第三話 縁結びスポット、地主神社-3
ともあれ――恋占いの石レース対決は、小早川隆景の勝利となった。プラス900票。初手でいきなりマイナス400票を喰らった織田信奈はなおも「これ以上サポートで100票支払うのはやーだー!」とケチったため、二度目三度目のチャレンジにも失敗。結局、最終的な得票収支はマイナスとなった。
まさに「最短ルートはいつだって遠回りだった」を地で行く結果となったといえよう。
「こ、こほん。ちょ~っとばかりアンケート票の差が絶望的に開いてきたけどぉ、勝負はあやかしを捕らえた時点で決着だからね!」
「まだ金属バットで超自然相手に応戦できると思っているのか、織田信奈? 式神を召喚できるようになるまでは自重するべきだと思うが」
「だいじょうぶだいじょうぶ! そんなこと言っても判定決着には持ち込ませないんだから! ねえねえ半兵衛。地主神社にも、ご当地キティちゃんっているのかしら? わたし、旅行先でご当地キティちゃんを集めるのが趣味なの。独眼竜の伊達政宗キティちゃんがなかなか手に入らなくて、うぐぐ」
「くすんくすん。ちょっと探してみますね。あ、でも、もうひとつ配信しておきたいスポットが地主神社にはあるんです。こちらは陰チーム向けのスポットですが――」
「むふー。京都心霊ツアーと言えばこれ! 『いのり杉』だ!」
「祈りすぎ?」
半兵衛と官兵衛がスマホを構えて移動した先には、一本の古いご神木が。
「くすんくすん。こちらが『いのり杉』と言いまして、参拝した人々が良縁を祈っていく地主神社のご神木です。注連縄の下に小さな鳥居が据え付けられていますね?」
「ほんとだわ。樹齢いくらなのかしら? きっと、ありがたいご神木なのね。ちょっと削ってメルカリで売り払おうかしら」
「駄目ですう信奈さま、罰当たりにも程があるですぅ。そもそも生配信してるですよ?」
「大炎上すればアクセス数増えるじゃ~ん?」
「むふー、よせよせ祟られるぞ織田信奈! 『いのり杉』の裏へ回ってみよう! そう! 『いのり杉』の裏側には――『丑の刻参り』で打ち付けられた五寸釘の跡が多数残っているのだー! 実は『いのり杉』の夜の姿は、丑の刻参りを行う『呪い杉』なんだ。あーははは!」
「えーっ、こんな陽キャだらけの神社に、丑の刻参りの名所があったわけえ? うわ京都怖いさすが京都だわ!」
「……良晴。ほ、ほんとうに丑の刻参りでつけられた穴なのだろうか、これは?」
「小早川さん。たぶん、ほんものじゃないかなあ。ただし、ほとんどは江戸時代のものだろうけど」
《縁結びの神社に、呪いの丑の刻参りスポットがあったのか。縁そのものがないから知らなかった》
《俺、ここ参拝したことある。ただし、ぼっちで――カップルだらけでいっそ呪いたかった。わかる。わかる》
《リア充爆発しろ! と叫びながら釘を打つんだな。藁人形オフがあったら参加してみてえ》
《とりあえず相良良晴を呪詛しようぜ。なんでハーレム作ってんだよ死ねよ(血涙)》
《呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》
半兵衛が、天下布部チャンネルに解説テキストを張り付けた。なんだかコメント欄も丑の刻参り状態になってきています、と震えながら。
「丑の刻参りとは、深夜の丑の刻に人知れず神社のご神木を訪れ、神木に呪いの藁人形を五寸釘で打ち付けて憎い相手を呪うという、呪詛の儀式だな。呪詛を行う女は、頭に蝋燭を立てた鉄輪を被って儀式を行うのだー! まさに鬼女。陰陽師の狩りの対象だな、あーははははは!」
「なぜか、丑の刻参りを行う人物って女性ばかりな印象ですよね官兵衛さん。男性はやらなかったのでしょうか、くすんくすん」
「さあ? 昔の男は、それほどの恨みがあれば刀とかで直接相手をブチ殺してたんじゃないかー? 応仁の乱とかモロにそれだろう半兵衛?」
「女性は武器を持っていなかったから、呪詛で恨みを晴らそうとしたというわけでしょうか。戦国世界の記憶では女の子も普通に武器を持っていたはずなので、混乱しそうです。くすん」
