第六話 首塚大明神-4

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「くすんくすん。カメラマン役に戻りました竹中半兵衛です。時刻は午前零時に迫っています。天下布部京都チームは、ついに首塚大明神に到着いたしました。この鳥居の向こうの山道を登っていけば、日本最強の鬼・酒呑童子の首塚を祀っている本殿です。恐らくは、本殿に官兵衛さんが捕らわれていると思われます――」


「この鳥居の下で写真を撮ると、必ず心霊写真が撮れると言いますよ信奈さま。どーせ首塚目指して鳥居を通るんですから、記念に一枚撮影していくですぅ」


「そーなの十兵衛? それじゃ十兵衛がさっそく鳥居の下に立ってピースサインしてみて! わたしが撮影してあげるっ!」


「そんなあ? 墓穴を掘ってしまったですう。ひーん、ひーん」


「はい、撮影終了! 確認は後ね! 山道を登るわよー! 播磨、待ってなさい!」


「ちょ。信奈さま、早くオチを付けてくださいです! 気持ち悪くて仕方ねえです!」


「良晴。山道の脇に妙な大木が。縦に割けて、中身が空っぽになっている。なんだろう、これは?」


「小早川さん。これは……雷が落ちて引き裂かれたみたいだな。この巨木って、まさか神社のご神木じゃ……」


「……うう。悪い予感がする。う、腕を組んで行こう、良晴」


《なんだよこの木は。鬼の首塚に、雷に焼かれたご神木って……怖すぎるだろ》

《中から、なにが出て来てもおかしくない》

《部長の歩みが早すぎる。さっきのMVPスイングでゾーンに入ったな》


「ちょっと、そこー! 木に雷が落ちるくらい、よくあることでしょっ? くっつかないの! さすが委員長、あざとい委員長あざとい! ほらほら、本殿が見えてきたわよ! 播磨~! 本殿の中に放り込まれているんでしょ~? 今、救出してあげるからね~! 半兵衛、部員を救いだす終身名誉部長の勇姿をばっちり撮影していてね!」


「ま、待ってください信奈さま。官兵衛さんが本殿にいることを確認するまでは、接近しないでください。危険です」


「危険を冒してこそのアメリカンヒーローでしょ? 高潔な精神! 多少のやらかし! 適度な財力! 口を開くと素直じゃない毒舌! わたしってアメコミ映画で主演張れる逸材よね? 視聴者のみんなー、わたしに清き一票を!」


「あのう。信奈さまは日本在住の日本人です。せめてJホラーを目指しましょう、くすん」

「えー? 呪われて悲鳴を上げながら死ぬ役も、呪いをかける幽霊女役も、やーだー!」


 螺旋状の山道を登り切り、いくつかの鳥居を潜り抜けた先に、小さな本殿があった。

 バットを構えた信奈は「人間の盾」光秀と撮影係の半兵衛を引き連れて、颯爽と本殿の正面まで突入した、のだが――。


「ええっ? 播磨がいないわよ? 賽銭箱の中……にもいないわね。どういうことっ? ここにいないとすると、老ノ坂に残るめぼしい候補地は……老ノ坂トンネル……やだやだ、深夜の心霊トンネルだけはやだ! この首塚に違いないのよ、みんな急いで捜索して!」


「信奈さま。本殿の真裏に、酒呑童子の首を埋めた首塚があるそうです。くすん」


「了解したわ半兵衛。みんな、裏に回るわよ!」


「あっ、ちょっと待ってください。ほんとうに鬼の首が埋まっているならば危なすぎます……ううう、ゾーンに入り込んだ信奈さまは誰にも止められません」


「織田信奈、待て! 悪い予感がする! この首塚大明神にわれらをおびき寄せるための罠に、またしても填まっているのかもしれない!」


「なにを言ってるのよ委員長。この終身名誉部長の織田信奈さまが、昨夜に続いて同じ手でまーた一杯食わされるだなんて、そんなはずは……あった! 本殿の裏に木の柵が! 中身は盛り土よ!」


