第七話 清滝トンネル

 京都心霊ツアー三日目、深夜。

 右京区、嵯峨嵐山。


 天下布部京都チームは、老ノ坂から9号線を逆行して京都市街地の桂に舞い戻り、そこから29号線を北上。嵐山方面へと急行していた。

 滝夜叉姫が待ち構えている愛宕神社の表参道の入り口、清滝を目指してのことである。


「夜叉丸とねこたまよりも先に愛宕神社に登らなくちゃ! 急いで宇喜多先生! そして視聴者の皆さんは、鬼女から仲間を救出しようと戦う織田信奈、織田信奈に清き一票を!」


「信奈。このまま渡月橋を越えて桂川を渡り、あだし野念仏寺を突っ切って清滝トンネルを越えれば、表参道入り口の『二の鳥居』に到着する。そこから先は下車しての登山になり、二時間ほどかかる。対する夜叉丸は、獣道を高速で移動する。間に合うだろうか?」

「くすん。滝夜叉姫の二大式神・蜘蛛丸と夜叉丸に勢揃いされると、厄介かもしれません」


「その時は物理攻撃でなんとかするから! わたしのバットに限ってあやかしにも効くんでしょ? あやかしどもとあのヘンな女を一網打尽にして、天下布部は心霊系動画配信者の頂点に立つのよー! ああ、あと、播磨も助けなくちゃね」


「……すごく、官兵衛がオマケ扱いされている気がするぜ……」


「闇の中に渡月橋が見えてきたですぅ、桂川左岸に入りますです信奈さま! ちなみに、渡月橋をカップルで渡ると必ず破局を迎えるそーですよ! これで相良先輩も晴れてフリーの身ですね! おめでとうございます、いよいよやっと十兵衛の出番が……!」

 渡月橋通過時点では「破局です、破局です」と元気だった光秀だったが、桂川を渡りきって嵐山エリアに入ると同時に、また例の頭痛に襲われた。


「ぐえっ? 心霊事故物件で寝ている時のようなプレッシャーが、いきなり……? どどどどういうことですか半兵衛どの?」


「くすんくすん。い、言いづらいのですが、明智さまが愛宕神社に接近すればするほど、身体が愛宕神社の霊力に反応するのではないかと」


「げげ。どーしてですぅ?」


「くすん。戦国武将の明智光秀が本能寺に織田信長公を襲撃して謀叛を起こすことを決意したと言われる因縁の場所が、愛宕神社だからでしょう。謀叛を起こす直前に光秀は愛宕神社で戦勝祈願をして、おみくじを引いたのですが、何度引いても凶しか出てこなかったそうです。また愛宕神社での連歌会で、信長公を討つという野望を句にして読んだという逸話も……」


「半兵衛。確か『ときは今、あめが下しる五月かな』という句だな。ときとは明智家つまり『土岐氏』のことで、あめが下しるとは『天下』のことだっけ。要は、土岐氏の自分が天下を奪うという宣言だったと。でも、その光秀と十兵衛ちゃんは名前が同じだけだぜ? 別人だ」


「良晴さん。明智さまは特にメンタルが敏感なので、名前に引っ張られて影響を受けやすいのだと思います。もしかすると……京、老ノ坂、愛宕神社と、私たちは次々と『本能寺の変』にまつわる明智光秀ゆかりの地をこうして移動させられ続けているのは……」


「……うぎぎ。鎮まれ、鎮まれわが頭痛~! 梵天丸じゃあるまいし、十兵衛は暗示程度で自分にダメージを与えたりしないのですう! ああ、でも、本格的に具合が悪くなってきやがったですぅ~」


「やだ十兵衛? ほんとに顔が真っ青じゃんっ? もう、リアクション芸人とか言っている場合じゃないわね。十兵衛をいったん車から降ろしましょうか? 嵐山駅前あたりで待機したほうがいいんじゃない?」


「そうしたいところですが信奈さま。滝夜叉姫は、宇喜多先生以外の全員で神社に来いと。十兵衛が欠けたら、官兵衛どのを返還するという約束はチャラになってしまうです。頑張りますですよ、だいじょうぶです!」


「……だ、だと良いけど……無理しないでね?」


「よよよ、信奈さま! なんてお優しい……ほんとうにピンチが訪れた時に、人はその本性が出るのですね!」


「だーって配信中にあんたになにかあったら、配信を中断しなくちゃいけないじゃーん! それに、一応わたしは止めたから、以後あんたになにか起きても自己責任よ! 部長の責任じゃないわ! 視聴者のみんなもちゃんと観てたわよねっ?」


