第六話 首塚大明神-5

「十兵衛ちゃん、今すぐその場を離れろーっ! それは人間の頭じゃない! 角が生えているっ! 掘り当てたのは、鬼の頭だーーーーーっ!」


「ひええええええっ? 酒呑童子は千年も前に死んでるはずですう、おかしいですう、おかしいですう! とっくに頭蓋骨になっているはず……ひやあああああっ、土の中から出て来たあああああっ?」


《うわああああああああああああああ》

《鬼だあああああああああああ! 角が二本! 目は単眼! 身体は2メートル超え! 全身が筋肉質!》

《吼えたあああああああ! まるで二足歩行する野獣だああああああ!》

《俺が思い描いていた、まつろわぬ山の民の王・酒呑童子のイメージと違う! これは完全に妖怪変化だよ!》

《もう配信してる場合じゃねーだろ、明らかに全滅エンドじゃねえか》

《みんな、逃げてえええええええええ! ブラック部長の指示はこの際スルーしてえええええ!》


 視聴者たちが大混乱する中、信奈は半兵衛に「撮影続行、鬼を撮って!」と指示を飛ばすと、自らは巨大な鬼と対峙してバットを構えていた。お馴染みの、三振を恐れない魔神切りのフォームである。


「まずいぞ信奈、首塚の封印を破っちまった! しかも肝心の官兵衛はいない! くそっ、貴船神社と同じ手に二度も填まるなんて!」


「これでいいのよ良晴! キター! 出た出た出たーっ! ふっふーん。首塚から鬼が出てくることくらいわたしには最初からわかっていたわよ、滝夜叉姫の罠なんてお見通しっ! ついに見えてきたわ、視聴者数一億超えの夢の世界がーっ! 復活させて配信した上で捕獲してやるうう! これで良晴争奪戦はわたしの勝ちよ、委員長!」


「きみの言っていることが虚勢でも本音でも私は頭を抱えたいのだが、織田信奈……」


「くすんくすん。これは酒呑童子ではありません! 京の人々が畏れた概念としての異形の鬼が、あやかしとして実体化したものです! 恐らくは、滝夜叉丸が使役していた式神! 絶対に目を合わせてはいけません、精神を操られます!」

 鬼は獅子の如き咆哮を続けながら、天下布部京都チームの面々を追い回す。光秀が「お助けくださいですう」と神をも畏れぬ足技で柵を蹴り飛ばして、首塚から離脱する。だが、どういうわけか鬼は光秀を一目散に追いかけた。速い。見た目からは想像もできない速さで移動する。光秀はあっという間に追いつかれた。


「ひーん、ひーん。どうして十兵衛がまたしても餌役にされているですかっ? じゅじゅじゅ十兵衛はやせっぽちで美味しくないのですぅ、胸もお尻も太股もほっそいほっそい赤貧チルドレンなのですぅ。命ばかりはお助け~!」


「十兵衛ちゃんがどうして狙われているんだっ? 小早川さん、信奈、十兵衛ちゃんに加勢だ!」


「ヘンね。まだ囮になりなさいとは言っていないのに、どうしてかしら? ともあれこの鬼こそは幽霊とかそういう存在じゃなくて、明らかに生物! 恐らくゾンビウィルスに感染した死体だわ! 故に、物理攻撃有効っ! ムーンショット攻撃、行くわよー!」

「お、織田信奈。ま、待て。無謀だ。遠隔距離から攻撃して足止めを。うう、まさかこんんなものに遭遇するだなんて。弓を持ってくるべきだった」


「明智さま、その距離では爪で引き裂かれてしまいます! 鬼の胴体に抱きついて間合いを詰めてください! その隙に護符を飛ばします! 鬼の目に護符が張り付いたら一瞬だけ力が抜けますから、投げ飛ばしてくださいっ! 急急如律令!」


 半兵衛が、呪を唱えながら夜空へと護符を放り投げた。

 護符は加速し、まっすぐに鬼の単眼を塞ぐ。

 顔面蒼白となった光秀は「もうヤケクソですううう! 鬼と相撲を取らされるJKなんて、世界広しといえども十兵衛だけなのですうう。ひいいいいん!」と泣きながら、爪を振り下ろしてきた鬼の攻撃を前進・密着することによって避け、そのまま鬼の胴体をがっぷりと両腕で掴んでいた。護符で目を塞がれた鬼の身体の力が、がくん、と抜けた。


