第三話 縁結びスポット、地主神社-2

 ここで、両者の性格がはっきりと出た。

 光秀が「信奈さま、十兵衛が手を添えて誘導するですう♪ サービスでチップをいただきますですよ♪」とお小遣いをせびろうと指をわきわきさせて待ち構えていたが、信奈は、この光秀の誘いを華麗にスルー。


「ぐえっ。チップだなんて冗談じゃない! ここは日本よ、チップ文化なんて認めないんだから! チップを支払うだなんて、想像するだけで辛すぎてお腹痛くなっちゃう!」


 と持ち前の守銭奴精神が発動してしまい、自力でゴールして1000票をフルに手に入れる大勝利ルートを選んだ。すなわち、光秀をガン無視して真っ暗な中をゴール石までずんずんと突き進む道を――。


「わたしは、十兵衛にチップを払わない覚悟を決めたわ! 覚悟とは! 暗闇の荒野に、進むべき道を切り開くことなのよ!」


「の、信奈さまああ~!?」


「そうよ、深夜配信の間に入った投げ銭の一割の話もチャラね十兵衛! やっぱりおかしいじゃん、こーゆーのって最初の雇用契約通りに支払うべきじゃん! 今朝のわたしってば、どうかしていたんだわ!」


「ひいい。チップをせびったばかりに、藪蛇ですう。ひ~ん、ひ~ん」


 信奈がずんずんずんと自らが信じる最短ルートを突き進む間に。

 一方の小早川隆景は「うう。私は運動神経がいまいちで……道筋がわからない。どうか手伝ってほしい」と暇そうに隣に立っていた明智光秀に手を伸ばして救援を乞い、光秀の手を握りながらゆっくりとゴール石へと向かった。


「十兵衛は鬼畜ではないので、おめーは敵陣営だから駄目ですうとは言えないですう。承知ですう委員長どの~。もうチップをいただくのは諦めましたので、配信動画内でたこ焼き屋台骸骨の宣伝に協力していただければお助けするですぅ」


「あ、ありがとう。階段に転落したら危険だから……助かる」


「十兵衛? 委員長にもチップを請求しなさいよーっ! あ、でも、委員長は今の時点で既にマイナス100票じゃーん? 勝った! 二日目午前、完ッ!」


 と言いつつも、信奈は(やばっ。十兵衛が寝返るだなんて? たこ焼き屋台を宣伝すればそれで済むなら、わたしにもそう言えばいいのに。今さら交渉条件を下げるなんて!?)と焦った。自業自得なのだが――信奈は、思いきって勝負に出た。


「おっとー! 織田信奈がここでラストスパートをかけたーっ!? 別に一着を取っても票は加算されないのに、どーした織田信奈っ!?

 しかもルートがずれてるぞ、危ないから注意しろー!」


「うるさいわねー播磨! なにを言っても惑わされないわよ! あんたの声から少しだけずれた地点がゴール石よ、わたしには見える!」


「考えすぎです信奈さま、くすんくすん。その絶大な確信の根拠はいったい?」


「播磨のアドバイスに頼ったら、恋の成就にも友人の助力が必要になっちゃうんでしょ? わたしは、恋は自力で掴み取るのっ! それが織田信奈の譲れないポリシーなのっ!」


「ポリシーですか、くすんくすん」


「自力で一着を取れば、視聴者どももわたしの勇気と実力に感動してアンケート票も増えるっしょ! あやかしを捕らえて勝利しても、アンケートで委員長に負けたら納得いかないのー! それに! 因縁の京都で負けるなんて、なんだか許されない気がするの!」


