第六話 首塚大明神-2
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京都心霊ツアー三日目、深夜。
国道九号線。老ノ坂へ向かうミニバン車内。
「くすんくすん。夕食と作戦会議を終えた私たち天下布部京都チームは、今、官兵衛さんを確保するべく老ノ坂へ向かっています。信奈さま、ババ抜きをしている場合ではありませーん!」
「半兵衛はわかってないわねー。戦がはじまる前から緊張していたら持たないわよ? れにしてもババ抜きが終わらないわね……やっぱりおかしいでしょ、この土地……」
「ババ抜きが終わらないのは、滝夜叉姫が京都に結界でも張ってる影響じゃないか、信奈。漠然としていて悪いが、どうも俺たちは先に進めなくなっているというか……」
「な、なにそれ、怖いからやめてよねー。車はちゃんと進んでるでしょ良晴? 一応老ノ坂について教えて、半兵衛」
「くすんくすん。信奈さま。老ノ坂は古くから京と丹波との境界でして、魔や盗賊、鬼などの異形のものが京に侵入する四境のひとつでした。ですから、いにしえの京の陰陽師は老ノ坂で四境祭を行っていたそうです。平安時代最大の鬼・酒呑童子も、老ノ坂の大江山を根城にしていたという説もあるんです」
「はて、半兵衛どの。酒呑童子が籠もる大江山って、もっとずっと遠くではなかったですか? 丹後の福知山とか言う、京都とは名ばかりの陸の秘境みたいな場所だったような」
「はい。確かに丹後の大江山は土蜘蛛や鬼といった、朝廷にまつろわぬ勢力の本拠地のひとつでした。ですが、老ノ坂峠がある大枝山もかつては大江山と呼ばれておりまして、こちらも酒呑童子の根城だったそうです。つまり、丹後の大江山に本拠を持っていた酒呑童子ですが、京を襲撃する際の前線拠点としていた老ノ坂・大枝山で討伐軍に討たれた可能性が」
いずれにせよ酒呑童子の首を取った源頼光が老ノ坂を通ったことは確実です、なぜなら老ノ坂に童子の首を埋めた「首塚大明神」がありますので、と半兵衛は光秀に告げた。
「首塚大明神……おっかねえ名前なのですう」
「十兵衛。視聴者のたれ込みによれば、京都十大心霊スポットのうち、老ノ坂にある三つのスポットのひとつが酒呑童子の首を埋めた首塚大明神だって! 鳥居の下で確実に心霊写真が撮れるらしいわよ。あと二つは、女の幽霊が出没する老ノ坂トンネル近くのバス停と、国道九号線から外れて首塚大明神へ向かう脇道に放置されている廃モーテルだそうよ!」
鬼の首が埋まっている神社。古びたトンネル。山奥の廃墟。よくばり三点セットだなあーははは! と官兵衛がいたら笑うだろうなあ、と良晴は胸を痛めた。
だいじょうぶ、官兵衛が滝夜叉姫に危害を加えられる可能性はない、少なくともわれらがゲームに敗れるまではと小早川隆景は保証するが、チームの全員が「罠に落ちた」後のことは誰にもわからない。
「ぐげげ。まさか、今からその三箇所すべてを捜索しないといけないですか? 悪夢ですう~!」
「と、とにかく老ノ坂は京の戦史に深く関わっています。源頼光が酒呑童子を討った際に通った峠道であり、源義経が平家を打つべく一ノ谷の合戦場へ向かう際に通った道でもあり、亀山で鎌倉幕府に反旗を翻した足利尊氏が京の六波羅探題へと攻め入るために通った道でもあり――」
「なるほど半兵衛。奇襲をかけるのに最適な山道というわけだな。京と丹波亀山は、一見山で隔てられて遠いように見えるけれど、実は老ノ坂を越えれば意外と近いから……」
「そうです良晴さん。戦国時代には、かの明智光秀が本拠地の亀山から兵を起こし、京の本能寺に織田信長を討つと告げた因縁の地もまた、老ノ坂だそうです。くすん……あっ? すすすみません、明智光秀さんネタは禁忌でしたね!」
ひぐっ? と光秀が「本能寺」という言葉に激しく反応した。
「ま、また急に頭痛が……違うです、十兵衛は本能寺の変とか起こしてないのですう!」
「同姓同名の見知らぬおっさんの話にそこまで反応しなくていいでしょ十兵衛。あんたはナーバスすぎるのよ、しっかりしなさいってば。ケツバットで喝を入れてあげよっか?」
「遠慮しますぅ信奈さま!」
天下布部京都チームを乗せたミニバンは、深夜の国道九号線を突っ走り、老ノ坂トンネル付近へと到着。「生贄一号行くですう!」と頭に懐中電灯を刺した光秀を先頭にさっそくバス停付近を捜索したが、官兵衛の姿はない。
ただ、闇の中で蝦蟇が合唱する声が耳障りだった。
「ハズレだわ。まあ、三つあるスポットのうち、最初に到着するスポットが当たりのわけがないわよねー」
「……うげげ。夏なのにクッソ寒いですぅ。先輩、暖めてくださいですぅ」
「織田信奈。本命はやはり鬼の首が埋まっている首塚大明神だろう。脇の山道に入り、首塚へ向かおう」
「了解よ、委員長。ところで廃モーテルはどうするの?」
