第五話 天下布部、丑の刻参り女追跡捕獲作戦-2
《なにを言っているのかよくわからねえ》と視聴者たちが困惑する中、車内は騒然となった。いきなり妙なラップ音が窓の向こうからガンガンと鳴り響いたからだ。
「「「わーーーーーっ!?」」」
ハンドルを握る宇喜多秀家が「うるせえよ。事故りそうになっただろ、気にすんな。お目当てのあやかしが近いってことだろ?」と天下布部部員たちを面倒そうに宥める。さすが宇喜多先生は娘さんのこと以外については常に投げやりで冷静だ、と良晴は感心した。
《なんだこれ!? 仕込み?》
《夜道を車で飛ばしてるのに、仕込みとか無理だろ》
《やべーよ。男の明智光秀と斎藤利三の霊じゃね? 栗田口の話はNGにしようぜ》
《そもそも誰が言いだしたんだよ。同姓同名の十兵衛ちゃんが病むだろ》
なおもガンガンと窓を叩く音が止まらない中、光秀は耳を塞いでいた。
「ひ~ん。うっせえですう! 同姓同名の大昔のおっさんの話のはずなのに、震えが止まらないですぅ。やめ、やめ! 信奈さま、先輩、この話はやめましょうですう!」
「むふー。これ以上明智光秀のメンタルにダメージを与えると、車中でゾンビ化したり死んだ武将光秀の霊に憑かれるかもしれない! 今からわれらが向かう心霊スポットを当てる企画は、ここまでだー! コメント欄の諸君も、以後、明智光秀関連の心霊スポットについては書き込まないよーに! 明智光秀の首塚や胴体塚がどこにあるかとか絶対に教えるなー!」
「ひいいいっ、首塚に胴体塚まであるですかーっ? いやですう、行きたくないですう!」
「くすん。繊細なお方ですし、もともと憑かれやすい体質持ちです。なにがあるかわかりませんからね。既に今、ポルターガイスト現象を起こしている可能性も。あのう、信奈さま? 明智さまを生贄囮役に起用するのはいかがなものかと」
「半兵衛。相手は戦国武将の幽霊じゃないからだいじょうぶだいじょうぶ。むしろ憑かれやすいからこそ、丑の刻参り女をおびき寄せるのに最適の人材なんじゃん? へーきよ。あの女が出て来たら、わたしが即座にバットで応戦して責任をもって捕獲するから!」
「いつも思うのですが、信奈さまのその無根拠な自信は、いったいどこから溢れてくるですか」
「織田信奈。どんどん状況が悪化している気がする。われらが京で魔界の扉を開くという『件』の予言が真実なら、なにもしないでやりすごしたほうがよいのではないだろうか?」
「委員長。わたしはあんまり予言とか信用しないんだけれど、『件の』予言が当たるのなら、なにもしなくても結果は同じことになるでしょ? だったら前進あるのみ、運命と闘争してみんなの力で予言を覆すのみだわ! そうでしょ良晴?」
「……うーん。小早川さんの意見にも信奈の意見にも一分あって、どちらが正解とも言いがたいな……信奈はただ配信で稼ぎたいだけなのが明らかなんだが」
「違うわよ。アンケートじゃ委員長に勝てないから一発逆転するしかないんじゃん!」
「とりあえず十兵衛ちゃん絡みの場所には絶対に行かないようにしよう。たとえ丑の刻参り女の目撃情報が入ったとしてもだ。いいな信奈?」
「先輩~! 十兵衛は相良先輩に一生着いていきますですぅ!」
「オッケー。わたしは本能寺のホテルに泊まっても熟睡できるのに、十兵衛ってばほんとに繊細なんだからー。そんなんだから本能寺ゲージが限界突破してうっかり本能寺を炎上させちゃうのよ? もっと気を大きく持ちなさいって!」
「十兵衛はそんなことしてないですぅ。ひーん、ひーん。十兵衛も信奈さまみたく、名前を一文字変えたいですう~」
「それじゃあ視聴者どもから募集しましょ! 十兵衛の新たな名前を大募集! 採用者にはユンケルのいちばん安いやつをあげるわ!」
《ケチの部長が大盤振る舞いだ! それじゃ最後の一文字を削って、明智光陽で》
