第五話 天下布部、丑の刻参り女追跡捕獲作戦

 京都心霊ツアー二日目、深夜。

 ミニバン車内。


「こちら天下布部京都チームでーす。清水寺で目撃した丑の刻参り女を捕縛するために、現在わたしたちは京都の某所へ車で移動中! さてわたしたちの目的地はどこでしょう、当ててみてください! 当てた方には、わたしに好きなだけ投げ銭を送る権利を進呈しまーす!」


「……くすんくすん。カメラマンの竹中半兵衛です。現在、助手席から信奈さまたちを撮影しています。陽もとっぷりと暮れて、車の外はご覧のように闇の世界です……」


「おいおい。オレには幼い娘がいるんだぜ。どうして本気で妙なモノを追いかけてるんだよ、お前ら……なにかあったらオレはお前たちを置いて逃げるからなー」


 半兵衛と官兵衛は詳細にロケ予定を組んでいたのだが、信奈の鶴の一言で予定変更。

 天下布部の七人は丑の刻参り女を捜すために、いかにも「出そうなスポット」へ向かっていた。


「今夜は心霊事故物件部屋に泊まらずに済みそうでうっきうきの十兵衛ですう。丑の刻参り女の目撃情報なども絶賛募集中なのですう♪」


「だから、もしも相手が人間だったら失礼だし、あやかしだったらほんとうに危険……うう、困ったな」


「むふー! 神戸チームも『件』探しの六甲山ロケを配信しているはずなのに、ちっとも観られないぞー? どうも本格的に封印結界にハメられてる気がしてきた!」


「それに夏とは思えない寒さだな。明日でよかったんじゃないか、信奈? そもそもどこに向かっているんだよ?」


 良晴は(思えば、往路の車内でババ抜きをやっている時からなにか妙だった。京都の時空が歪んでいるような)と不安を覚えていたが、今、信奈の頭の中には「あやかしを捕縛して一攫千金、さらには委員長を一発大逆転」という夢がぎっしり詰まっているらしく、説得は困難と思われた。

 動画チャンネル配信で100円、200円といった投げ銭をじゃぶじゃぶもらえるのもよくない。

 信奈は大金よりも、小銭に弱いのだ。


《朝からずっとロケしてたのに徹夜覚悟の深夜ロケ強行とは、特攻ローテキタコレ》

《理にはかなってる。丑の刻参り女というからには、丑の刻に出没するんじゃないの?》

《候補地が多すぎて絞りきれない。分散したほうがいいんじゃね?》

《それは危ないだろ。あと、ミニバンを運転できる大人は一人だけなんだ》

《自動車で行くなら、松ケ崎の狐坂だろ。あそこは白い服を着た女の幽霊が出るらしい。まんま丑の刻参り女じゃん。決まりだな》

《いやいや。比叡山にある山中越えがお勧めだぞ》


 半兵衛と官兵衛が、コメント情報をピックアップして逐一レスポンスを返していく。


「くすんくすん。松ケ崎狐坂のヘアピンカーブエリアは、少し前までは有名な心霊スポットだったそうですが……」


「今ではバイパスが新設されていて、旧道は自動車で通行できないようだ! 京都もどんどん道路が整備されて、道にまつわる心霊スポットが減っていっているのだなあ。あーはははは!」


「狐坂はたこ焼きの聖地らしいのですぅ。十兵衛もこれからのたこ焼き商売のために参考にしたいので、行ってみたいですぅ」


「こんな時間に空いているたこ焼き屋なんてないわよ十兵衛。開いていたらそれこそ怖いじゃん? ということで狐坂はハズレでーす! 外れた書き込みを書いたそこのあなた、罰としてわたしに投げ銭を! 悔い改めなさい、ドーン!」

 当たっても外れても投げ銭を要求されるだけじゃねーか、と良晴は突っ込んでいた。


「ググってみますと、『きつね坂のたこ焼き屋』という、50年近くお婆ちゃんが経営していた京風たこ焼き屋の老舗があったそうですね。最近閉店しちゃったそうです、くすんくすん」


