第三話 縁結びスポット、地主神社

 二日目、午前。

 東山、地主神社。



「おはよう、全権監督の織田信奈でーす! 昨夜の心霊事故物件中継はいかがでしたかー天下布部ファンの皆さん! 十兵衛のもとに幽霊は出ましたかー? 今日は京都の陽スポットを楽しく巡って、部員たちの親睦を深めたいと思いまーす! かわいいと思った子に投票をお願いねっ! つまり、わたしに入れろと言ってるのよ!」


「……の、信奈さま……昨夜はずっと金縛りでした、十兵衛はもう死にそうです……信奈さまが先輩と同じ寝室でいちゃいちゃ夜を過ごしている間に、一晩ずっと金縛り……」


「こ、ここは東山の地主神社だ。古すぎて設立年代不明な上に、縁結びで有名な神社で……ええと……織田信奈、陽チームの配信なのだから画面を独占しないでくれ」


「甘いわね委員長、終身名誉監督は誰よりも偉いのよ! わたしを排除して良晴といちゃいちゃしたいだなんて、そうはいかないんだからっ! でもまあ、わたしもそこまで強欲じゃないしぃ、収録中は良晴は仲良く半分こね?」


「……なあ信奈、アンケートの票がどんどん小早川さんに流れているんだけど、いいのか? せっかく深夜の十兵衛ちゃんの生配信でアンケート票を稼いだのに、全部無駄になりそうなんだが……あと、十兵衛ちゃんの顔色がすごく悪くなったような」


「良晴はドーンと構えていればいいのよ、だいじょうぶだいじょうぶ! 判定勝ちを狙うなんてわたしらしくないじゃん? 堂々とあやかしを捕縛して優勝するんだからっ! 昼の部は余興よ、余興♪」


 余興と言いながら、平和な恋愛の神社に金属バットを持参してきているのは、いつ何時たりともあやかしとの決闘に備えているということなのか、と良晴は思った。


「くすんくすん。信奈さまが脚本を無視したフリートークを止めてくれないので、至急カメラマンの半兵衛がナレーションも担当します。ここ地主神社は、清水寺に隣接する由緒ある縁結びの神社で、『恋占いの石』で有名です。占い方はシンプルです。スタート地点の石から、目を閉じて約十メートル先にあるゴール地点の石に一度で辿り着ければ、恋は速効で成就します」


「ゴールするまで何度も手間取ったら成就はなかなか困難、何度もチャレンジする羽目に。友達のサポートを得てゴールすれば、恋の成就に友達の協力が必要になるという、恋愛経験がないクロカンにはよくわからない『てくてく歩き占い』だ、あーははは!」


「ハ。ただの迷信でしょ、アホくさ。わたしはそーゆー縁起担ぎは信じないから! 恋は、自らの力で掴み取るものなのよー! 夜の決戦に備えて、バットの素振りを開始~! 天下布部のエースで四番、二刀流のわたしを舐めないでほしいわね。ビッグフラーイ、ノブナサーン!」


「……と、予想通り信奈さまが『恋占いの石』チャレンジに乗り気になってくれないので、今回の『恋占い』企画に限り、アンケート票にボーナス票を加算します。一度で自力ゴールしたらアンケート票を1000票分加算、友人サポートをひとつ受けるごとに100票マイナス、トライアウトを繰り返せばリタイアごとに300票マイナスというポイント争奪戦にしてみます。くすんくすん」


「もちろん、挑戦者は織田信奈と小早川隆景だー、いざ尋常にファイッ!」


「最大で1000票加算っ? ちょっと待ちなさいよー? いくら判定勝ちは狙わないと言っても、それってインチキじゃんっ? わたしは目を開けててもまっすぐ進むのが苦手で、気分次第で足取りがフラフラするのにー! 西で焼きそばの香りがすれば西へと向かい、東でたこ焼きの匂いがすれば東へと向かい、北で哀しんでいる人がいればケツバットを入れて気合いを入れろといい、南でお腹をすかせている人がいれば目の前で『日本人はやっぱり米よね~』と銀シャリを美味しくいただく。それがわたしなのよー! 決められたレールの上を歩くなんて苦手なの!」


「こらこら織田信奈、委員長との票差がどんどん開くからダダ滑りトークはヤメロ~!」


「し、失敗し続ければ、アンケート票がマイナスになってしまうのか。こういう競技は体力と運動神経に優れた姉者のほうが得意なのだが、仕方ないな。うう」


「ちょっと待ったですぅ! 昨夜は文字通り身体を張ってアクセスを稼いだのですから、十兵衛にも参加させてくださいですぅ! 一発でゴールして1000票取れば、十兵衛が先輩争奪戦に勝てるという可能性も!」


