第四話 清水寺の舞台-2

 スマホを光秀と信奈に預けた官兵衛が、クロカンにお任せ! とすっ飛んできた。


「むふー、話は聞いたが難しいところだな! あからさまに票数を不正操作すれば、コメント欄が炎上するだろう! その結果、荒らしどもがアンケートに殺到してきたら、ほんとうに応仁の乱のように収拾がつかなくなってしまう。みんな、追い詰められた織田信奈VSあやかしの物理バトルを期待しているから、煽り目的で委員長の票ばかりがさらに伸びるぞ」


「そ、それでは困る。織田信奈がますます過激化して、ほんとうにあやかし対決をやりかねない。式神がいない今、それは危険すぎる」


「ふむ。それでは、ルールを守って合法的に織田信奈の票を伸ばす方法を考えるか~」


「な、なにかあるだろうか?」


「うむ、これほどに公正無私な委員長がマイナス印象を稼ぐのは無理だな! 金属バットだの守銭奴発言だので自滅している織田信奈に、プラス印象を稼がせるしかない!」

 現状、視聴者の多くは男性。アシスタントの明智光秀がうまく織田信奈の女の子らしくてかわいい部分を引き出せればいいのだが、むしろ二人とも銭の話ばかりするのでかえって悪循環になっている。委員長はただ黙って立っているだけでもかわいいので圧倒的有利。喋ってもかわいいのでますます有利。それがこのアンケートの差に表れているのだ、と官兵衛。


「そうだ。姉者になりきって、関西弁訛りが混じったエセ広島弁キャラで押し通すというのはどうだろう? 絶対に受けが悪いはずだ、私は姉者と私への男子の反応の違いをよく見知っている――顔形はまるきり同じなのに、姉者はただ菅原文太みたいな口調というだけで、男子からの扱いが……まったく失礼な話だが」


「あーはははは、確かに吉川は『仁義なき戦い』弁のおかげでモテないな! だが、果たして品行方正な委員長に広島ヤクザキャラ演技ができるかな?」


「……で、できますけぇ。う、うちにも仁義なき毛利組の血が、な、流れとるんよ。ほ、ほいじゃけん、信じてつかあさい……ううう、駄目だ恥ずかしい! やっぱり無理っ!」


「結局赤面して身をよじらせているじゃないか! あざとい、小早川隆景あざとい! ますますきみに票が集まるぞ、そんなことじゃ駄目だ駄目だー!」


「うう。逆ならできるのに。姉者は標準語や関西弁で喋ろうと思えば普通に喋れるので、私の影武者になってくれることもある。むしろ最近はどんどん広島弁を忘れてきている状態だから、字幕付きで『孤狼の血』とかを観て勉強している」


「関西弁の侵食力は恐ろしいからな、あーははは!」


 姉者が私の影武者か。以前、戦国世界でそういうことがあったような――と小早川隆景はふと胸を衝かれたが、なにかもう遠い記憶のようで、はっきりとは思いだせなかった。


(姉者は、どこまでも私を応援してくれている。どこの世界に生まれてきても、いつだって……やはり良晴への想いを自ら捨ててはいけない。でも、ご当地妖怪と式神が消えた今は、やはりみんなの安全を最優先すべきだ。「件」の予言が成就すれば、茶器事件の時よりも重大な問題が発生する。そんな予感がする。どうすれば織田信奈をあやかしと遭遇させずに無事に京都から戻れるだろうか)


(いったん配信ツアーを中断できる、いい口実があればいいのですが。信奈さまは現実主義者なのに、どういうわけかこういう怪異ネタがお好きなようで、徹底的に追求して真相を明かさずにはいられないお方ですからね。「件」が現れた時点で、止めることはもう不可能になっていたかと。くすんくすん)


 小早川隆景が、半兵衛と一緒に思案に暮れている間に。

 官兵衛は陰チームのカメラマンとして、光秀とマシンガントークを続けている信奈のもとに戻っていた。


「どこに行ってたのよ播磨。ほらー。スマホ返すから、かわいく撮影してね?」


「いやいや申し訳ない! どこまでトークが進んだ?」


「十兵衛が『アンケートにエントリーできない以上、先輩と結ばれたいという願を掛けて舞台から飛び降りますです!』と張り切って飛び降りようとしているところを、わたしと良晴で阻止していたところよ」


