第六話 首塚大明神

 京都心霊ツアー三日目、午後。

 本能寺ホテル内 レストラン。



「……視聴者の皆さま、おはようござ……いえ、こんにちは明智十兵衛光秀ですう……昨夜は混乱のうちに配信が中断してすみませんでしたです……うぐぐ。またしても金縛りで寝不足に……半兵衛官兵衛コンビが起きてこないので、繋ぎで十兵衛がカメラマン役をやらせていただきますです」


「あー、頭が痛~い! 嘘っ、目が覚めたらもう午後五時!? 半日潰しちゃったあ! 十兵衛、どーしてウィンクしながら自撮りばっかりやってるのよ。わたしを映しなさいってば!」


「ちょうどいちばんかわいい角度で自撮りできる定位置を発見したです。もう少し、もう少しだけお願いしますです信奈さま」


「……ま、まだ配信を続けるのか織田信奈? 丑の刻参り女も蜘蛛丸も撮影できたのだし、ロケは終了でいいだろう。半兵衛官兵衛が式神を使役できない以上、滝夜叉姫に張り合っても勝ち目はない。われらはなにかを目論んでいる彼女に利用されていると思う。このあたりが引き時だ」


「でも委員長、わたしとあんたとの良晴争奪戦はどうするのよ? あとちょっとでアンケート票数を逆転できそうなのにぃ」


「水入りにして、もっと平和な方法で再戦しよう。あるいは私が負けを認めて降りてもいい」


「ええ? なに、その余裕? 怪しいわね。昨夜良晴と一泊した時になにかあったのね? あったんだわ! 既成事実を作った上で、良晴と逢い引きの密約を結んだのね? だからそんな余裕ぶっていられるんだわ! ぐすっ。良晴ってば酷い男ね。いたいけなJK二人の心をいいように弄んで……よよよ」


「……あれほど恐ろしい目にあったばかりなのに、きみはほんとうに元気だな……そんな余裕がわれらにあるはずがない……ゆ、昨夜は良晴と震え合って眠っていただけだ……」


「良晴と抱き合って寝てたのーっ? 信じられないっ? 抜け駆けだわ、あざとい委員長さすがあざとい」


「ま、まあ、信奈、落ち着け。姉さんや天下布部神戸チームとの連絡も遮断されたままだし、早急に京都から脱出したほうがいいと思うぜ? 俺たちはたぶん、魔界の扉を開く手助けをさせられているんだ」


「なによ良晴? いつわたしたちがそんな真似をー? どういう理屈でそうなるのよ?」


「そりゃまあ、俺と信奈とが、ごにょごにょだからだろう?」


「ごにょごにょって、なによ? わたし、物事ははっきり言ってくれないと察することができないのよね」


「配信中には言えないよ! 大勢の人がこの生配信を観てるんだぞ?」


「十兵衛が媚び媚びな決めポーズを連打しながら自撮りしっぱなしだから、問題ないわよ」


 この学園世界は、信奈が「器」となって生みだされた世界で、世界を実在させているのはこの世界を観測している俺だから、要は術者のもとに俺と信奈が揃えば、俺たち二人の力をどうとでも悪用できるということだよ――と良晴は目線で信奈に訴える。

 だが、「ん? なに、そのジェスチャーは? はっ? もしかして、わたしのことを愛しているって言ってるのお? ここまで長かったけれど、やっと決断してくれたのね!」と信奈にはまったく伝わらない。

 ソファーに座ったままアイマスクを着用して半分眠っている宇喜多直家が「俺ぁ秀家に会えないまま遭難したくねえ。帰るなら即座に出発するぞー」と信奈に降参を促す。


《そうだよ終身名誉部長、栄誉ある撤退を》

《念願のあやかしの撮影にも見事に成功した、天下布部の大勝利だ》

《見てくれ、この再生回数と投げ銭を。強欲な部長の目標数値に到達してるよ、きっと》

《北野誠なら、躊躇なく撤退を決めている頃合いだぞ。無理をしない、それが心霊ロケ番組を長続きさせるコツなんだ》

《これ以上半兵衛ちゃんたちを危険に晒さないでくれ~部長~》


 昨夜、身も凍る恐怖中継を生で観てしまった視聴者たちのコメントも、「もう勘弁してください」と撤退論一色。

 これ以上ロケを強行したら、アンチ信奈派が大量発生しかねない。

 信奈は素早く脳内で算盤をはじく。京都ロケ強行による増収分と、アンチ大量発生による長期的に見たマイナス分。その損益分岐点を計算しつつ、(でも今夜はわたしと良晴が同室でお泊まりできるチャンスじゃん! むざむざ大チャンスを捨てるのは……うぐぐ、ぐぬぬ)と激しく悩んだ。


