


 なによこれ? もしかして戦国世界の記憶を持つ関係者だけが、井戸に吸い寄せられてるわけ? なにが起こっているの? 十兵衛はなにをしているの? と信奈は車中で金属バットを構えながら身構える。たとえ異世界ガーゴイル編に突入しようがあやかし特攻属性を駆使して生き延びてやるううう! とやる気まんまんである。


「あーもう! せめて、結界が張られている京都の外部から援軍を呼べれば……! 駄目だわ、やっぱりスマホは一切使えな-い! 良晴はどう?」


「相変わらず遮断されている! それどころかもう電波すら拾えなくなっている、信奈! 京都の結界がこれだけ強化されてしまった以上、誰も京都に入れないし京都から出られない!」


「じゃあ、これでゲームオーバー? 今から織田信奈ガーゴイル編スタート? そんなのやだー、せめて動画チャンネルで稼いだ資金だけでも支払ってもらってからにしてよー! いったいなんのつもりなのよ、あの丑の刻参り女は!」


「どうやら、織田信奈の現実主義解釈が当たっていたようだ。彼女は、ほんものの滝夜叉姫ではない」


「そんなことは私は最初からお見通しよ委員長! でも、どうして急に私に同意したの?」


「彼女は、明智光秀の霊を目覚めさせるために同姓同名の依代を用いたのと同様、自ら滝夜叉姫になりきって『あの者』の霊力を利用しようとしたのだろう。親娘の情に訴えることで――」


「くすんくすん。私もやっと確信できました。京都の陰陽少女が滝夜叉姫になりきっていた理由は、恐らく滝夜叉姫の父君・平将門公を目覚めさせるためだったのでしょう。式神を封じられた今のわたしは抵抗できません。すみません」


「井戸に入るぞ! 物理的にこのミニバンが小さな井戸を通るのは不可能なはずなのに、車体が曲がって縮んでいく……空間までねじ曲げられている! みんな、衝撃に備えるんだ!」


「良晴。京都に完璧な結界を張るために将門公の力を用いる必要性はわかるが、同時に明智光秀公までを目覚めさせたということは……つまり、滝夜叉姫が現世と繋ごうとしている目的地は……」


「そうか、小早川さん! もしかして――!」


 ……

 ……

 ……

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