「跡地に、新たなたこ焼き屋がオープンしているそうだな! せっかくだから食べたいが、明日だな! というわけで次の投稿! 比叡山の山中越え! ここは滋賀へ連なる山道だ。やはりヘアピンカーブありの峠道で、交通事故多発スポットだ。叡山といえば織田信長による焼き討ちで有名だから、落ち武者ならぬ落ち僧兵が出ても不思議ではないな。あーはははは!」


「くすん。山中越えを走っていると、高速で走ってくる無人の幽霊車『ゴーストカー』に追い抜かれるともいいます。ゴーストカーを見てしまうと、怖いことになるのだとか。神戸のターボお婆ちゃん怪談の走り屋さんバージョンですね」


「……うっ……叡山……焼き討ち……十兵衛はまたしても急に頭痛と悪寒が……心霊事故物件部屋に泊まって以来、ずっとこんな調子ですぅ~」


「だ、だいじょうぶか? あ、アスピリンならここに。効かないようなら、ロキソニンもある。明智光秀という名前がよくないのか、彼女は叡山の心霊スポットという言葉に敏感に反応してしまうらしい。山中越えはやめておこう、織田信奈」


「まーた小早川は委員長キャラでアンケートを稼いで~! だいじょうぶよ、わかってるってば。叡山には僧兵は出ても丑の刻参り女は出てこないだろうから、最初から候補地から外れてるわよ」


「くすんくすん。かつて織田信長公が焼き討ちした頃の叡山は女人禁制でしたからね」


「実際には僧兵が連れ込んだ遊女がいっぱい暮らしていたそうだがな、あーははは! それで潔癖症の信長がピキって焼いたのだとか。おや、やっぱり出そうな気がしてきたぞ!」


「やめましょうですう、叡山はやめましょうです。いだだだだ、十兵衛のおでこが」


「しっかりしろ十兵衛ちゃん! 山中越えには行かないから気を取り直してくれ。やっぱり、昨夜の幽霊部屋がよくなかったのかな……」


「寝不足でしょ? さあさあ、わたしが特別に買ってきてあげたユンケルを飲んで戦うのよ十兵衛! いつもの10本セットの安いやつじゃなくてぇ、ユンケルファンティーよ! 現役時代のイチローが愛飲していたという強烈な一発! MLBのドーピングに引っかからないぎりぎりの限界まで生薬を詰め込んだ逸品なんだから。これであんたも、命を前借りできるわね! たっぷりと!」


「ひ~ん。そんなものを前借りしたくないですぅ、信奈さま~。うう。十兵衛は日本一不幸なJK社畜なのですう。せめてたこ焼き、たこ焼きを食べたいですぅ」


《十兵衛ちゃん、しっかり!》

《ユンケル代は俺たちが出してあげるよ!》

《着服するんじゃないぞ終身名誉部長!》


「うっさいわね、しないわよ!」


「うん? またしてもお勧め心霊スポットの書き込み情報が……みんなマニアなのだな。うう、広島から神戸に引っ越してきたお上りさんの私にはいまいちわからない」


「まあ今はネットで情報を調べられるしね、小早川さん」


《昼に続いて夜も東山でどう? 八坂神社の真東にある将軍塚がお勧め。トンネル内に首なしライダーが出るという都市伝説で有名だ》

《ゴーストカーより恐怖度アップじゃ~ん》

《将軍塚に登るなら、麓に粟田口刑場跡があるぞ。あそこはガチでお勧めだ。俺は絶対に深夜にあんなところに行かないけどな》

《おいおい。粟田口刑場跡って確か、処刑者一万人越えだろ。女の子たちを深夜に送り込むのは駄目だろ》

《相良良晴、お前だけで行け! そして散れ! 呪われろ!》


 官兵衛が「粟田口刑場跡か、むふー! かつて戦国武将や切支丹を処刑した因縁の地で、江戸幕府は定期的に粟田口刑場で公開処刑を行っていたという。一説では合計一万五千人分の供養碑が建てられていたとか。しかしその供養碑はもう残っていない。明治時代の廃仏毀釈運動ですべて持ち去られてしまったそーだ……」と珍しく震えあがった。突然、妙な寒気に襲われたのだ。