「信奈。半兵衛官兵衛もまだ起きてこられない。もう体力気力の限界なんだよ。十兵衛ちゃんは二日連続の金縛りで目の下にくまができてるし、無尽蔵の闘志の持ち主の信奈以外はみんな限界寸前なんだ。滝夜叉姫の正体を明かすのは、次の機会ということで」


「うう、仕方ないわね。そうね……ここで倍プッシュよ! とロケを強行したら、ホラー映画のお約束の全滅ルート確定っぽいものね……滝夜叉姫の正体を明かすまで粘りたいけれど、一日早く切り上げてここで撤退しましょうか?」


「そうしよう、織田信奈。よく撤退を決断してくれた。それでは私は、半兵衛と官兵衛を起こしてくる」


 小早川隆景が席を立とうとしたその時。

 目を真っ赤に腫らした竹中半兵衛が、信奈たちのもとにはせ参じてきた。


「くすんくすん。ご、ごめんなさい皆さん! 昨夜は疲労困憊して部屋に入るなり倒れてしまったのですが、目覚めたら官兵衛さんがいるはずのベッドの上に、蝦蟇が一匹……! 官兵衛さんが、いつの間にか姿を消してしまいました!」


「半兵衛、どういうこと? 播磨がいないですって? 電車に乗って兵庫県に一人で帰ったんじゃないの?」


「私の責任です。くすんくすん。部屋の扉に施した結界が破られていました。滝夜叉姫はわたしたちがこのホテルに泊まっていることを既に突き止めていて、全員が熟睡している隙に官兵衛さんを再び操って連れ去ったようです。蝦蟇は滝夜叉姫の使い魔なんです。京都の至るところに恐らくは蝦蟇が」


「……人質……!? まずいぞ半兵衛。ねこたま、すねこすりに続いて、とうとう官兵衛まで。俺たちは、一歩逃げるのが遅かったようだ。貴船神社から直接京都の外に出てしまうべきだった」


《警察に届け出たほうがいいんじゃね?》

《この程度じゃ取り合ってもらえないだろ? 手遅れになるぞ》

《いよいよ大事になってきたな……》

《でもまだ、阪急から山陽電鉄に乗り継いで姫路に帰ったという可能性も》

《神戸高速鉄道が高い気がするとか言っていたから、JRの新快速で帰ったんじゃね?》

《百合友、げふんげふん、ズッ友の半兵衛ちゃんに黙って帰らないだろ》


 緊張する一同のもとに、突如、スマホの着信音が――雄大にも程がある大河ドラマ「信長~KING OF ZIPANG」のテーマソングが。当然、信奈のスマホである。


「発信元は播磨だわ! みんな、静かに!」


「の、信奈。もしかして滝夜叉姫からの電話じゃないか? 怒らせるようなことを言っちゃ駄目だぜ?」


「もしもーし! わたしが天下布部終身名誉部長にして全権監督の織田信奈よ! とっとと播磨を返しなさい、この虫マニアのコスプレ女~っ! さもなくば正義の鉄槌を下すわよ!」


「の、信奈さま、相手を挑発してはいけません。くすんくすん」


『こほん。京都は私の管轄内。竹中半兵衛の結界を破るのに少々手間取りましたが、黒田官兵衛の身柄はこの私、滝夜叉姫がお預かりしております。決して誘拐ではありません、彼女が勝手に来たんですよ?』


「くすん。それは詭弁です、官兵衛さんに再び術を施して操作したのではないですか」


『ふふ。ほんとうは陰陽少女二人をまとめて貴船で術にかけて操りたかったのですが、さすがに手間取りまして。決して彼女に危害を加えたりはしておりませんのでご安心を――』


『むふー! どこだかわからないが、ここは山の中だー! 気づいたらここにいた! クロカンに構わず京都から脱出しろ、みんなー! クロカンは餌だ、これは滝夜叉姫の罠だぞー!』


