第四話 清水寺の舞台
二日目、午後。
東山、清水寺。
「というわけでお昼休みも終わりまして、天下布部終身名誉監督の織田信奈でーす! 十兵衛は八つ橋を食べたらちゃっかり回復したので、配信を再開しまーす! 地主神社は清水寺とくっついているので、帰り道ついでに清水寺の本殿の舞台に登っちゃいました~! う~ん、高い! 見晴らし最高っ! 緑の山が美しい~! 見て見て人がゴミのようだわ良晴、あーはははは!」
「信奈は高いところに登るのが好きだからなあ。落ちたら助からなさそうだぞ、あんまりはしゃいで身を乗り出すなよ?」
「うげ~。清水寺……舞台……うっ、まーた頭が痛くなってきたですう」
「『清水の舞台から飛び降りる気持ちで』という言葉もあるが、実際にここから飛び降りる人はいたのだろうか?」
「くすんくすん。画面外から失礼します、カメラマンの半兵衛です。委員長さんの疑問にお答えしますね。舞台から地上までは十二メートルほどありますので、落ちればかなり危険です。清水寺の記録によりますと、江戸時代には少なくとも二百人を超える人が飛び降りた飛び降りの名所だったようです。しかも清水寺の舞台の南には、鳥辺野や六道の辻という曰くつきの土地がありまして――清水寺の詳細は添付テキストを参照ください、ぶるぶるぶる」
「ただし当時は舞台の下には木が茂っていたので、死んだ人間は34人。生存率はなんと八割! 当時の清水寺は自殺の名所ではなく、みんな願掛け目的で飛び降りていたそーだ! 病気を治したいとか、恋愛を実らせたいとか! 二割の確率で死ぬボタンを押してしまうバンジージャンプだな、むふー!」
成功しても願掛けなんて迷信じゃーん意味ないじゃん飛び降り損じゃんと信奈はいぶかしげだが、光秀は「俺、清水の舞台から飛び降りて生還したら彼女に告白するんだ……という命懸けのフラグ立てだったのですう、きっと。ああ、まさしく『愛の飛び降り』ですう」となにやら妄想に耽っている。「フラグを立てたら死ぬんじゃないの?」と光秀の乙女脳についていけない信奈。
「くすんくすん。視聴者の皆さん。今は江戸時代と違って地面が固くなってますので、決して飛び降りてはいけませんよ?」
歴史的には、清水寺本殿の舞台は応仁の乱で消失したが、徳川家光が再建させたということになっている。舞台が今のような畳百畳敷という大規模なサイズに拡張されたのは、家光期だという。
だが良晴の戦国記憶の中では、戦国時代に広々とした清水の舞台が存在していた――やはり本来はパラレルワールドだから少し「正史」と違っているのかな、と良晴はややこしくなってきた記憶と現実の齟齬をなんとか調整しようとした。
そしてもう一人。清水寺を訪れて記憶の混乱を来しつつあった部員がいた――光秀である。
「……清水寺……舞台……うっ。ほとんど忘れていた戦国世界の記憶がまーた蘇ってきたような……おかしいですう。この舞台で松永先生と斬り合ったような、そんな妙な記憶が……」
「十兵衛ちゃん、気のせいだよ気のせい! 戦国時代にこの舞台はなかった! たぶん! だから当然、そんな記憶はただの空想の産物だ! そ、そうだよな信奈?」
「どうだったかしら。わたしも加勢したような気もしないでもないけれど、この世界での話じゃないから別にどうでもいいんじゃない十兵衛? わたしたちは今この世界に生きているんだから。でしょ?」
「信奈さま! なんという現実主義者、やっぱり信奈さまこそ部長の器に相応しい頼もしいお方ですう~!」
「その証拠に、ケツバットでお尻をぽこりと打たれると痛いでしょ? えいっ」
「ひんっ。やめるですう! 信奈さまは手加減を間違えることがあるです、校外暴力反対~! そもそも今の装備は竹刀じゃねえです金属バットです、手元が狂えばオーバーキルですぅ!」
「あ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ」
ほらまたアンケートの票数に差が付いちまったじゃないか、と良晴が呆れる。
信奈と光秀、そして良晴が舞台から見える絶景をバックに配信トークを続ける隣で。
黙っているだけでアンケート票を集めてしまう小早川隆景は(これ以上差が広がると、織田信奈はどんな無茶をしてでもあやかしを捕縛するしか道がなくなってしまう。みんなの安全のためにも、競り合って最終結果がどちらに転ぶかわからない状態を維持したい。とはいえ、わざと視聴者に嫌われるような行動を取ろうと思っても、どうすればいいのか小心な私には想像もできない……こ、困ったな)と逡巡していた。
信奈たちの後方に静かに移動して、知恵者の半兵衛にこっそり尋ねてみたが、
「わ、わかりません。わ、わたしが幼稚園時代にいぢめられていた理由のひとつは、き、気が弱くておトイレに行きたいと言いだせず、お、お漏らししてしまったことですが、JKが動画配信中にそんなことをすれば世界中に永遠に動画を拡散されるので、絶対に絶対にお勧めできません。くすんくすん」
と、良い子の半兵衛も妙案を閃かない。それどころか、恥ずかしい黒歴史を開陳されてしまった。
「そ、そんな過去があったのか。たいへんだな」
「はい。ちなみに岐阜弁では私のような人見知りする恥ずかしがり屋の子供を、おめん子と言います」
「……その言葉、決して動画チャンネルに流さないように。それこそ拡散されてしまう」
「え? どうしてですか? 委員長?」
「り、理由は知らなくてもいい。私も、姉者の『腐女子小説用語事典』をうっかり読んでつい知ってしまっただけで……こほん。官兵衛に妙案はないだろうか。アンケートを接戦状態に持ち込んだほうが、三泊四日という長丁場の配信も盛り上がると思うのだが」
同じ天才軍師でも黒田官兵衛はいわゆる悪知恵も働くタイプだから、こういうことは比較的得意なはず、と小早川隆景は最後の望みを官兵衛に託した。
光秀はこすっからい悪知恵の持ち主を自称しているが、良い子の小早川隆景から見てもどうかしているほど馬鹿正直な性格なので、相談すればかえって大問題に――要は、機密を保持できないことが残念ながらわかっている。
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