「うっちゃってやるです、うりゃああああああああ!」


「あっ、十兵衛待って! そっちにぶん投げたら鬼の身体が森の奥に……バットで物理攻撃を加えて捕縛しなくちゃいけないのにーっ! 撮影に成功しても、捕縛できなければエンタメ番組としてのレベルがガタ落ちでしょっ!」


「だーっ! 待てるかあ、ですうううう! 十兵衛は自分の命のほうが惜しいですう、信奈さまの命令に逆らわせていただきますです! でやああ!」


《鬼を、投げたあああああああ!》

《鬼の巨体が、雑木林の中へと飛んでいったあああ!?》

《つ、つよい……!》

《これが火事場の馬鹿力なのか。脳のリミッターが振り切れている》

《明智光秀ちゃん最強ッ! 明智光秀ちゃん最強ッ!》

《鬼と相撲を取って勝ったJKとして、未来永劫伝説になったよ!》

《俺たちはいったい、なにを見せられているんだ》

《もしかして怒らせたらいちばん怖い部員って、十兵衛ちゃんじゃね?》

《そもそも、鬼の爪から逃げずに胴体にタックル決めてる時点でメンタルがおかしいだろ》

《これって心霊番組だっけ? 異種格闘技戦の中継になってね?》

《UFCのヘビー級相手でも、ノールールの殺し合いなら勝てそうだな》


「ひいひい。ぜえぜえ。なんとか即死は免れたです。でも、鬼が起き上がってきたらまーた十兵衛を狙ってくるに違いないのです。絶体絶命の危機は継続中なのですう!」


「くすんくすん。護符の力に縛られている隙を衝かれて投げられましたので、鬼はしばし起きてきません。これで時間を稼げました。今のうちに脱出しましょう、良晴さん」


「あ、ああ。信奈がゴネたら無理矢理連れて行くよ。小早川さんは、先にミニバンへ」


「いや、単独行動はかえって危ない。鬼の移動速度は異様だ。全員で撤退しよう良晴」


 信奈は「あーっ、投げちゃったあーっ! まだよ、まだ攻撃チャンスは終わってない! 倒れ込んでいるところに物理攻撃を入れて捕獲しなくちゃっ!」と追撃を試みるが、その信奈のスマホに官兵衛の番号から突然電話がかかってきた。


「って、滝夜叉姫ねっ? ちょっとあんた、播磨はどこなのよーっ? 老ノ坂を探し歩いたけど、いないじゃんっ! 昨日の蜘蛛に続いて今夜は鬼が出てくるしい!」


『ええ、そうそう。黒田官兵衛の居場所を間違えて伝えてしまいました、くすくす。申し訳ありません。織田信奈、あなたにはお詫びを言わねばなりませんね』


「詫びなんて要らないから投げ銭をよこしなさいよ! 配信を観てるでしょ、あんた!」


『貴船神社で丑の刻参りを完遂し鬼女となった滝夜叉姫は、蜘蛛丸と夜叉丸という二体の式神を手に入れて朝廷への復讐を果たすべく活躍していたのですよ。蜘蛛丸は昨日見ましたよね? 残る夜叉丸とは、そう、あなた方がたった今掘り起こした鬼の式神です――』


「なんですって? じゃ、あんたはたった今、二体の式神を取り戻して完全体の滝夜叉姫になったということ?」


『私一人の力では、かつて安倍晴明が施した蜘蛛丸と夜叉丸の封印を破るのは困難でした。そこで、「件」を用いて好奇心旺盛なあなたを京都におびき寄せ、あなたの力をお借りしたというわけです』


「はーん。つまり官兵衛と半兵衛。わたしの忠実なパシリ……じゃなかった、天下布部部員二人の陰陽少女の力をわがものにしようとしたわけね? 官兵衛は完全にあんたの手中に落ちてねこたまもあんたの使い魔にされちゃったし、半兵衛もすねこすりを奪われて力を半分奪われている。そーゆーことだったのね?」


『いいえ、少し違います。半兵衛官兵衛のお二人の陰陽少女としての力が邪魔になるので無力化を試みてきたことは確かですが、私が必要としているものは、織田信奈さま。あなたご自身のお力です』