『お静かに。深夜、老ノ坂にいらしてください。老ノ坂のどこかに黒田官兵衛がおりますので。最後のゲームをいたしましょう。陽が昇るまでに彼女を発見して奪回すれば、皆さんの勝ち。見つけられぬままに朝が来れば、私の勝ちです。皆さんがゲームに勝利すれば、黒田官兵衛はそのまま無傷で返還してさしあげましょう。むろん、第三者を介入させればその時点で皆さんはゲームを放棄したと見なします』


 うがーっふざけんじゃないわよーっ今川家から爆撃機をチャーターして老ノ坂を空爆よーっ! 比叡山どころじゃない大炎上よーっ! と負けず嫌いの信奈が激昂したので、後の交渉は沈着冷静な小早川隆景が引き継いだ。


「きみが意外と理知的な人物で安心した、滝夜叉姫。昨夜のおぞましい丑の刻参り女ぶりとは、ずいぶんと印象が違うが」


『あれは、あなた方を恐怖させ混乱させて平常心を奪うための演出です。計算通り、手強い陰陽少女を一人確保できました。そちらにはまだ竹中半兵衛がおりますが、これでもう皆さんが力押しで私に勝つルートは断たれました』


「なるほど。黒田官兵衛が無事だということは信じよう。ゲームには乗ろう。きみの本拠地内で、彼女を奪回する方法は他にないだろうから。しかしこれだけは教えてほしい。きみの正体が陰陽少女だとして、いったいなにがきみの目的なのか? なぜ京都とは無関係なわれわれが巻き込まれているのか、どうにも腑に落ちない」


『それはこのゲームが終わった時に、お教えしましょう。それでは、丑三つ時の老ノ坂の某所でお待ちしております――一人も欠けず全員で参加されますよう。一人でも不参加者が出れば失格と見なします』


『こらーっ待てーっお腹がすいたーっクロカンになにか餌をよこせー、んがぐぐ……』


「かっ、官兵衛さ~んっ!? 私が虚弱体質で熟睡しちゃったばかりに、むざむざ相部屋の官兵衛さんを……くすんくすん」


 そこで連絡は途切れた。今宵丑の刻に、老ノ坂で黒田官兵衛を見つけだす。太陽が昇ればタイムアウト。それが、滝夜叉姫のゲーム。


《警察に通報したら、どんな惨劇になるか……駄目だ、なにも言えない》

《そもそも官兵衛ちゃんが勝手に移動したんだから、誘拐には当たらない》

《ぶぶぶぶ部長、どどどどうするんだ》

《いいい委員長が言うように、このゲームに勝つ以外に播磨ちゃんを奪回する道はない》

《丑の刻ってまたかよ。絶対に、相手が有利じゃないか》

《大量の蝦蟇に、行動を逐一監視されてるわけだしな……》

《官兵衛が言うように、天下布部京都チームを一網打尽にするための見え透いた罠だろ》

《老ノ坂ってどこだっけ?》

《京都と丹波亀山の境目にある山の峠だよ。丹波口から国道九号線を進めば辿り着く》

《あそこは、森と霊園しかないほんものの山奥だぞ? しかも心霊スポットだらけだ。貴船よりもやばいよ》

《京都十大心霊スポットのうち、三つまでが老ノ坂にあるんだぞ。インフレしすぎだろ》


 視聴者たちが老ノ坂について続々と情報をあげてくる中、信奈は、


「行くしかないわね! 天下布部京都チーム、出動! 播磨を奪い返すのよ!」


 と即決していた。宇喜多直家が「勘弁してくれ、俺には年端もいかない娘が」と泣きを入れるが、「宇喜多先生しか免許持ってないじゃーん!」の信奈の一言で強制参加決定。


 駄目だこいつは無免許運転であろうが平然と配信するだろうから参加を拒否したら俺の監督責任が、教師生命が……と諦めた宇喜多直家は、


「そんじゃあ、かわいい生徒を救うために行くかあああああ! ま、官兵衛はうちの生徒じゃねえけどな。だがよーっ、生徒は生徒だああああ! 運転は宇喜多先生に任せておきな!」


 と、後で学園や警察に叱られた時のアリバイ造りのために、正義のヒーロー教師っぽい台詞を半兵衛が構えるスマホの前で決めてみせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る