《なんか弱そうじゃね?》
《アニメで軽音学部とかやってそう》
《相良良晴って、そういえば、相良義陽と同名で漢字違いだな? わざとなのか?》
《相良義陽って誰だよ》
《戦国時代初心者乙。肥後人吉の戦国大名だろ。戦国ゲーやってたら出てくる。常識だろ》
《九州は島津と大友と龍造寺しかわからねー》
《いつの間にか、ポルターガイスト現象は治まったようだな》
《マジでテンパった十兵衛ちゃんが起こしてたんじゃね。昨夜の心霊部屋の怪異現象も、もしかしたら》
《そんなのもう超能力者じゃん。キャリーかよ》
《終身名誉部長は、最終的に覚醒した十兵衛ちゃんに燃やされそう》
《名前的にもすごくありそう》
ぐぎぎぎぎ失敬な連中ねー、でも投げ銭落としてくれるし配信数稼ぎたいから追放できない! と苦しみながらも信奈が忍耐力を発揮しているうちに、いよいよミニバンは目的のロケ地へと突進していく。
ところが、見通しが暗い深夜の道路には危険が潜んでいた。
「あーっ、ちょっと待って待って待ってー! 宇喜多先生ー! 前、前!」
「……むにゃ……ああ、眠……って、オイイイイイイイッ!? こんな真夜中の車道に突然ガキが飛び出してくるんじゃねええええっ!」
「うわああああ、宇喜多先生! ハンドル、ハンドル!」
「「「ひいいいいいいっ!?」」」
《うあああああああ、出たああああ!》
《志村ー! 前! 前!》
《ぶつかるううう! 大惨事だよ!》
闇の中を突っ走るミニバンの正面に、小柄な女の子らしき人影がいきなり出現したから、さしもの信奈も顔面蒼白に。顔は影になっていて見えないが、白無垢じゃないし鉄輪も被ってない――どうしてこんな時間帯に? という恐怖心も襲ってきたが、それよりも人間の女の子だったら、生配信中に人身事故!
「ぬおおおおお、ここで事故るわけにはいかねええええ! オレには秀家という幼い娘があああっ! 岡山の山中で鍛え抜かれし、峠の怪物と言われたドライビングテクニックを見せてやらああああ!」
ほとんど寝ながら運転していた宇喜多直家、一世一代の神回避!
からくも衝突を免れた一行は、「「「「うわああああ?」」」と悲鳴をあげながら最終目的地へ至る進路をそのまま爆走した。
「はあはあはあ。なんだったんだ信奈、今のは? 心臓が止まりかけたぜ!」
「白無垢鉄輪装備なら丑の刻参り女認定でそのまま跳ねたんだけど、普通の女の子の格好だったわよ。あっぶなー! 深夜の車道に子供がふらと出てくるなんて……!」
「……うう。一瞬でよく見えなかったが、今の女の子、どこかで見たような記憶が……迷子かもしれないから、確保してミニバンに乗せてあげてはどうだろう?」
「なんという恐ろしいことを言いだすのよ委員長、それは全滅フラグよ! 子供がこんな夜中にこんな辺鄙なところを彷徨ってる~? もう見え見えのトラップじゃーん!」
「くすんくすん。今からバックして確保しようにも、もう姿が見えませんね。あっという間に視界から消えてしまいました……どこへ消えたのでしょう?」
「そ、そうか。消えてしまったのか。ともかく織田信奈、以後はスピードを落として徐行しよう。猪に遭遇するかもしれないし」
「委員長。神戸じゃないんだから鹿はいても猪はいないっしょ? とにかくロケ地へ急ぐわよー! 丑三つ時すなわち深夜二時までに到着しなきゃ意味ないでしょ?」
「すすすみませんでした視聴者の皆さん。ここからは安全運転第一で、速度を落としてロケ地へ向かいます、くすんくすん。ただいま、天下布部京都スタッフは京都市北区の船岡山公園を通過したところです。実はちょっと道を間違えて遠回り中でした」
「われらはこのまま車で北上し、深泥池を経由して京都市街地を出て鞍馬山に登り、貴船神社へ向かう! つまりロケ先の正解は貴船神社! そう、昼は縁結びの神社にして、夜は丑の刻参りの本場――嫌だ、クロカンは行きたくなーいー!」
