第七話 清滝トンネル-2

 信奈でもなく小早川隆景でもない。存在しなかったはずの第三の項目――「全員死亡」という項目に、一挙に大量の票が投下されたのである。


「なにっ? なにこれっ? 誰がいじったのっ?」


 一時止まっていたコメント欄にも、再び書き込みがはじまっていた。だが、それらの書き込みの内容は――。


《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《ゲームオーバーです、織田信奈》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《この勝負はあなたの負け。もう逃げられません。好奇心は身を滅ぼすのですよ》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》


「い、いやああああっ? コメント欄まで侵食されているうううっ? どういうこと?」


「信奈さま、ルーフに亀裂が! ひいいいい、滝夜叉姫が隙間からこっちを睨んでいるですうううう! 見られただけでダメージを喰らう邪眼です、邪眼ですう! 十兵衛の理性が蒸発してしまいますうう、お助けええええええ!」


「視線を合わせては駄目です! くすんくすん。どんどん隙間をこじ開けています。ご、護符を飛ばしても、このトンネル内ではまるで効きません……!」


「まずいぞ信奈! 官兵衛が宇喜多先生を狙って突進してきた! 宇喜多先生、急いでバックしてください! 急いで……って、宇喜多先生が失神しているうううっ!?」


 宇喜多直家、いの一番に脱落ッ! 涎を垂らしながら白眼を向いている!


「だーっ! この窮地でなにをしていやがるですか、ダメダメ教師ですうううう!」


 宇喜多直家の失神を知った小早川隆景が後部座席から運転席まで身を乗り出してきて、小さな手でハンドルを握っていた。


「仕方ない、私が運転する! 無免許だが、毛利家の仕事の都合で自動車を運転することには慣れている。今までは、会社の敷地内に限っての運転だったが――」


「小早川さん? 頼む! 夜叉丸と蜘蛛丸は跳ね飛ばしてもいい! 全速力で背走してくれ!」


「後続車が来ないことを祈ってくれ、良晴。みんな、なにかに捕まって」


「車上の滝夜叉丸はわたしが振り落とすわ! あやかし特攻っ! ルーフの亀裂を強引に開こうとしたあんたの失策よーっ! おかげ様で、広がった亀裂をバットが通る!」


 ドン! と信奈が金属バットで滝夜叉姫の身体を突き、車体から振り落とすと同時に。

 小早川隆景は「ううう。無免許運転の現行犯だ」と躊躇いながらも、フルスロットルでミニバンを逆走させて、天下布部京都チーム全員をかろうじてトンネル結界から離脱させていた。


「車体が揺れた……今、熊と鹿を同時に轢いたような感触が……うう」


「問題ない小早川さん。それは夜叉丸と蜘蛛丸だ! かろうじてトンネルから出られたぞ、急いで清滝から離脱しよう! やむを得ない、官兵衛救出は後だ! なにか対策を練らないと、全員感染させられる!」


「良晴、まだよー! 夜叉姫と蜘蛛丸がトンネルから飛び出して追いかけてきてる! やっぱり車で轢いてもぜんぜんダメージが入ってないんだわ!」


「半兵衛の陰陽術か、信奈の物理攻撃しか通らないんだな」


「任せて良晴! トンネルを出たから、もう歩けるわよ! こうなったら、わたしがバットで迎撃するしかないわね。ドアを開けて、わたしを車から降ろして十兵衛!」


「むむむ無茶です信奈さま。信奈さまがどれほど蛮勇を奮っても一対多ですぅ、勝算がなさすぎですぅ。命あってのものだねなのですう」


「だって播磨は目の前じゃーん! ああもう、ここで逃げたら次はどこで播磨と会えるかわからないじゃん!」


「……信奈さま。最後の駒を奪わない限り、滝夜叉姫はまた私たちを狙ってきます。機会はありますから、今はどうにかして滝夜叉丸に勝つ方法を考えましょう」


「そんな方法ある~? 京都にいる限りあいつが有利なんでしょ? 助っ人でも呼ぶの?」


「くすんくすん。外部から助っ人を呼べればいいのですが……」


「とにかく、いったん体勢を整えて策を準備しよう。そして滝夜叉姫と再戦だ。あの官兵衛まで操られるなんて、感染力が強力すぎる。一度噛まれたらほぼアウトと考えていい……どうすればいいんだろう、小早川さん」


「走りながら考えよう。どこかでUターンしないと。幸い、式神たちは振り切れそうだ」


 だが、式神は貴船でも清滝でも信じがたい移動速度を発揮していた。なぜ追いついてこないのか、妙だ……と小早川隆景は疑問に襲われたが、今はとにかく清滝トンネルから距離を取るしかない。

 天下布部京都チームが乗り込むミニバンは、さらにスピードをあげて闇の中に消えた。


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