 スマホを翳していた半兵衛も、「ひうっ」と青ざめていた。


「めめめ明治時代の一時期には『粟田口解剖場』に改装されて、大勢の医師たちが見学する中で死刑囚の死体を解剖していたそうです……解剖所はすぐに移転してしまい、その後は鎮魂碑が立つばかりの荒れ地になったわけですが、なにかあったのでしょうか……くすんくすんくすん。やめましょう、この話題はやめましょう。なんだか洒落にならないです」


 うっわ怖っ! 戦国江戸明治とずっと怖っ! せめて再開発してビルとかで塞いじゃえばいいのに、21世紀の今まで放置しっぱなしなのが余計怖っ! と信奈ですら嫌がった。


「……粟田口刑場跡……あ、あれ。どこかで聞いたことがあるような……」


「どうした良晴? 粟田口は、京都の出入り口『京の七口』のひとつだから、戦国時代には京と安土・坂本を繋ぐ道として活用されていたはずだ。戦国世界に通っていたのでは? わ、私は心霊スポット知識はないが、歴史知識は多少ある」


「小早川さん、少し違うんだ。俺は、なにかを忘れているような……かつては戦国マニアだったのに、並行戦国世界に飛んだせいでかえって知識が混乱している。えーと、えーと」


「……はあ、はあ……じゅ、十兵衛は、こ、こんどは呼吸が苦しくなってきたです……あぐぐ……ゆ、ゆ、ユンケルが濃すぎたのかもですう……やはり、イチロークラスが飲むレベルともなると、お味噌汁を極限まで薄めて飲んでいる赤貧チルドレンJKには特濃すぎ……うぐぐ……」


「しっかりしなさい十兵衛! お腹がびっくりしてるだけよ。水で薄めればだいじょうぶだから! ほら、ペットボトルを分けてあげるわ」


「信奈さまの飲みかけですぅ、遠慮するですうぅ、十兵衛は女の子同士で間接キスはしない主義なのですう!」


「ちょっとー? わたしが珍しく優しくしてあげてるのに、なによーその反応はー! わわわ私も十兵衛も百合っ子じゃないんだから別にどーでもいいでしょー!」


「間接キスのはじめての相手は相良先輩と決めているですう~。うぐぐ、ま、また頭が。おでこが、おでこが割れるようです……頭からエイリアンが出て来そうですぅ信奈さま~」


「困ったわね。十兵衛が体調不良だと、丑の刻参り女をおびき寄せる生贄役がいなくなっちゃう……どうか回復して十兵衛、これほどわたしがあなたを心配しているのよ?」


「生贄とはなんですか信奈さまっ? ひ~ん、回復したくねえですう!」


《眼福眼福》《いいぞもっと百合百合しろ》とはしゃいでいた視聴者コメントに紛れていた誰かが、《そういえば》と突如口火を切った。

《今ググったけれど、粟田口刑場跡って――本能寺の変を起こした明智光秀が織田羽柴軍との戦に破れた後、首を晒された場所じゃね?》

 あーーーーーっ! と良晴は膝を打っていた。


「そうだった! 俺が生きていた戦国世界とごっちゃになって思いだせなかった! 粟田口刑場跡は、山崎の合戦で羽柴秀吉に負けた惟任日向こと明智光秀の遺体が晒された因縁の土地なんだ! 明智光秀の重臣・斎藤利三も六条河原で処刑されたあと、主君と同じく粟田口刑場に遺体を晒されている!」


「ちょっと、どういうこと~良晴? 十兵衛は本能寺の主犯じゃないでしょ? 確か、面倒臭い陰謀に巻き込まれただけって……」

「それは、俺がいた世界での話だ信奈。織田信長が存在した本来の世界では、そういうことになっていたんだ。つまり、この世界でも」


《なにを言っているのかよくわからねえ》と視聴者たちが困惑する中、車内は騒然となった。いきなり妙なラップ音が窓の向こうからガンガンと鳴り響いたからだ。

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