《げっ。深夜の北山、貴船神社かよ。丑の刻参りの発祥の地だぞ》
《夫を奪った相手を呪っていた女が生なりの鬼になってしまった怪談「鉄輪」の舞台だろ》
《確かに丑の刻参り女に接近遭遇するなら、最適のスポットだけど……というか、そこしかないって場所だけど……だいじょうぶか?》
《さっき船岡山公園から飛び出してきた女の子はいったい誰だったんだよ》
《船岡山も有名な心霊スポットじゃん。ほんとに人間だったのか?》
《あれは警告だって。この先進むべからずという伏線だよ。貴船神社ロケはやめたほうがいいだろ》
《つーか貴船神社は20時で閉門されるんじゃなかったっけ? 入れないだろ?》
次々と襲い来る不気味なトラブルに肝を冷やした視聴者たちは《フラグだ、フラグが立っている》と一斉に信奈を止めたが、当の信奈は、
「ふっふっふっ。次々とあやかし出没フラグが立っているからこそ貴船神社に行くんじゃーん! 真似するやつが出て来たら神社さんに叱られるから詳細は伏せるけど、実は丑の刻参りを行う奥宮には閉門後も入れちゃうのよ! 侵入ルートは教えてあげなーい! 山の中は真っ暗だからあ、動画を観ててもルートはわかんないっしょ!」
と勝利を確信し、ダブルピースサインを半兵衛のスマホめがけて掲げていた。もう、先ほどの大騒ぎのことはなかったことになっている。強靭すぎるメンタルも考えものだなと良晴は嘆息した。
「これで委員長との絶望的なアンケート票差をチャラにして一発逆転だわ! まさしく徳政令からの下克上よ!」
「……視聴者諸君。織田信奈を止めるためには、彼女をアンケートで勝たせるしかない。どうかわれらを止めて救いたいならば、織田信奈に清き一票を投じてほしい……わ、私には決して入れないように……お願いだ」
「そ、それはもう手遅れだよ小早川さん。既に33-4くらいの大差がついているんだ」
「くすんくすん。丑の刻参りロケはお昼の地主神社で済ませたはずなのですが、深夜の丑三つ時、午前二時に貴船神社の奥宮へ行けば丑の刻参り女が必ずいるに違いないと信奈さまが言いだしまして。全員反対したのですが結局、急遽深夜のロケを敢行することに……どどどどうしましょう官兵衛さん。式神さんも召喚できないままですし」
「なんとかして到着するまでに式神を召喚するしかないな! すねこすりとねこたまはどこへ行ったんだ、まったく! いくら護符を使っても陰陽少女スティッキを振っても反応がないぞー!」
「でも、ポルターガイスト現象も収まりましたね官兵衛さん。いつの間にか、ドアを叩いてくる音が途絶えています」
原因はよくわからないが、ひとつだけ可能性があるとすれば、先ほど飛び出してきた女の子を危うく跳ねそうになった時、明智光秀が「ひいいいっ? すべての責任はたぶんきっと十兵衛が背負わされるですぅ、懲役15年で十兵衛の青春があああーっ?」と衝撃のあまりシートに座ったまま失神したからかもしれない。
「じゅ、十兵衛ちゃん。しっかりしろ。幸い、事故は宇喜多先生が回避してくれた。もうだいじょうぶだから、目を覚ましてくれ」
「うーん……はっ、相良先輩? そ、そうでしたか! もうこれは有罪確定かと思って意識が飛んでいたみたいですぅ。き、貴船神社には到着したですか?」
「まだよ十兵衛。スピードを落として進んでいるから。えーと、今はどこのあたりかしら半兵衛?」
「くすんくすん。このあたりは洛中から鞍馬街道へ入る分岐点。鞍馬山への入り口にあたる、深泥池です……」
「深泥池!? って、日本一有名なタクシー怪談の名所ではないですかっ? 嫌ですう宇喜多先生、時速120キロですっ飛ばしてくださいですう! まーた出るですう!」
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