「納得はすべてに優先すると言いたいのだな、織田信奈! あーはははは! だが! ほんとうに道がずれているぞ、危ないから止まれー!」


「無駄無駄無駄! 逃げ切った逃げ切った本能寺の変以来四百四十年ぶり織田信奈逃げ切った! まさに今日の京都地主神社の上空とおんなじ、青空! 一着でゴールッ!」


 最短ルートとはいつだって遠回り、という至高の名言を織田信奈は忘れていたと言える。


「って、あれっ、地面が消えた……階段っ? 嘘、やだ、落ちるううう~!?」


「あーっ、だから言ったのに! これが織田信奈の逃れられない運命なのか!? 式神も出せない、まずいぞ半兵衛!」


「くす。だいじょうぶです官兵衛さん。良晴さんがいますから」


 そう。

 どーせ信奈のことだから後先考えずに猪突猛進して盛大に石段に転落するに違いない、とよくわかっていた良晴が、石段の途中まで降りて待ち構えていたのだった。

 や~だ~負けたくな~い~と泣きながらゴロゴロ転がり落ちる運命だった信奈の華奢な身体を、良晴ががしっとキャッチして抱きすくめる。


「まったく。その高転びに転ぶ癖を治せよ、信奈」


「よ、良晴? あ、ありがとう……」


《おおっと。胸キュンイベント、発生!》

《リア充爆発しろ男だけ頭バチンと爆発しろ》

《レースに負けて勝負に勝ったな、終身名誉部長は》


 とコメント欄の面々も内なる乙女心を炸裂させた、のだが――。


「って、良晴? なんでわたしを助けてるのよっマイナス100票でしょっ? しかも、一度ルートを外れてゴールインに失敗したからさらにマイナス300票っ? いやあああああ、委員長との差が開く一方じゃないの~!」


「いててて。どうして俺を殴るんだよっ? チップを払って十兵衛ちゃんの手を取ってゴールすれば900票入ったじゃないか、ケチは身を滅ぼすと覚えておけよ?」


「良晴こそ、小銭の大切さを覚えておかないと将来困るわよ? 毎月のお小遣い二万円でどうやってリーマン生活をしのぐつもり? それ以上は与えないわよ?」


《あーあ、せっかくの胸キュンイベントがwww》

《これ、ツンデレじゃなくてガチの守銭奴だろ》

《いくら美人でも、生涯月二万円縛りはもはや拷問》

《すまん、こどおじ生活のほうがマシ》


 一瞬信奈に投票しようとした視聴者どもも、目が覚めた。やっぱり清楚で謙虚な小早川委員長に一票だ、と。

 恋愛ドラマなら名場面なのに小銭の話にしかなりませんくすんくすん、と半兵衛が残念な信奈をちらちら見ながらちょっと泣いた。私も参戦したかったです、とちょっとだけ後悔しているが、もしもそんなことを言いだせば信奈は「ロリコンは駄目、絶対!」と半兵衛を簀巻きにして部室に置いてきただろうから言えなかったのである。

 信奈が良晴の腕に抱かれながらじたばた暴れているうちに、小早川隆景は光秀と一緒にゆっくりと歩きながらゴール石にそっと手をついていた。


「委員長どの、ゴールですう! 900票加算で、さらに視聴者どもの票もガンガン入ってますです! 信奈さまとの差を大きく広げましたですう!」


「……ふう、織田信奈も無事なようでよかった。さすが良晴、織田信奈との付き合いが長いな。票は取れたけれど、わ、わたしの割り込む余地はないかもしれない……」


「はて。そーゆー雰囲気には見えませんが。むしろ世知辛い銭金の争いに陥っていて、百年の恋も冷めそうな勢いですよ?」


「ふふ。あれは、夫婦ゲンカだ」


「夫婦ゲンカですか? はっ? まさかあの二人、倦怠期では? 戦国記憶がもとの記憶に加算されて、17歳にして一気に倦怠期を迎えたのでは? これはわれらにもチャンスありですよ委員長どの!」


「えっ? さすがのプラス思考……わ、私とは正反対だな」


「こっそり同盟を結んで先輩をゲットいたしましょうです! 信奈さまはチップもくれませんし、ドケチなのですう! このまま先輩とくっつかれたら、先輩との接触禁止とか会話禁止とか、どんな暴君ぶりを発揮するか」


「い、いや、明智光秀と小早川の裏切り同盟とか、いろいろ洒落にならない気がする。それは駄目だ、フェアに戦わないと」


「はえ~。委員長どのはどこまでも正直者なのですぅ。ああ、信奈さまから時給をいただきながらも、実は先輩をかっさらいたいと密かに野望の炎を燃やしてしまう十兵衛は、悪い子ですぅ……」


「……そ、そうだったのか。それなのに織田信奈のアシスタント役を? た、たいへんだろうに」


「いえいえ。時給をいただいているので、仕方ないのですう。赤貧チルドレンの十兵衛にとっては、恋愛よりも銭なのです!」



「そ、そうか。う、うちの神社で巫女のアルバイトをしてみてはどうだろう。きっと人気が出て参拝者が殺到すると思う」


「涙が出るほどありがたいお話ですが、たこ焼き屋台でいっぱいいっぱいなんですう~」


 なぜ、たこ焼きにそこまでこだわるのだろう? と小早川隆景は疑問を抱いたが、光秀にも譲れないなにかがあるらしい。それが、たこ焼きなのだ。理由は、小早川隆景にはよくわからない。

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