「……ひーん。それが信奈さまの本性なのですかー!?」


「くすんくすん。ただいま、ミニバンはかつて異界に繋がる『六道の辻』があった土地を移動中です。『六道の辻』と言えば東山ですが、実は嵯峨野にもあるんです。東山の『六道の辻』は『死の六道』、嵯峨野のほうは『生の六道』と呼ばれ、いずれも……」


「半兵衛、どこを撮影しているの? 外はもう真っ暗でしょ。車内のわたしたちを撮りなさいよ? みんな眠くなってくる時間帯なんだから、視聴者サービスしなくちゃ!」


 長らく沈黙しながらなにか思案を続けていた小早川隆景が、ここでやっと口を開いた。


「滝夜叉姫は織田信奈を京に呼ぶことで、自らの二体の式神と魔界への入り口、この三つの封印を破った。だが魔界と現世を繋げるためには、まだ最後の駒を手に入れないといけないとも言っていた。その最後の駒とはなにか、魔界と現世が繋がればなにが起こるのかをずっと考えていたのだが……なにが起こるのかは予想もつかないが、彼女がわざわざ『全員で愛宕神社に来い』と指定してきたことがヒントになると思う。今、この車内。来なくていいと指定された宇喜多先生以外のメンバーの中に、最後の駒がいるはずだ」


「それじゃ小早川さん、最後の駒とはいったい? 陰陽少女の半兵衛と官兵衛、この二人を押さえてしまうことなのかな?」


「いや、良晴。本能寺ホテルを宿泊先にしたのは半ば偶然だとしても、本能寺、老ノ坂、愛宕神社と、われらは明智光秀が『本能寺の変』を起こした際の移動ルートを逆行させられている。最後の駒とは、つまり――明智光秀なのではないだろうか?」


「はえ~、十兵衛ですかあ~? それはないですう。十兵衛は常に天下布部の脇役、信奈さまのオマケなのですぅ。天下布部をたこ焼きに喩えれば青のり、よくて鰹節ですから」


「きみが憑依体質なのが気になる。実際、本能寺ホテルでも毎晩金縛りに遭っているし、松永先生の茶器事件の時にも早々に戦国記憶に感染して大騒動の発端となった。きみが愛宕神社に近づけば近づくほど――」


「……うげげ。まさかまさか? 十兵衛がこのロケの途中で滝夜叉姫が繰り出すなにかに憑依されて、ゾンビ化するとでも? 嘘だと言ってください信奈さまっ?」


「そうなったらその時は涙を流しながら、十兵衛を車外に蹴落とすしかないわね! 視聴者のみなさーん! 至急ここでアンケートを採りまーす! 十兵衛がゾンビになったら、皆さんは十兵衛を落としますか? それともバットで殴り倒しますか? さあ、投票開始!」


「十兵衛をあくまでも仲間として守り続けるという選択肢はないのですか信奈さまーっ?」


「はあ? ゾンビ映画の全滅ルートじゃん、それ! ない、ない! 絶対にないわ! わたしはねー、『ペットセメタリー』のラストシーンみたいな展開がいちばん苦手なのっ! ゾンビに食われるのがわかっていながら情に流されてバッドエンドなんて、不合理にも程があるでしょー!」


 なんという合理主義者……と光秀は別の意味で信奈に震えたが、嵐山をミニバンが突き進むごとに体調がさらに悪化してきて、突っ込みを入れる気力も失われてきた。


「だ、だいじょうぶですか明智さま? 現在、あだし野念仏寺の脇を通過中です。化野は、東の鳥辺野と並ぶ古い埋葬地で、あだし野念仏寺には8000体の無縁仏が……うう。官兵衛さんがオチを付けてくれないと、ただ怖い話をしているだけになっちゃいますね。くすんくすん」


「やーめーてーくーだーさーいーでーすう! 宇喜多先生、フルスロットルで参道入り口までお願いするですぅ!」


「……入り口に到着したらオレは寝るぜ。そして、もし異変があればお前たちを置き捨てて一人で逃走するからな。一刻も早くこの京都から脱出して秀家のもとに帰りてえのによ。やれやれだぜ」