「はあ? 十兵衛はわたしのサポート係でしょ? 時給を払ってるんだから、わたしが道を逸れたら助けてくれないと」


「いやですう! うっかり補佐して信奈さまを助けたら、『あんたのせいでマイナス100票じゃないの!』と理不尽な理由で怒られるに決まってるですぅ!」


「あーもう、しょうがないわねー。それじゃああんたの深夜配信の間に入った投げ銭のうち、一割をあんたに払うから補佐しなさいってば!」


「なんと、一割も? 頑張りますです信奈さま、ともに支えあえって勝利を掴みましょうですう! 十兵衞はいつだって信奈さまをお慕いしておりますです!」


「一割でいいのか、十兵衛ちゃん……」


 そういうことに、なった。

 良晴は「いまだに姉さんたちと連絡が取れないし、こんなことをしてる場合なのかな……」と不安だが、車中で待機している宇喜多直家先生がどうにか娘と連絡をつけようと躍起になっていることを思いだし、その件は宇喜多先生に任せようと決めた。丸一日娘の秀家の声を聞いていないので、禁断症状が出ているらしい。


「それと半兵衛。京都地区担当の陰陽少女とは連絡が取れないのか? 式神の件でなにか手がかりが掴めるかも」


「ご当地陰陽少女同士の連絡・接触は、不慮の事態が起こらない限り原則禁止なんです。陰陽少女の霊力は大きいですからね。官兵衛さんはわたしと幼い頃から学力テスト勝負の因縁があるからか、もともとそういう性格だからか、神戸では接触禁止ルールを無視してますけれど」


「むふー。京都担当が誰なのか、われらも知らないんだー。一応探してはいるが、見つかる気配がない! それこそ式神を召喚できれば一発で見つかるのだがな!」


「そっか。ご当地妖怪が管轄地区の陰陽少女を直接スカウトするから、横の繋がりはないということか。うーん、それじゃ京都の陰陽少女は頼れそうにないなあ」


「それでは織田信奈及び小早川隆景、スタート位置に着いたか? ゴール石を目指してゴー!」


 信奈も小早川隆景も目隠ししてのスタートとなる。夏休みとあって境内は観光客で溢れているので、まっすぐ進もうとしても人波に流されてしまい、実に難しい。


「ギャー! ま~た、誰かにぶつかった~! お願い、見ての通り虫も殺せないかよわいJKが恋の成就のために戦っているのだから避けてよー! もはや、バットを振りながら進むしか……駄目だわ、わたしがバットを振ったらスイングが豪快すぎて身体の軸がずれて、ゴール石の位置がわからなくなる! なんとかして腰を回転させずに腕だけで……無理無理、身体に染みついたダイナミックな打撃フォームは一朝一夕では治らないの~!」


「お、織田信奈。神社の境内でバットを振ってはいけない。目隠ししているのだから、誰に当たるかわからないぞ。とはいえ、うう……わ、わたしはあやかし捕縛なんてとても無理なので、判定勝利しか可能性がない。大幅減票だけは避けたいところだが……む、難しいな」


「むふー、二人ともガンバレー! ちょっとハードルが高いからな、このクロカンがサービスでゴール石の後ろに立って声で導いてやるぞー! このサービス分は票をマイナスしない!」


「ふーんだ。わたしは信じないわよ、これはきっと播磨の罠だわ! ホイホイ誘導されて、石を通り越して階段に転落するようなわたしじゃないから!」


「そ、そうか。ゴール石の向こうは――下りの石段なのだったな。危険だ織田信奈、一緒に手を握りあって同時ゴールしよう。落ちそうになったら互いに支えあって」


「やーだー。同盟を結んで油断したわたしを階段に突き落とそうとしても無駄よ小早川隆景! 関ヶ原の二の舞は演じないわよ!?」


「そんなことはしない。うう……関ヶ原の合戦で裏切りをやったのは小早川秀秋だ……隆景ではない。全国の小早川さんへの風評被害だぞ」


「それは、この世界での話でしょ? 戦国世界ではどーだったかしら? あーもう、わたしってば良晴の戦国記憶を全部ゲットしたはずなのに、合戦関係の記憶をほとんど忘れちゃった!」


「あーはははは! 他人の異世界での記憶を全部覚えていたらメンタルが壊れてしまうから、仕方がないな織田信奈。ゴールはこっちだ~」


「やはり票加算制にすれば信奈さまの闘争心に火が付きますね。勝負は白熱してきました、くすんくすん。お互いにルートを半分進みましたが、ルート内を歩む参拝客さんが多く、まっすぐゴール石に辿り着けるかどうかは微妙な情勢です」

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