「嘘ですう、嘘ですう! 信奈さまが『ここはアシスタントのあんたが願掛けジャンプを敢行して思いっきりバズらせる美味しい場面よね!』と、この不幸な十兵衛に迫って来ているのですぅ。ひーん、ひーん」


「そうだったかしら? いやー、真実って人の数だけあるものねー。まるで『藪の中』だわ。おー、怖い怖い」


 コメント欄が一斉に、


《いやいや、真実は常にひとつだ。俺たちが証人だから》

《本気で言っているわけじゃないのはわかるが、部長は迷惑炎上系スレスレだよな》

《なんだろう、この不憫な十兵衛ちゃんを暴走部長から守らなければという一体感。強い風を感じる》

《俺たちにも、まだ人間としての良心が残っていたんだな……》

《ああ。暴走部長を見ているうちに、失っていた良心を奮い起こされた気分だぜ》


 と、信奈の証言を覆すコメントで埋まっていく。


「あーんもう、あんたたちってばどうしてあっさりわたしを裏切るのよーっ? なんていうのかしら? こんなにもわたしは寛大なのに、一向一揆衆が全国で武装蜂起してちっとも言うことを聞いてくれないような、そんな理不尽感? こうなったらコメント欄にNG条件をたっぷりと付け足して大量粛清……」


《一向一揆根切りはやめろーやめてくれー》

《戦国時代の織田信長ばりの大虐殺、はじまったなwww》

《そういえば、歴史偉人に似てるけどちょっと違う名前をつけるって割と珍しいよな?》

《普通は偉人にあやかって、そのまんま名付けるよなあ》

《思えば明智光秀って名前が不吉すぎるよな。不運の星の下に生まれた感がすげえ》

《有能感はすごいけど、名前で人生に常にデバフ入ってそう》

《守りたい、十兵衛ちゃんを》


「だーっ! 十兵衛への同情票が、ことごとく委員長のもとに吸われていっちゃう~!」


「十兵衛のせいじゃないですう、ひーん」


「の、信奈。お前は、アンケートをどうするつもりなんだ。これ以上小早川さんと差が付くと、手遅れになるぞ?」


「わたしは常に自由奔放な女なのよ、票稼ぎのための媚び演技とか無理無理無理! 仕方ないでしょ! 『件』を信じて夜の配信であやかしをとっ捕まええるしか勝ち筋がないじゃん! この清水寺に、のこのこと妖怪でも幽霊でも出て来てくれれば都合がいいんだけどぉ」


「むふー。実は清水寺の舞台は心霊スポットなのだ織田信奈、出てこないとは限らないぞ!」


「どういうこと播磨?」


「播磨言うな。半兵衛がさっきちらっと触れていたけれど、実は清水寺の舞台から見下ろせるあたりは、京都屈指の葬送地・鳥辺野なんだ! 飢餓、疫病、合戦のたびに命を落とした洛中の庶民の亡骸は、鴨川を越えた東山の鳥辺野に捨てられていたんだー! 山の木の枝に死骸を吊して鳥葬処理するから鳥辺野と言われていたという伝説もあるんだ、あーはははは!」


「はーん、そうだったんだ。って、やーだー!? それじゃ昔の清水の舞台からは、死骸の山が見えていたわけえ? 人がゴミのようだわなんて言ってる場合じゃないじゃんっ?」


 敏感な光秀が「ギャー! またしてもメンタルに大ダメージを背負ったですう」とよろめき、危うく欄干から落ちかけた。良晴と信奈が慌てて捕まえる。


「ねえ播磨。日本って昔から仏教国でしょ。死骸を野原に打ち捨てたりする~? ちゃんと火葬するんじゃないのぉ?」


「もちろん貴族はちゃんと火葬されていたが、なにしろ銭がかかるから庶民は風葬・鳥葬だったんだ。疫病なんかが流行れば、到底処理が追いつかないからな! 基本は野ざらしだ」


「そうなの。野ざらしなんて、あんまりだわ。わたしたちって、現代に生まれてきてよかったのね」


「今さら、実はいい人発言しても手遅れですぅ信奈さま」


「なにを言うのよ十兵衛。わたしはたまに気まぐれでいい人になるのよ? 発生条件はランダムだけど。でもそうね、むしろ現代の鳥辺野が風葬状態だったら、いーっぱい死骸が転がっているから、次々とゾンビ化して清水寺を襲ってきたりして盛り上がる配信動画が撮れたかも?」


