第二話 マジカル京都ツアー開始 そうだ、京都行こう-7
※
一泊目、深夜 本能寺ホテル。
一人部屋:宇喜多直家が熟睡中。
二人部屋の一室目:半兵衛官兵衛小早川がぎゅうぎゅう詰めで就寝中。
二人部屋の和室:十兵衛が就寝しながら動画配信中。
二人部屋の三室目:信奈と良晴が就寝中。
「い、今頃、十兵衛は熟睡してるかしらねー。あの子は図太いから事故物件でも平気でしょ? わ、わたしのほうが緊張して眠れなさそう……」
「あ、相部屋を強制しておいて、今さらなにを言いだすんだよ。ツインベッドだから問題ないだろ、たぶん」
「だって、冷静に考えたらあんたは戦国世界でわたしと新婚初夜を過ごした記憶を持ってるんでしょっ? こっちはそういう夢も見たなーって程度だから気にしてなかったけど……ずるいでしょ、それ! 戦国世界の記憶を全部消しなさいよー!」
「しょうがないだろ。自在に消せたり思いだしたりできないんだよ」
「でも、今はこの世界の良晴と向こうの世界の良晴の意識が併存して混じってるんでしょ? 記憶だけでも分離したりできない?」
「そういう危ない真似をするとすべての記憶が吹き飛ぶだろうし、下手したら世界が丸ごと消し飛ぶからやめてください、と半兵衛に釘を刺されているんだ」
「そ、そう。それじゃ仕方ないわね……ヘンなこと考えたらケツバットよ?」
「室内にバットを持ち込むなよ」
織田信奈は(しまった? わたしのほうが急に良晴を意識しちゃって頬が赤い? どうしよう、どうしよう。あああ明日は朝から配信ツアーなんだし、眠らなきゃ)とベッドの上で悶えていた。
二人きりになったとたん、いきなり目が覚めたというか、アドレナリン全開状態が収まったというか。
だが、良晴のほうはもっと深刻である。
(信奈が突然ヘンなことを言いだすから、どんどん思いだしちゃうじゃないか! こっちの世界の信奈とはまだ交際していないというのに、旧本能寺で過ごした新婚初夜の記憶が蘇ってきて……そして、ここは新本能寺の向かいに立てられた本能寺ホテル……ま、まずい!)
この世界では本能寺の変が起きた後、本能寺の場所が移転しているのである。
「なにがまずいのよ、言ってみなさいよ!」
「こ、心が読めるのか? さらにまずい!」
「顔に全部書いてあるだけよー! あんたと初夜を過ごした織田信奈はわたしと同じじゃない、同じじゃないから! かかかか重ね合わせてへへへへんなこと想像して興奮したらけけけケツバットよ!?」
「……確かに、今の信奈のお腹に銃で撃たれた疵痕はないものな。綺麗なお腹だ」
「ちょ。いつ見たのよーこの変態!」
「海水浴とかミスコンとかでさんざん見てるから知ってるよ。戦国世界では女の子であれ武将はみな戦場に出て戦っていたから、あちこち怪我ばかりしていたな。今はいい時代だ」
「女の子武将とか、まずいないんですけどーこっちではー。む、向こうでは、良晴の身体も怪我だらけだったの?」
「そりゃまあ、戦のたびにズタボロになってたから、しょうがなかったんだ。俺は特別に強いわけでもなかったし。こっちじゃ自分の肌が無傷すぎて違和感があるなあ。筋力や心肺能力も落ちてるし。というか、普通の高校生時代の俺の体力に戻っている」
「あーっ? べべべ別に、良晴の肌を見せろと言ってるんじゃないからね? 脱がなくていいわよ? 脱がないでよ?」
「ぬ、脱がないよ、なに言ってんだよ?」
「だって、今の良晴は、ど、ど、ど、童貞じゃないじゃーん! 女慣れしてるじゃーん! 駄目よ、いきなり上半身裸の姿でがばっと襲ってきたら、わたし……」
「別に女慣れなんかしてないよ。信奈以外の女の子とはそういう関係にはなっていなかったって。しかも一夜だけだ。わけのわからないままに直後にすぐに本能寺の変が起きて、信奈を救うためにすぐに世界線を移動したから」
結局、本能寺の変はどうなったんだろう? もう一人の俺が計画通りに行動できていれば阻止できたはずだけれど、こちらからは確認しようがないなあ、と良晴は天井を見上げながら向こうの世界の信奈の身を案じていた。
「だからあ、わたしを相手に脱童貞したカウントはやめなさいよー! 身に覚えがないんだからっ! 既成事実を別の世界で作ってくるとか、ずっるーい! そういえば、このわたしと二人きり寝室で寝ているのに、結構落ち着いているじゃない? うわっもしかしてそれって余裕? もうこの女は俺が抱いた女だぜガハハと余裕かましてんの?」
「ち、違うよ。向こうの信奈は本能寺の変の運命から逃れられたのかなって」
「んもう。わたしのことを考えなさいよー、失敬ねー! ふふふ二人きり一緒の寝室で寝てるのに、他の女のことを考えるだなんてー! 浮気者~!」
「いや、信奈は信奈だろ? ややこしいな、もう」
「ああそう。手をつけたわたしのほうが、バットを持って暴れていて手をつけさせていないわたしより大事なんだわー! 良晴のサル! エロザル! 戦国時代の風習だからと、小早川とも一夜をともにしてハーレムを作るつもりなんだわ。よよよ……!」
「いやいや戦国世界でも、ハーレムとか作る気はなかったから! なぜかどんどんそういう流れになっていってた気はするけれど。戦国世界に召喚されたばかりの頃は、藤吉郎のおっさんの志を継いで夢は一国一城モテモテハーレムとか騒いでたなあ。懐かしいな」
「やっぱりハーレム作るつもりだったんじゃん! 現代日本でハーレムなんて、ぜーったいに認めないんだから。わかってる? 戦国世界のことはいったんリセット! わたしたちの人生は、これからなんだから! いい?」
「……ああ。わかってるよ。いずれなにかがきっかけになって、どうしても気がかりでならない戦国世界のことを吹っ切れる時が来るさ。きっとその時こそ、三重記憶に圧迫されている俺の脳が完全に安定する時だと思う。その時は――」
その時は良晴は誰を選ぶのかしら、と信奈は不安になった。
昼間の大騒ぎで疲れていたのだろう。良晴がそのまま眠りについたので、信奈はそっと起き上がって、静かに良晴の背中に寄り添うように隣のベッドへと移動して自らも目を閉じた。
「……早く吹っ切りなさいよ、バカ。でもライバルがこのわたしだなんて、とてつもない最強の敵じゃないの。んもう……ほんとうに、良晴が吹っ切れる時が来るのかしら……」
運動部にも通っていないただの高校生男子にしては少し広い良晴の背中を、信奈は細い指でそっと撫でてみた。
本来はついていないはずの背中の疵痕の感触を、確かに感じ取れた。
(見知らぬ世界でわたしを守ろうとして傷つき続けた痕跡を、どうして感じ取れちゃうのよ。こんなのって、ずるいじゃん)
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