「首塚へ向かう山道の途中にある。い、一応は私有地なので、無断で入ってはいけないはずだが……」
「でもでも、モーテルの建物がばっちり残ってるのよね? 廃墟ってやつっしょ? 首塚よりもそっちのほうが当たりのような気がしてきたわね! 思いっきり人質を椅子に座らせて監禁しているパターンじゃーん!」
「……どのみち通るから、捜索する必要はあるが……建物内への侵入は危険だ、手短に済ませよう」
「だいじょうぶだいじょうぶ! わたしにはこの金属バットがあるから! 昨夜は混乱したけれど、対大蜘蛛格闘戦のシミュレートはばっちりよ! みんな、播磨を救いだすのよー! おおおー!」
「おいおい信奈。蜘蛛丸は相手にしちゃ駄目だ。打ち合わせ通りに、官兵衛をさくっと救出したら即脱出だぜ? 戦うなよ? 戦うなよ?」
《相良良晴、それはダチョウ倶楽部フラグだぞ、やめろー》
《なんだか、すべてが滝夜叉姫の思う壺という気がしてならないな》
《部長ちゃん、逃げてー》
《播磨ちゃんを救うためだ、しゃーない》
視聴者たちが震えあがる中、天下布部京都チームは再びミニバンに乗り、国道を外れて首塚大明神へと向かう左の山道へと入っていた――。
坂道を登ること数分。モーテル名が記された煤けた行燈を、山肌に発見。
その行燈を越えた先に、かつてモーテルとして経営されていた廃墟が立ち並んでいた。
「やだ、数が多いっ!? そっか。モーテルってこういう構造だったのね。全員、バラバラに捜索する? それとも安全を期して固まって播磨を探すぅ?」
「くすんくすん。時間はまだあります。宇喜多先生にはミニバンに待機してもらって、部員全員で一緒に虱潰しに探しましょう。単独行動や二人一組行動は間違いなく……全滅フラグです」
「平屋ばかりだが、二階建ての青い屋根の建物が一軒だけある。あそこから行こう、織田信奈。あそこが恐らくモーテルの管理棟だ」
「委員長? モーテルの管理等って……映画だったらノーマン・ベイツが待ち構えているやつじゃ~ん? 危なくない?」
「確かに危険だが、あそこの二階の一室に黒田官兵衛が監禁されている可能性が高いと思う。平屋よりも格段に脱走しにくい」
「小早川さんの推理に一理あるけれど、かなりの危険度だな……ここは俺が先頭を行く。信奈はバットを構えて援護役を。十兵衛ちゃんは具合が悪そうだから、最後尾を頼む」
《ノーマン・ベイツって誰だっけ?》
《「サイコ」の主役だろ。モーテルの支配人で、宿泊客をナイフで刺し殺すサイコ殺人犯だ》
《やっぱり建物内は危ないよー蜘蛛丸がいたらどうするんだよー》
《部長は放射能で巨大化したただの虫だと思い込んでるけど、絶対違うだろ》
《ちょっと待って。天下布部のみんな~。その廃モーテルの中で「出る」と言われている場所が、管理棟だぞ?》
《よりにもよって、その管理棟の二階で殺人事件があったという都市伝説が……》
《それはただの噂でソースはないらしいけれど、それにしても》
《吸い寄せられるようにヤバい場所へと入っていくなあ》
《これって誘導されてね?》
《相良良晴、お前だけで特攻しろ!》
《いやそれも、女の子側が襲われる死亡フラグだ。とにかく分散はアカン》
視聴者たちが生唾を呑み込みながら、少ない光源を頼りに廃墟へと踏み込んでいく信奈たちを見守る。二階建ての管理棟の玄関ドアは既に失われているので、内部には簡単に入り込めた。無論、室内は荒れ放題で、窓のガラスもすべて割られている。
「足下に気をつけろ、みんな! 特に信奈! 勝手に列を外れるなよ?」
「うっわ。中がぐっちゃぐちゃじゃん。はーん。肝試し気分で不法侵入する輩が後を絶たないのね、許せないわ!」
「おいおい信奈。俺たちも今、不法侵入しているんだが」
「わたしたちは播磨を救うために来ているんだから無罪よ! 正義は天下布部にあり! あーっ、なんだかヤバそうなお札が壁にいっぱい張ってあるじゃ~ん? はがしちゃおう!」
「よせ織田信奈。封印を解除したら、なにかが目覚めるかもしれない」
「くすんくすん。このデザインを見るに、誰かがいたずらで張り付けたニセモノのお札だと思われるので害はなさそうです」
「ええ、ニセモノのお札~? 誰がそんなものをわざわざ? よけい気になってきちゃう! うーん、一階には誰もいなさそうね。良晴? 階段、上れる?」
「板が腐っているかもしれません、注意してください良晴さん。くすんくすん」
「……足下、OK。行けそうだ……だ、だが、二階からなにかがいる気配が……官兵衛だったらいいんだが……あ、あれ? 冷や汗が止まらなくなってきた……」
「せ、先輩。危険ですぅ、十兵衛がお供いたしますですう!」
「十兵衛は頭痛が酷いんでしょ。わたしがバットを構えて援護するからだいじょうぶだって! 上るわよー!」
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