「こらこら信奈。帳尻を合わせて問題児発言しなくていいから。お前はほんとうに照れ屋だな」


「違う~! 良晴、わたしは照れ屋なんかじゃないってば! 猫の目のようにコロコロと気分が変わるだけよ!」


「まあ、おかげで退屈しないし、三重記憶に悩んでる暇もなくて助かるよ」


「う、うう。なーによ急に『理解ある彼くん』面しはじめてさあ。も、もしかしてアンケート票の差を気にしてフォローしてくれてるの?」


「い、いや、まあ、差が付けば付くほどお前は暴走していくだろうから……みんなの安全のためだよ、うん」


「あんたこそ、ほんとに肝心の時に照れるんだから。ぶーぶー」


「いい雰囲気をぶち壊すが、鳥辺野方面をばっちり撮影しておこう! 昼間からなにか出るなんてことはまずないだろうが、『件』ボーナス開放中の今なら動画になにか映るかもしれないぞ!」


「……うう……なにか妙な記憶が蘇りそうで、またしても十兵衛は頭痛が……いつかどこかで、人間ではないなにかがわらわらと清水寺の舞台を襲ってきたような……」


 と自分のこめかみを抑えていた光秀が「はいはいはい、十兵衛が撮影しますう! 昨夜の心霊事故物件で、よくわかったです! 十兵衛は『憑かれやすい』体質だと! きっと霊を撮影できるですよ!」と官兵衛からスマホを譲ってもらって、鳥辺野方面へとレンズを向けた。

 どうせ今夜も金縛りですぅ、三日連続金縛りですぅ、今さら幽霊の一匹や二匹くらい一緒ですぅ、と半ばヤケクソである。

 そして――。

 スマホを構えた光秀が、どこからともかく「ゲコ」と蝦蟇の鳴き声を耳にした、その瞬間。

 鳥辺野の森の入り口に立っている何者かの姿を、光秀のスマホカメラが捉えた。


《ちょwww 映ってる、映ってる》

《十兵衛ちゃん、逃げてー》

《昨夜の事故物件とは違う。はっきり人の姿が映ってるじゃねーかwww》


「ギャーーーーーーー! ああああそこに、しししし白いドレスを着た女がぼーっと立っているですうううう! あそこです、そこ!

 森の入り口ですう信奈さま!」


「えっ? 肉眼じゃ見えないわよ十兵衛? どこ、どこ? 金属バットで戦わないと!」


「ななななんだか頭から角みたいなものが生えているような? いや、あれは蝋燭では? まさか丑の刻参りスタイルっ? ひいいいいいい、出た出た出たですうううう!」


「むふー! コメント欄も盛り上がってキター! 被写体は非常に小さいが、実際にカメラが捉えたということだーっ! だが、舞台からでは距離が遠くて間に合わないな!」


「あっ、森の中へと消えたですう!」


「くっ。追跡路をショートカットよ! 今すぐ舞台から飛び降りて追跡するのよ十兵衛!」


「ひーん。嫌ですぅ飛び降りは嫌ですぅ!」


「あなたならできるわ!」


「できませええええん!」


 十兵衛が構えたスマホカメラは確かに、ごく短い時間かつ小さい姿ではあったが、怪しい女の人影を映していた。白いドレスはあるいは和服かもしれず、頭には二本の蝋燭を取り付けているのかもしれなかった。


《仕込みか? 仕込みなのか?》

《馬鹿正直な十兵衛ちゃんの反応でわかる。ガチだ。ヤバいよヤバいよ》

《十兵衛ちゃんだけ知らされてないドッキリじゃね?》

《委員長もいるし、そんなことしねーだろ。部長は猪突猛進派だしな》

《じゃあマジなんじゃないか。怖っ!》


 と視聴者コメントも混乱する中、官兵衛と半兵衛がただちに現場で画像を解析してみたが、解像度が低くてはっきりとは断定できない。


「くすんくすん。ただの人間の女性かもしれませんが、それにしては異様ないでたちですね。当然、仕込みではありませんから……」


「むふー! ほんものなのかーっ? 丑の刻参りスタイルのコスプレをしている女という可能性もあるがな! いずれにせよ『呪い杉』のある地主神社に向かっていたのか?」


「よ、良晴、とうとうほんものが出たのかも……」


「こここ小早川さん、だだだだいじょうぶ。まだ距離がある。接近してきたらその時は難を避けよう」


「なに言ってるのよ良晴。でかしたわ十兵衛! やるじゃない! やっぱり『件』の予言通り、今の京都はボーナスタイムであやかし大解放中なのね! 必ずやわたしたちに近寄ってくるだろうから、あとは捕まえるだけよ!」