 しかし、ここで――。

 愛宕神社へと急ぐ信奈たちは、ひとつ、大きなミスを犯していた。

 そう。

 参道に到着するためには、信奈たちは京都最怖の心霊スポット「清滝トンネル」を通過しなければならなかったのだ。

 清滝トンネル。正式名称は、清滝隧道。愛宕神社の参道入り口に辿り着くために府道137号線を走ると、必ずこのトンネルに遭遇する。

 全長約500メートル。車一台が通るので精一杯という狭いトンネルである。

 もともと、今回の京都心霊ツアーでのロケ先候補としても名前があがっていたトンネルだが、半兵衛官兵衛が「ここだけはやめましょう」「トンネル内に封じ込まれたらまずいぞ」と揃って清滝トンネルに悪い予感を覚え、また畏れ知らずの信奈も「トンネルはやめときましょ!」となぜか弱腰だったので、最終的にロケ地から除外された心霊スポットである。

 清滝トンネルには、かつて愛宕山鉄道の線路が通っていた。だが、愛宕山に展開されていたレジャー施設が世界恐慌や戦争のために廃れてことごとく消滅し、愛宕山鉄道が廃線となった今は、片側通行の寂しい車道となっている。

 チャンネル視聴者たちからも《京都の心霊ロケなら清滝トンネルしかないでしょ》と強く勧められたほどに、日頃から有名なスポットである。

 まして京都の陰陽少女が暗躍している今宵は、とりわけ危険だった。陰陽術を用いるにあたって、地の底の穴を潜る閉鎖空間にして現世と異界の境界となるトンネルは最適の場所なのである。


「あれ? おかしいわね。視聴者どものコメントが途切れちゃってる。配信は止まってないはずよね半兵衛?」


「はい、妙ですね。って、信奈さまっ? ぜぜぜ前方を! ああああああれは、ききき清滝トンネルです! 官兵衛さん救出を焦るあまり忘れていました! 愛宕神社へ向かうならば、そうでした、京都でもっとも危険な心霊スポットの清滝トンネルを通ることに……!」


「ひっ? 深夜のトンネルは、わたし苦手なのっ! へへへへ閉所恐怖症というほどでもないんだけれどぉ、息苦しくなっちゃって嫌いなの! 迂回できない、宇喜多先生?」


「……そうだなあ。左側に迂回路はあるが、ナビによるととんでもねえ急勾配急カーブの峠道だぜ。思いきり時間をロスしちまうな。明らかにトンネルを突っ切ったほうが速い」


「そりゃそうでしょうけど、ううう、深夜のトンネルはやーだー! 清滝トンネルって確か、無数の心霊エピソードがある場所じゃなかった? 十兵衛を人間の盾として突っ込ませる作戦も今は無理だしっ! 十兵衛ってばもうヘロヘロじゃん!」


「うぎぎぎぎ。信奈さまが十兵衛を酷使無双したせいですぅ」


「なんだか怪しいな。難路の迂回路を選んだら、それこそ滝夜叉姫の罠に落ちる気がするぜ。だいじょうぶ、全速力で走り抜ければすぐ出られるさ信奈。俺がついている」


「良晴がどれだけかっこいいことを言ってもトンネルだけは嫌いなのーっ、やだーっ!」


「時間とリスク、滝夜叉姫の罠が設置されている可能性を鑑みると……判断が難しいところだな織田信奈。こうしてみてはどうだろう。トンネルは片側車線だから、入り口に信号が設置されている。信号が赤ならば迂回し、青ならトンネルを直進しよう。それで最短時間ルートを走れることになるはずだ」


「委員長? なんという鉄面皮なの小早川隆景、あなたに人の心はないの? わたしがこれほどトンネルを怖がってるのにい! あああ、赤! 赤! 赤でありますように! って、青じゃーんっ!? 待ち時間ゼロ! トンネルを通るしかないじゃーん!」


「青だな、良晴」


「やれやれ。それじゃトンネルを通ろう。信奈がこれほどトンネル嫌いだとは知らなかったな。そもそも、神戸から有馬温泉に行く際にさんざんトンネルを通ってるじゃないか。長い長い六甲山のトンネルを」


「駄目なのは夜だけよ夜だけ! あと、山奥の心霊スポットトンネル限定よ! あああ。暗い~狭い~怖い~! い~や~! ぐすっ、ひぐっ……」


「お、織田信奈にも怖いものがあったのだな、意外だ」


「これは、日頃のツンデレ暴力ヒロインキャラとのギャップによるあざとかわいさを狙って票をゲットしようとしてるんじゃないのよ委員長! トンネルはほんとに駄目なの~! ぽんぽん痛~い!」


