第二話 マジカル京都ツアー開始 そうだ、京都行こう-8


 深夜の和室・666号室。

 夏だというのに、妙に寒い。


「……ひーん、ひーん。こんばんは、心霊事故物件JKの明智光秀ですぅ。ここからは夜の部・陽チームの配信を行いますですう。今宵から三夜にわたって、女の幽霊が出るという噂のこのお部屋で朝まで生配信させていただくですぅ。本能寺の変で織田信長を討った武将から名前をいただいた十兵衛が、よりによって●●●ホテルの心霊怪奇部屋に泊まるというのも因果なのですぅ。十兵衛はお肌の美容のためにもう寝ますので、オラッ、とっとと投げ銭を落としやがれですぅ! あと、信奈さまに一票を!」

 シャワーを浴び終えて浴衣姿に着替えた光秀が、布団の上に寝そべりながら涙の動画配信を開始。コメント欄には《ぶひい、ぶひい》《十兵衛ちゃんデコカワユス》《おじさんが支援してあげるね~》と光秀の色香に血迷った紳士たちの魂の叫びが溢れかえっていたが、その「人の業、人の念」の凄まじさが、ますます光秀の恐怖心を増幅させていくのだった。

 なお●●●の部分は「本能寺」と喋っているのだが、半兵衛官兵衛が開発した生配信用の音声自動フィルターがかかってピー音に変換されている。相変わらず口が滑りまくる光秀であった。

「……はっ、しまったです。思わずホテル名を口に? おおおおお前ら、部屋を特定して押しかけてきたらブチ殺すですよ? ああ、でも、生きている人間よりも死んでいる人間のほうがはるかに怖いですうううう! 今頃、信奈さまは相良先輩と清らかな一夜を過ごすと称してなにをしているかわかったもんじゃねえですう! 酷いです、酷いです信奈さまあああ~! 十兵衛は日本一不幸な赤貧チルドレン少女なのですう、ひーん、ひーん」

 光秀が枕に顎を乗せてうつ伏せになりながら足をじたばたさせて愚痴っていると、突然部屋の上方からガンッ、ガンッ! と轟音が鳴り響いた。明らかに、人の足音ではない。


《ヒエッ!?》

《今のってラップ音じゃ?》

《でかすぎるだろ》

《ここってマジで幽霊部屋じゃないの? 俺、昔泊まったことあるけどほんとに出たぞ》

《やばいよやばいよ》

《昼の晴明神社の時点からいろいろおかしいよな?》

《十兵衛ちゃん逃げて~》


 煩悩に溢れていた紳士たちのコメントも、一気に光秀の身を案じるものに変わったが、


「ひいいっ? あーもう、うっせー! 誰ですか? 眠れないです、静かにしやがれですううう!」


 当の光秀は(十兵衛がラップ音に魘されている間に、先輩が信奈さまともしも……あ~っ、どっちも気になって眠れないですう)と二重に気が気でなく、恐怖に加えてストレスによる「本能寺ゲージ」(光秀のストレスゲージ)上昇が加速する一方。

 そんな光秀の頭の上に、まるで売り言葉に買い言葉とばかりに、ふわふわと光る玉がいくつも飛び回りはじめる。

 光秀は「あーもう、なんですか眩しいです眠れないですう」とその玉を手で払おうとするが、すり抜けて当たらない。


《オーブが出てますやん!》

《特撮……じゃなさそうだな。そんな小芝居できるキャラじゃない。マジやんけ》

《ちょ。十兵衛はん。口を閉じなされ》

《自分から喧嘩売ってどうするんだよー》

《織田信奈全権監督よりも過激なJKかもしれん》

《これ以上挑発すると、人間型の本体が出るぞ》

《どうするんだ、捕縛できねーだろ。バットもないし》

《式神うんぬんってマジネタだったのか?》


 天下布部チャンネルの視聴者数は、光秀の頭上に多数のオーブが飛び交ったこの瞬間、過去最高に達した。もっとも、光秀にボーナスが一円たりとも出るわけではないのだが。


「ちょっとお前ら、怖いコメントを投げるのはやめるですよ!? ゆゆゆ幽霊なんてめめめ迷信、都市伝説なのですぅ。信奈さまもそう言っているし十兵衛も信じない信じたくないのですぅ。そもそも、かしこくてかわいくて男子にこれほどモテモテな十兵衛が見知らぬ女に呪われるような理由が……ギャー、すっごくありそうですうううう、それは――女の嫉妬!」


 ひた。ひた。ひた。

 畳の上を、陰々滅々とした小さな足音が――。

 コメント欄は一瞬静まりかえり、そして大炎上した。


「ひいいいいいっ!? 桑原、桑原……! しまった、これは雷にしか聞かない言葉ですう! しかも菅原道真公を呼び出しかねない呪文! そうでした。半兵衛どのによれば京都心霊ツアー中には、京都三大怨霊――早良親王、菅原道真公、崇徳上皇には決して触れてはならないのですうううう~! ああもう、どこのどなたかはご存じございませんがどうかお帰りくださいやがれですう!」


 恐怖で目を開けていられない光秀は枕に顔を埋めて、無理矢理に視界を塞ぎそのまま眠ることにした。


「ひーん、ひーん。この部屋にあと二泊するなんて信じられないですう! 信奈さま、お恨み申しあげますですよ~」


 桑原なんて死語だろ、生まれてはじめて聞いたとコメント欄の紳士たちが動揺する中、光秀は布団を頭から被ってガタガタと震えながら事故物件での一夜目を過ごすのだった。

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