第六話 首塚大明神-3
慎重を期しながら信奈たちが二階に上り終えると同時に。
ドンッ!
一階の入り口付近から、扉が閉められたかのような轟音が響いてきた。
「いきなり空気の流れが止まりました。この管理棟は今、密室状態に……くすんくすん」
「えーっ? まさかわたしたち、閉じ込められたあっ? もしかして、ニセモノのお札をはがしておけばよかったんじゃん!?」
「ニセモノに見せかけた精巧なほんものだったのかもしれません。裏をかかれました。すみません、すみません」
「おかしい。この建物に扉などなかったはずだが……窓もガラスが割れて開きっぱなしのはず」
「それが、窓枠に手を当てると見えない壁に突き当たるんだ、小早川さん。もしかして、管理棟全体に結界を張られたんじゃないかな?」
「うげげげ。なんだかどんどん具合が悪くなってきたですう! 信奈さま、もう立っていられないですう~」
「十兵衛、心霊リアクション芸人はもういいから! 戦闘準備よー!」
「リアクション芸じゃないですう! って、ギャーッ! 出た出た出たですう!」
《部長、後ろ後ろー》
《うわあああああああ》
《人魂だああああああああああああ》
《いや、なんかちょっと違うぞ!? 猫の人魂? いずれにしても……出たあああああ!》
《やっぱり管理棟は罠だったのかあああああ》
いきなり信奈たちの背後に、青白く光る何者かが出現していた。
良晴は、その浮遊するあやかしに、見覚えがあった。
「お前は、ねこたまじゃないか!? 官兵衛のお付きのご当地妖怪だろっ? なにをやってるんだよ、こんなところで? 今までどこにいたんだっ?」
「良晴さん! いつものねこたまさんとは違います! 体毛が黒化していますし、口からは鋭い牙が……これは……蜘蛛丸同様、滝夜叉姫の呪によって支配されています!」
「な、なんだって!?」
「キシャアアアアアアア!」
「ぎゃあーっ? 出たです、出やがったですうううう! 命ばかりはお助けですう!」
「あーんもう、ねこたまを金属バットで殴ったらわたしのイメージが地に落ちるじゃんっ! ネット民は猫派だらけなのよーっ! 聖水をかけるとか護符を貼るとか、なにか手はないのっ?」
「滝夜叉姫の結界内では困難です……恐らく、強い呪を感染させるタイプの術に落ちています! 官兵衛さんの力を完全に封じられたために、ねこたまさんは術に抵抗できなくなったのでしょう。わたしたちも、今の黒化したねこたまさんに噛まれたら感染します!」
「さーいーあーくー! 駄目よ。旅に出るたびに必ずご当地キティちゃんグッズを集めるほど猫好きのわたしは、かわいい猫を相手に攻撃はできない! たとえもう死んでいる猫の幽霊・ねこたまが相手でも、むーりー! こんな負け方、古代エジプト軍以来だわー!」
「ご当地妖怪は集団幻覚じゃなかったのかよ信奈? まったくもう、猫に弱いなあ!」
《古代エジプト軍ってなんだよ?》
《古代エジプト人は、猫を神の使いとして溺愛していたのだ。ライバルのペルシア軍は一計を案じ、猫を盾に縛り付けて戦い、抵抗できないエジプト軍を蹴散らしたという》
《なにーっ? し、知っているのか雷電?》
《それ、民明書房じゃなくてガチな歴史蘊蓄なのか?》
《なにしろ古代エジプトの法律では、猫を殺したら死刑だったからな》
《お前らそれどころじゃないだろwwww 天下布部チームが全滅するぞwww》
《噛まれたら感染って。突然ゾンビ映画にジャンルが変わったぞ。どうすりゃいいんだ》
《脱出だー! なんとかして結界を破ってくれー!》
信奈たちは完全に進退窮まった。
だが、視聴者たちのコメントがここで頼りになった。
小早川隆景が、からくもコメントから脱出方法のヒントを拾い上げたのだ。
《一階に戻ってお札をはがせ! あれで建物を封印してるに違いない!》
これだ。今はこれを試すしかないと小早川隆景は閃き、半兵衛にすかさず耳打ちした。
「は、はい! 良晴さん、信奈さま。お札を全部はがしましょう! 一階へ退避します!」
封印を解除しての脱出、なるか。それとも全員感染してバッドエンドか。
「一枚も見落としてはなりません。視界から隠されているお札は、私が察知します――ほんものなのであれば、必ず感知できます」
半兵衛の陰陽少女としての技術が、最後の希望となった。
「良晴さん、そこの崩れた本棚の下に一枚! 小早川さま、手前の畳の裏に一枚! 明智さまは、餌役としてねこたまさんを足止めしてください! 信奈さまは……バットを振り回して、出口を塞いでいる結界に物理的ダメージを与え続けてください!」
《この土壇場で、半兵衛ちゃんが覚醒したー!》
《ま、まるでニュータイプだ……》
《次々と、隠し札の位置を探知してみせている! 日本一の陰陽師だ! こんなにすごかったっけ?》
《播磨ちゃんがいる時は、気を遣って能力を目立たせないようにしているのかもな……》
《下手したら存在自体がデバフだと播磨ちゃんに気づかせるんじゃないぞ、お前ら》
「わかった半兵衛! ほんとうにあった! 見えている分のお札がすべてではなかったのか!」
「良晴、見えている分はむしろ目くらましなのだろう。半兵衛まで滝夜叉姫の手に堕ちていれば、われらは全滅だった」
「ひーん、ひーん。半兵衛どのにも囮としてこき使われているなんて、十兵衛は日本一不幸な少女なのですう」
「はーん。見えない結界にどうして物理攻撃が通るのかわからないけれど、荒ぶるならわたしに任せなさいっ! ビッグフライ、ノブナサーン! 喰らえ、必殺のバレルゾーンへと打球を飛ばすMLB仕込みのムーンショット!」
先日の野球決戦で危うく戦犯になりかけた信奈は、「汚名返上の打席よ!」と廃屋一階の出口めがけてフルスイングを敢行。一発、二発、三発と命中させていくうちに、見えない結界がひび割れ、そして砕け散っていた。
《MVP! MVP! MVP!》
《MVP! MVP! MVP!》
《MVP! MVP! MVP!》
視聴者たちが信奈にMVPコールを送る中。
「今です、脱出します! 直ちに宇喜多先生のミニバンへ! わたしはねこたまさんを足止めするために、護符で出口を塞ぎ直します!」
「どーもどーも。首塚大明神へ急ぐわよー! 播磨の居場所はそこよ! みんな、チャンネルはそのままね! 衝撃の大団円はこの後すぐ!」
「はあ、はあ。もう息が……この状況でも視聴者への実況を忘れないとは、織田信奈、さすがだなきみは」
「あーそうだわ! 今は誰がスマホで撮影しているのー? ちゃんとわたしのムーンショットを配信したんでしょーね?」
「ひーん、ひーん。この十兵衛がねこたまから逃げながら決死の撮影を敢行していたですう。ブレブレでうまく映ってないですう」
「なんですってえ!? NHKスペシャル映像の世紀に売りつけるはずの決定的シーンがブレブレぇ? 時給をカットするわよ十兵衛!」
「よく逃げ切った十兵衛ちゃん。みんな、早く車内に! ねこたまを振り切るぞ!」
信奈たちを収容したミニバンが、ただちに出発。
目指すはこの山道の終着点――首塚大明神である。
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