「……十兵衛は頭に続いて鼓膜が痛いです、車内で騒がないでほしいですぅ」


 スマホを構えていた竹中半兵衛が、トンネルに入る直前に「はっ?」と気づいた。


「清滝トンネルでもっとも多い怪談話は『白い服を着た女の幽霊が車のボンネットに落ちてくる』というものですが、『青信号が灯っている時にトンネルに入ってはならない』というルールもあるんです! 青信号は幽霊に誘われている証しだから、そのまま入ると必ず怪異現象に襲われます。ですから、いったん赤信号に切り替わるのを待って再び青信号が出てからトンネルに入らないといけないそうです……くすんくすん」


「いやあああ! 白い服を着た女の幽霊って、滝夜叉姫じゃーんっ! トンネル内であんなのがボンネットに落ちてきたら、わたし心臓発作で死んじゃう! 待って、待って宇喜多先生! 赤信号が出るまでいったん待って……いや、それは駄目! 待つとタイムロスするから、迂回路を進んで! あ、でも、迂回路にも怪談があるんだっけ半兵衛?」


「は、はい。迂回路の峠道には、なぜか真下に取り付けられたカーブミラーが実際にあるそうです。その奇妙なミラーを覗き込むと、自分が死ぬ時の姿が映るとか、あるいは映らなかった人はまもなく死ぬとか……」


「なにそれ? じゃあ、迂回路に進んだら死んじゃうじゃーんっ! トンネルも無理、迂回路も罠! そうだわ宇喜多先生、デロリアンみたいに車を飛ばして空を突っ走って! 未来には道路は必要ないのよー!」


「やれやれ、無茶言うな。もう遅い、トンネル突入だ」


「ひうっ? 暗い暗い暗い、狭い狭い狭い! 良晴、助けてえええええ! いやあああ!」


「……信奈。小早川さん。半兵衛。迂回路を通ろうがトンネルを通ろうが、どちらも強烈な心霊スポットだ。つまり滝夜叉姫は、両方のルートに罠を仕掛け……」


 ミニバンが深夜の清滝トンネルに突入し、およそ100メートルを走ったその時。

 ドンッ!


「ルーフになにか落ちてきたああああ! 凹んでる! 今川義元自慢の高級ミニバンのルーフが人型に凹んでるううう! きゃあああああ、助けて良晴~! 怖い怖い怖い、わたしの身体を抱きしめてっ!」


「うわあああああああ!? うわああああああ!?」


「って、あんたが怯えてどーすんのよーっ! お化けに怯えるかよわい彼女を助けなさいよー!」


「くすんくすんくすん。凄まじい霊気です。きゃっ? 手形が。窓という窓に、赤い人の手形が……ひうっ……も、も、も、漏れ」


「宇喜多先生! 前方! 人です、人影が! ブレーキを……!」


「おおっと? 急ブレーキで停止! やれやれだぜ委員長、お前は冷静で助かる。織田信奈なんぞただの心霊スポット怖いJKになっちまって、まったく口ほどにもねえ」


「違うわよ委員長! あれは人じゃなーいー! 出たのよ、出た出た出た~! 敵はルーフや窓をガンガンと掌で叩いてくるやつだけじゃない、前方の出口も塞がれたのよー!」


 ライトが照らし出した、道を塞いでいる人物は――黒田官兵衛だった。

 なぜか、頭に妙な護符を張られている。キョンシーかよ、と宇喜多直家が苦笑する。だが、笑い事ではなかった。肌は黒化しており、目は白眼。明らかにゾンビ状態だった。そして、その官兵衛の左右に、やはり体毛が黒化したねこたまと、そしてすねこすり。二体のご当地妖怪の成れの果てが浮かびあがっていた――。