「はあ? わたしに霊力とかそーゆー中二病的な能力はないから! なに言ってるのよ?」


『ご謙遜を。あなたは、この世界の器そのものですよ? 相良義陽の戦国世界の仲間たちへの想念がこの世界を形作り、あなたがこの世界を誕生させる最初の器となり、相良良晴がその世界を観測し、こうして現実の世界となった――すべて私は知っているのです』


 視聴者たちが《滝夜叉姫の声が聞こえてこないぞ、配信トラブル発生か?》《鬼と相撲してる時点で現場は大混乱だ、しゃーない》《肝心の犯人による謎解き台詞が聞けないだなんてモヤる~》と困惑する中、滝夜叉姫は語り続けた。


「どうしてそのことを? 松永先生が茶器を操ったあの事件の時に、戦国世界の記憶が? あんたも戦国世界の住人だったの? 平安時代の人間でしょ、滝夜叉姫って?」


『戦国世界の記憶はすぐに夢のような淡いものになってしまいましたが、問題ありません。私にはなすべき使命があるのだ、という真実を知ってしまいましたから』


「使命? 使命ってなに? なんのことよ? 播磨はどこ?」


『あなたご自身はただの女子高生として生きる道を選ばれたお方故、意識して自らその器としての力を使役することはできませんが、あなたの力はあらゆる術士の封印を破ることができるのです。怪異現象を追い求めて中継するあなたが京にいることで、わたしはあなたの強大な力をお借りしてあらゆるものの封印を解除できました。最高レベルの封印を施されていた夜叉丸だけは、あなたご自身に封印を解いてもらわねばなりませんでしたが。しかも、ついに魔界への扉も開きました』


「……魔界への扉……それって、そもそもなんのことなの? 大蜘蛛とも鬼ゾンビとも関係ないとすれば、いったい……?」


『残念ながら、あなた方が直接訪問したスポットではないのです。霊力が強いあなたのご友人が自らも知らぬうちに封印を破る手助け役を務めておりますが、特定は困難でしょう。ふふふ。あなた方が京都チームの外部と連絡を取ることは、わが力で封じておりますので』


「ちょっとっ? そいつは誰なのよ、誰っ?」


『滝夜叉姫の二体の式神と魔界の扉。さて、私が必要としているものはあとひとつだけございます。それこそが、魔界と現世を繋げるために欠かせない最後の駒なのです。もう、あなたは二体の式神を手に入れた私には抗えません。蝦蟇たちがあなたたちを常に監視し、私は蜘蛛丸に乗ってあなた方のミニバンよりも高速移動できる。故に、あなたが私から先手を奪うチャンスはありません。そろそろ降伏しませんか?』


「……わかったわ。現実主義者のわたしにはもう、なにがどうなっているのかまるで理解できないし、大蜘蛛とか鬼ゾンビが怪異なんだったら、わたしのバットなんて通用しないものね。ただし条件があるわ。播磨を無事に返してちょうだい。播磨を返してくれれば、以後はあんたに手出ししない。魔界との接続でもなんでも好きにしなさい」


『了解しました。黒田官兵衛は愛宕山の愛宕神社におります。むろん無傷ですよ。官兵衛の使い魔だったねこたまから彼女には呪を感染させられませんので、ご安心を』


「ふうん。播磨はねこたまに免疫があるのね?」


『ご名答。あなた方全員が愛宕神社まで来てくだされば、官兵衛も使い魔もお返しします。そうそう。なにをするか予測がつかない奸悪無限の宇喜多先生は、同行せずとも結構ですよ』


「ふーん。最後の駒とやらを手に入れるために、わたしたちともう一度会う必要があるということね? わかった、行くわ。最後の駒がなんだか知らないけど、播磨と交換しましょう。好きになさい」


『それでは、桂川を渡って清滝まで車でお越しください。清滝の参道入り口から愛宕神社まではおよそ4キロほど山を登ることになります。ふふふ、これで私の完全勝利ですね織田信奈さま――わが悲願、ここになれり』


「必ず行くから播磨には傷ひとつつけるんじゃないわよ、いいわね?」


『ええ。承知しております。それでは、お待ちしておりますね――』


 えっ、信奈が降伏した? そこまで信奈は官兵衛のことを友として――と良晴は驚きながらも信奈の友情に感動した。しかし。

 視聴者たちが、滝夜叉姫の言葉を聞き取れずに置いてけぼりを喰らっている中、滝夜叉姫との通話を切った瞬間に信奈は掌をくるりと返していた。


「プギャー! わたしが降伏なんてするわけないじゃーん! 騙されてやんのー! 愛宕神社に乗り込んで播磨を奪回するために嘘降参しただけよ! 愛宕神社へ急ぐわよ、みんな! 次こそ全員とっ捕まえてやるんだからーっ!」