「現代日本の男は刀を取り上げられた代わりに、ネットで呪詛の言葉を書き連ねるようになったという点で男女平等の世が来たというわけさ。あーははは!」
「嫌な平等だなあ、官兵衛。っていうか、どうしてずっと俺ばかり呪ってるんだよこのチャンネルのコメント欄の連中? ハーレムなんて作ってないってば! 誤解だよ。あ~、せめて宇喜多先生が車から出てきてくれれば」
《俺らの呪詛がちっとも効いてねえぞ、この男。畜生~呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪》
《駄目だ、まるで通用しない。鋼鉄のメンタルの持ち主らしい》
《なんか戦場経験者っぽい顔になる瞬間があるもんな。部長を抱き留めた時とか》
《元軍人じゃね? きっと幼い頃にジャングルに遭難して傭兵をやっていたんだ》
《そんな漫画の主役みたいなやつが現実にいるかよ。でもちょっと雰囲気違うよな》
いや結構メンタルに効いてるからお前らやめろ自重しろ、と良晴は思った。
「むふー! 織田信奈ならばバットで一撃だから、五寸釘も藁人形も要らないな!」
「ちょっと官兵衛。いくらわたしでも、人間相手に本気出してバットで殴らないわよー! これは対あやかし決戦兵器だってばあ! あーでも、丑の刻参りをやってることが誰かにバレたらたいへんじゃないの?」
「そうです。儀式の現場を見られれば呪いの効力を失うので、目撃者は消さなければならなかったとか……ひうっ、自分で言ってて怖くなってきました……!」
「あうう……釘穴を見ているうちに、なんだか十兵衛は……あ、頭が痛くなってきたです……十兵衛は繊細な少女なのですぅ、こーゆー人の怨念にはとことん弱いのですう……」
もともと暗示にかかりやすい体質だからだろうか。
呪い杉をじっと眺めていた光秀がさあっと青ざめて、ふるふると小刻みに震えはじめた。
「十兵衛ちゃん? ど、どうした? 刺激が強すぎたんだろうか? ちょっと休もう」
「十兵衛ってば暗示に弱すぎよ。昨夜だってなにも出なかったでしょ? へいき、へいき! 丑の刻参りなんて実際に効くわけないじゃーん。絶対だいじょうぶ!」
「昨夜だって出まくりですう、出まくりですう信奈さまあああ~! ああ、駄目ですう、腰が抜けそうで……はうう……」
「お、織田信奈。茶店を探して一時休憩しよう。こういうものへの感受性は人それぞれだ」
「むふー。朝っぱらなら平気だと思っていたのだが、なかなか繊細だな! ちなみに夜の丑の刻参りスポットを訪れる度胸は、このクロカンにもない! 怖すぎる!」
「ううう、私もです官兵衛さん。時間はまだまだありますから、急がずにゆっくりと巡りましょう」
《俺らの呪詛が十兵衛ちゃんに効いてるじゃないか、お前らすぐに念を送るのをやめろー!》
《人を呪わば穴二つとはこのことか……言霊ってあるんだな》
《ごめん十兵衛ちゃん。これからはきみの幸福を祝うから! 祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝》
《その字面、「呪呪呪呪呪呪呪呪」と大差なくね?》
視聴者どもも天下布部メンバーも騒然とする中、配信は一時休憩となった。
光秀は「寝不足が原因ですので、お気になさらず」と時給を減らしたくない一心で平静を装ったが、明らかに「呪いの杉」を前にすると具合がおかしくなっていた。そして、杉から引き離すとすぐに回復したのである。
半兵衛と官兵衛は(ほんとうに暗示効果だけが原因でしょうか)(もう少し様子を見ないとわからないな。今日はもう休みにしようか)と相談したが、光秀の「駄目ですう十兵衛はもう平気ですので時給はきっちりいただきますです!」という強硬姿勢によって、この日の配信は続行することに。
だが、その光秀の頑張りが、事態を徐々に怪しい方向へと――。
狂わせていくことに、なった。
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