『ふ、ふ、ふ。わが策、なれり。愛宕神社に呼び出せば、このトンネルを通ることになる。これで最後の駒もわが手に。あなたたちの負けです――キシャアアアアアアッ!』


「かかか官兵衛さんっ? すねこすりさんまで感染してしまっています? ねこたまさんがすねこすりさんを感染させ、すねこすりさんが官兵衛さんを感染させたんですね?」


「こちらの護符は有効なのか、竹中半兵衛?」


「駄目です委員長。このトンネル内では、わたしの術はすべて封じられています。トンネルから脱出しないと」


「やべえぞ。ルーフに乗った滝夜叉姫が窓ガラスを叩き割ろうと掌を執拗に打ち付けてくる! 俺たち全員が感染させられたら終わりだ。宇喜多先生、バックして脱出を!」


 ドンドンドン。バンバンバン。ミニバンの窓という窓に小さな赤い手形が無数に張り付けられていく中、宇喜多直家は「おいおい。こんなわけのわからねー怪異に巻き込まれて秀家に会えなくなるなんて冗談じゃねえぜ」と強引に背走を試みる。だが――。


「やーだー! トンネルの入り口にもなにか立ってるうううう! 蜘蛛丸と夜叉丸だわ! 夜叉丸、速っ!? 駄目じゃーん、前も後ろも塞がれちゃったじゃーんっ!? 車のルーフには滝夜叉姫! 詰んだわ! 地下に潜るしかないわ良晴! 今川家謹製のこの豪華ミニバンなら、地下を掘削して脱出するためのギミックが搭載されているはず……」


「の、信奈。そんなもの搭載されてないよ、アメコミ映画じゃあるまいし」


「ええええっ? じゃじゃじゃじゃあ、ここここうなったら、いいいい行くしかないわね、あやかし特攻持ちのわわわわたしが! ここここ腰が抜けてたたた立てないけれど、よよよ良晴、わわわわたしを抱っこして車外に! 二人羽織方式でたたたた戦うのよ!」


「むむむ無茶はよせ! バット一本でどうにかなる状況じゃないぞ? 数が多すぎるし、官兵衛をどうする? 額の護符をはがせば正気に戻るのか、半兵衛?」


「くすんくすん。官兵衛さんは強力な霊力を持っていますので、感染しただけでは操られません。護符さえはがせれば……で、ですが、このトンネルの結界内では私は術を使えず、どうにもできません」


 ガンッ!

 車体後部に蜘蛛丸と夜叉丸が飛びついてきて、破壊攻撃を開始した。

 とりわけ、鬼の夜叉丸の腕力は恐るべきものがある。


「うげえええ? 一撃で後部の防弾ガラスが割れたですううう! 信奈さま! 噛まれたら感染するです、お助けですうう!」

 鬼の腕が車内に入ってきた! と良晴が叫ぶ。


「なんだこの出鱈目な腕力は? まずいぞ、殴られたら命はない!」


「向こうからわたしの射程距離に入ってくるなんて、地獄に仏だわ! 良晴、わたしの腰を抱っこして支えて! 喰らえっあやかし特攻、ビッグフライノブナサーン!」


「の、信奈? わかった、俺がお前の身体を支えて攻撃から逃がすから頑張れ!」


 ゴンッ!

 信奈が容赦なく薙ぎ払った一撃を食らい、夜叉丸が腕を車外へ戻して一瞬怯む。

 夜叉丸の霊力に揺らぎが! やはり信奈さまに限り物理攻撃有効です――と半兵衛が判定した。


「き、きみはすごいな。腰が抜けているのに、なお戦うだなんて……さ、さすが織田信奈、恐ろしい闘争心だ……」


「わたししか有効攻撃持ちがいないんだから、しょうがないじゃんっ! 委員長たちは噛まれないように身を守るのよ! 宇喜多先生、こいつらが車内に入り込む前に急いでバックして! 官兵衛は幸い前方にいるから、跳ね飛ばさずに逃げられるわ! これで、コマンド-並みの活躍をしているわたしのアンケート票も上昇……配信トラブルは直ってる?」


「くすんくすん。コメント機能もアンケート機能もしばらく止まっていましたが、やっと動きはじめました」


 だが。

 再起動した信奈VS小早川隆景のアンケート票の集計結果に、異変が起きていた。

 信奈でもなく小早川隆景でもない。存在しなかったはずの第三の項目――「全員死亡」という項目に、一挙に大量の票が投下されたのである。


「なにっ? なにこれっ? 誰がいじったのっ?」


 一時止まっていたコメント欄にも、再び書き込みがはじまっていた。だが、それらの書き込みの内容は――。


《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《ゲームオーバーです、織田信奈》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《この勝負はあなたの負け。もう逃げられません。好奇心は身を滅ぼすのですよ》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》

《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》


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