「って信奈? この期に及んでまだ抵抗を? 官兵衛が危ないだろ?」


「だいじょうぶ良晴、勝算が見えたのよ! わたしにはなんだかよくわからないけど物理法則を越えた力があると、滝夜叉姫は言ったわ! それがほんとうなら、わたしの金属バットによる物理攻撃は大蜘蛛とかゾンビにも有効のはず! つまり、逃げ回るターンは終わり! いよいよわたしの無双タイムがはじまるのよ! 『信奈無双』が!」


「おいおい信奈。現実主義を貫けよ、都合のいい時だけトンデモ理論を信じるな」


「わたしが有利でありさえすれば、なんでもいいのよ! 滝夜叉姫は式神二体を再生させたことに浮かれてぺらぺらと口を滑らせすぎたのよ。この世界では、私の物理バット攻撃はあやかし特攻の無双チート攻撃だと確定したわ! だったら行くしかないっしょ!」


 信奈は「うげげ。鬼にくっついたせいか、吐き気が……祟られそうですう」と地面に手を突いて蹲っていた光秀の肩を担ぐと、


「播磨は滝夜叉姫と一緒に愛宕神社にいるわ! 愛宕山へ総攻撃をかけるわよ! 十兵衛がぶん投げた鬼を探したいところだけれど、もう気配が消えちゃってる! きっと愛宕山へ向かったんだわ。合流される前に先回りしなきゃ。急いで!」


 と疲労困憊した天下布部の面々を鼓舞し、半兵衛と小早川隆景は「もしかして、みたび同じ罠に填まっているだけではないでしょうか」「罠から逃げようが恐らく結果は同じだ。前に進むしかない」と顔を見合わせていた。


「なあ信奈。京都に陣取った滝夜叉姫は強い。半兵衛の術でも抑えきれないんだぞ。俺たちに抵抗する力がないのは言うまでもない。お前自身が最前線で闘うことになるんだぞ? ほんとうにあんなあやかしたちと戦うつもりなのか。そこまでして官兵衛を……」


「当然よ、播磨は見捨てられないもの。それに――見て見て良晴、この視聴者数をおおおおおおお! 嘘~、やだ~、どうしよおおおおお~? ほらほら! 十兵衛が鬼と相撲を取った動画が全世界に拡散されてバズってるうううう! わたしたちの結婚資金はばっちりよ! 桃太郎の童話通り、鬼ヶ島は宝の山なのよー! あとは本体を捕獲して、フェイク動画だといちゃもん付ける面々を敗走させるだけ! 今さら引けないっしょ!」


「……やっぱり、そういうことかああああ!」


「くすんくすん。最近の童話では、桃太郎さんは鬼ヶ島で鬼さんと話し合って仲良くなるそうですが、信奈さまを見ていると教育的に正しい改変だったような気がしてきました。でも、どうして滝夜叉姫を名乗っているお方が、戦国世界の記憶を? 妙ですね委員長」


「彼女が京都を管轄する陰陽少女なのは確かだが、滝夜叉姫は自称なのかもしれない」


「だとすれば自力で滝夜叉姫の式神の封印を解けない理由は説明できますが、そもそもなんのために蜘蛛丸と夜叉丸が必要なのかがわからなくなりますね」


「うん、それに『件』が予言して滝夜叉姫が開いた魔界の扉とはいったい? そもそも、それはどこにあるのだろう。愛宕山が魔界の扉なのだろうか?」


「既に開いたと言っていましたが、どこへ繋がっている扉なのでしょうね?」


「なにもかも、まるでわからないな。彼女の真の目的はなんだろう? 謎だらけだ」


「そんなこと、どうでもいいですう! 十兵衛はもう限界なのですぅ~。寝室に寝れば金縛りに遭って幽霊に憑かれ、夜中の神社で

鬼と相撲を取らされ……滅茶苦茶な目に遭いっぱなしなのですぅ~! さっさと滝夜叉姫をとっ捕まえて解決(物理)するですう!」

 かくして天下布部京都チームは、愛宕山の山頂近くに聳える愛宕神社へと急行することとなった。

 だが――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る