 いわくありげな木の柵の中に、意味ありげな盛り土。しかし良晴にとってなによりも気がかりなのは、木の柵のすぐ横に蛙の置物が六体も配置されていることだった。

 思えば京で怪異と出会うごとに、蝦蟇に遭遇してきた気がする。あの蝦蟇は、滝夜叉姫の使い魔なのだという。そして今、置物とはいえ、鬼の首塚を蛙が見張っている――。


「の、信奈、慎重に行こう。蛙の置物が見張っているこの盛り土は間違いなく、首塚だ。きっと本殿はこの盛り土を祀るために後から建てられたんだ。官兵衛が土の下にいるかどうか、まず確認を……って、どうすればいいんだ?」


「相良先輩、ほんとに埋まってたら今頃身体がヒエヒエなのですう。急いだほうがいいですう。あ、でも、案外土の中って温かいという話も……さすがの十兵衛も土中野宿の経験はないので、わからないですう~」


「見て、忍者が水遁の術の際に使う竹筒が土から伸びてる! 官兵衛はこの土の下だわ!」


「くすんくすん。官兵衛さんの『気』を探知したいのですが、この首塚には強力な霊力が……ノイズが多すぎて探知できません。官兵衛さん、聞こえますか~? 返事をしてください、くすん」


「お腹をすかせて失神してるのかもしれないじゃない、半兵衛? やっぱり急いで掘り起こさなきゃ! みんな、柵を跳び越えて掘りに行くわよー!」


「みみみみミミズとかもももモグラとかせせせ線虫とかいっぱい出て来そうでまさに悪夢ですが、お助けいたします官兵衛どの!」


《どう思う? またしても罠じゃね? 部長って意外と部員思いだから……》

《播磨ちゃんが土の中に埋まってても充分怖いよ!》

《六匹の蛙の置物はなんなんだよ。いたずらなのか、それとも滝夜叉姫が置いた罠なのか?》

《部長、落ち着いて-! 首塚を掘り起こす時点で祟られるだろ!?》

《そうだよ。酒呑童子の封印を解くことになるんじゃね? やばくね?》

《京に入れられずに丹波との国境に首を埋めたってことは、つまり酒呑童子の首って、京と外界の境に配置した封印――結界を張るための要石みたいなものだよな?》

《京で魔界の扉を開いてうんぬんという「件」の予言通りに、事態が進行している気がする》

《またしても部長が一杯食わされるほうに、一票ッ!》


 ゲコッ。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ……。

 信奈たちが柵を越えて盛り土を掘りはじめるとほぼ同時に、置物だったはずの蛙たちが一斉に生きたほんものの蝦蟇へと変化し、鳴きだした。


「えーっ? どういうこと半兵衛っ? こいつら、まさか岩蛙という謎の生命体だったのかしらっ?」


「くすんくすん。まるでなにかを召喚しているような共鳴合唱です。物理的に土を掘るのは中止しましょう信奈さま。酒呑童子の首

結界を破壊してしまいます。首を起こさないで官兵衛さんを救出する方法を考えますので、しばしの時間を……」


「すみませんですう、既に十兵衛がガッツリと掘りまくっちゃったですぅ。てへ? シャベルがなにかに突き当たったですよ、掘り当てたーっ! もしや官兵衛どのの頭ですかっ? 間違いないです、これは人間の頭……」


「十兵衛ちゃん、今すぐその場を離れろーっ! それは人間の頭じゃない! 角が生えているっ! 掘り当てたのは、鬼の頭だーーーーーっ!」


「ひええええええっ? 酒呑童子は千年も前に死んでるはずですう、おかしいですう、おかしいですう! とっくに頭蓋骨になっているはず……ひやあああああっ、土の中から出て来たあああああっ?」

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