「信奈? アンケート票の差を逆転できそうにないからって、そろそろ引き返すべき時だと思うぜ? 視聴者のみんなも、女の子たちをこれ以上の危機に晒したくはないと言っている……はず……あれ?」


《行けっ、金属バット部長! そして丑の刻参り女と戦え!》

《他に相良良晴をゲットする道はないぞ、行ってこーい!》

《意味がよくわからんが天下布部の終身名誉部長なら、ほんものにも勝てる!》

《かよわい委員長ちゃんたちはみな、避難してよし!》

《相良良晴、男なら丑の刻参り女に特攻しろやあ~! ハーレムの女たちを守れ!》

《安心しろ、相良良晴。お前の骨は拾ってやるからな!》

《鳥辺野に風葬してやんよwww》


 こいつら~まだ半信半疑で面白がってやがる! と良晴は頭を抱えたが、実際ただの人間の女性だという可能性のほうが高いのだ。


 それに、彼らは六甲山で「件」を目撃していない。「件」に遭遇してしまった良晴とは温度差がある。

 というか、心霊動画配信=ヤラセだと考える視聴者たちのほうが通常で、良晴たちのほうが異常な状況に置かれているのだ。


「みんな、わたしに期待してくれてるじゃーん! よーし、行くわよー良晴! 丑の刻参り女をとっ捕まえてそのままゴールインよ!

 ああっ。ほんもののあやかしを捕まえたら、いったいどれくらい儲かるかしら! テレビ局から~出版社から~いろいろ取材が殺到! 三年くらい豪遊できちゃったりしてっ! あ、良晴のお小遣いは月二万円固定だからね」


「なにがどうなろうが、俺の小遣いは増えないんだな」


「お、織田信奈。彼らは期待しているのではなく、面白がっているだけ……冷静になろう。式神抜きで正体不明の相手を追いかけるなんて、危険すぎる。人間だとしても人間じゃないものだとしても。そもそも相手がもし人間だったら、バットで殴った時点で犯罪……」


「フ。『件』の予言通りに出て来たアレが人間なわけないじゃーん。委員長、敗北が近づいてきて焦っているのね?」


「いや、今は勝ちとか負けとかそういう話をしている場合では……困ったな」


「追撃すべきターゲットはこれで決まったわ! 今夜は作戦会議の予定だったけれど、予定を前倒しっ! 視聴者どもも盛り上がってきたところだし、夜の心霊スポットにこのまま突撃よー! 夜討ち朝駆けこそ配信者の華!」


「え、ええっ? す、少し待ってください信奈さま。先ほどの被写体の解析を慎重に進めたいので、あと一晩の猶予をください。こういうことは安全第一ですよ、くすんくすん」


「安全な場所などにお宝は埋まっていないのよ半兵衛! 虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うでしょ? 今夜からのロケ敢行は、ガチで強力な心霊スポット限定! あの女を見つけて捕まえるの! これから先はずっと陰チームのターンっ!」


「ひーん、ひーん。十兵衛が余計なものを撮影してしまったばかりに、ロケの危険度がどんどん上昇していくですう。皆さん誠にすみませんですう~。で、信奈さま? 今の映像を撮影したボーナスは、当然いただけますですよね?」


「当然よ十兵衛。わたしはそこまでケチじゃないもの。あんたには、ご褒美としてこの京都限定の縁結びキティちゃんをあげるわ! さっきゲットしたてのホカホカよ? ねえねえ、かわいいでしょ~?」


「うがーっ! 霊障を浴びる覚悟で撮影したのに、銭をよこせやがれですうううう! ああもう、なんだかどんどん頭痛が激しくなっていく一方ですう~!」


「……あ。宇喜多先生から連絡だ。やっぱり秀家とも学校とも連絡が取れないらしい。おかしいな? 配信はちゃんとできているのに、どうしてだ?」


 清水寺で、事態は急展開。

 ついに遭遇! 確保目標は、丑の刻参り女! 生かしたまま(?)捕獲するために、予定を変更して今夜から京都の心霊スポット陰ツアーを強硬開催!

 そういうことに、なった。

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