第二話 マジカル京都ツアー開始 そうだ、京都行こう-6


 初日、夜。

 河原町三条、本能寺ホテル。



 夕食を済ませた信奈たちはチェックインしたホテルの一室で、本日の反省会議と明日からの戦略会議に突入していた。


「相変わらず、姉さんたちへの通信は繋がらないなあ。どうしてだろう?」


「そのうち繋がるんじゃない? お昼の配信終了時のアンケート結果は、小早川隆景が早くもリードだわ。予想通りとはいえ、明日こそあやかしを見つけて捕まえないとわたしの勝ち筋は遠のいちゃう! もう一日終わっちゃったしぃ! 三泊の間に訪問ロケ地の数を増やせないの、半兵衛?」


「はいはーい! 十兵衛は、せっかくですから金閣寺が見たいですぅ!」


「駆け足で回ればもっとあちこちに行けますが、配信するとなるとそれなりに手間がかかりますし、あやかしが確実に出て来そうな場所に絞らないとタイムロスです。くすんくすん」


「それよりも織田信奈。陰陽道関連や通信関連で既に怪異現象が起きていると思うのだが、素手であやかしと対決しようなんて無謀なのでは」


「はあ? 委員長、わたしは素手じゃないから。バットがあるからぜんぜん問題ないわよ! わたしは現実主義者なの、物理攻撃に勝るものなしよ! 明日は陰チームが大活躍するんだから!」


「くすんくすん。明日は陽チームがメインで、昼の京都観光スポットに注力する予定です。信奈さまが活躍される陰チームが本格稼働するのは、明後日三日目の夜からです」


「なんでよ半兵衛? どうしてそんなに悠長なの? 動画チャンネルはスピード感が大事なのよ? 番組構成に、やっぱり意義あーり!」


「……天気予報によれば明日の夜は一晩中雨で取材困難ですし、怖いことはできるだけ先に延ばしたいので……くすんくすん」


「あーははは! 初日からさっそく式神召喚不可能、しかも身内と連絡つかずというトラブルが起きているのだから、ネタ的に掴みは問題ないだろう!」


「まだ弱いと思うけど、まあ怪異ネタ不足についてはわたしに考えがあるわ! あと、そこで熟睡中の宇喜多先生の肩を揺すってる良晴! さっさと決めなさいよ、誰と相部屋で寝るのかを!」


 われらが相良良晴は今、困難な局面に立たされている。

 宿泊者は総勢七人。予約できた部屋は、二人部屋が三つ、一人部屋がひとつ。

 男性が二人。女子が五人。

 普通に考えれば、良晴と宇喜多先生の男コンビで二人部屋をひとつ占拠するのが定道なのだが、宇喜多は「オレは先生だぜ? さんざん運転手役をやらされて疲れてるんだ、歳も歳だしなーっ! 優雅な一人部屋を要求する! 嫌なら一人で車を運転して帰るぞ?」と言い張り、そのまま寝てしまったのである。


「そんなことされたら、良晴が女子とお泊まりすることになっちゃうじゃーん! ちょっと、起きなさいよー! 野球対決に続いて、まーたやる気ないんだから~!」


「駄目だ織田信奈、先生はもう泥酔している」


「もともとまったくやる気がないところを強引に連れてきたからな。これ以上無茶ぶりはできないだろう、あーははは!」


「くすんくすん。良晴さんには一人で寝ていただいて、三人部屋を設けるしかありませんね。小柄な私と官兵衛さんとあと誰か一人で、ぎりぎりスペースは取れると思います」


「それも駄目よ半兵衛! なぜなら、いつ誰が良晴の部屋に夜這いをかけるかわかんないじゃーん! 良晴を見張る相部屋担当が一人必要だわ! 宇喜多先生が駄目なら、わたしたち五人の天下布部ガールズの中でもっとも人格が高潔で貞操観念が堅くて卑劣な夜討ち朝駆けを決してやらない選ばれしJKが良晴と相部屋になるべきよ! キャプテン・アメリカの如き高潔な女の子がっ!」

 小早川ですね、小早川さんですね、委員長だな、と光秀・半兵衛・官兵衛が即座に頷いたが、信奈は、


「なにを言っているのよ、あんたたち!? わたしに決まってるでしょー? いったいなにを聞いていたの?」

 と驚天動地の表情を浮かべて「信じられない!? みんな委員長に買収されてるの?」と本気で震えたのだった。


「織田信奈はやらかし担当の社長枠キャラじゃないか、あーはははは! クロカンは陰キャチームの相方だが、面倒臭いことになりそうだから反対する!」


「はい、私もそう思います……い、いぢめないでくださいね?」


「はーん。どうするのよ良晴? 返答次第では、あやかしを倒す前にあんたと対決しなくちゃならないかもしれないわね……どうしても小早川と一緒に眠りたいなら、わたしの屍を乗り越えてからいきなさい!」


「落ち着け、落ち着け信奈! 俺は宇喜多先生の部屋で寝るよ!」


 一人部屋のベッドは狭いから絶対に入れないぞ~野郎と肩寄せ合って眠れるか~うぜえ~と寝ながら宇喜多が断固拒否。狸寝入りじゃないの? と信奈はこめかみの血管をひきつらせる。


「あの~。ここはどちらを選んでもカドが立ついつものアレですので、間を取ってこの十兵衛が先輩と一緒に寝ましょうか?」


「だーめー! 十兵衛がいちばん暴走しそうでしょっ!」


「くすんくすん。それではこうしましょう。一泊目は良晴さんと信奈さまが相部屋。二泊目は小早川さんと良晴さんが相部屋。三泊目はまた良晴さんと信奈さまが相部屋。平等に交替交代に相部屋で寝て、不公平感を下げます」


「公平と言いつつ織田信奈が一泊多いところがミソだな、あーはははは!」


「デアルカ。それ、いーじゃん! ナイス献策よ半兵衛! 二泊目になにかあっても、三泊目で良晴をシメれば洗いざらい白状させられるわけだし、わたしと小早川がお互いに抑止力になるわね? それでいいわね委員長?」


「よ、良晴と二人寝? いくらツインベッドとはいえ、そ、それは……だいじょうぶなのだろうか? 不純異性交遊なのでは?」


「だから、そういうことしなきゃ問題ないじゃん?」


「うう。宇喜多先生、担任として止めてもらえないだろうか?」


「……ウィ~、オレは知らん。勝手にいちゃこらしてろ……青春は、二度と戻らねえ……先に相良良晴を口説き落としたものの勝ちでいーだろ……むにゃむにゃ」


「そ、そんな。困ったな……良晴はそもそも脳がまだ不安定で……」


 小早川隆景は(うう。良識派の竹中半兵衛も私も押しが弱いから、織田信奈のマシンガントークと威圧感に押しきられてしまう。織田信奈のストッパー役が存在しない)と嘆息した。姉者が参加できていればこんなことにはと思ったが、仕方がない。


「だからあ、夜這いをかけなきゃなにも問題ないっしょ! ヘタレの良晴のほうから襲ってくるわけ、ないんだしぃ。それじゃ今夜はわたしと良晴が同室ね! 委員長と半兵衛官兵衛の三人は二人部屋でぎりぎり詰めて雑魚寝っ! 残った二人部屋には、十兵衛、あんたが一人で泊まるのよ! はい、これが十兵衛が三泊する666号室の鍵ね」


「ええっ? 十兵衛だけ一人寝なのですかっ? ツインベッドをくっつけてダブルベッド仕様にできるですう! 相良先輩と相部屋のほうが嬉しいですが、王様気分ですう!」


「あー、666号室は和室なのよ。とーっても広くて涼しいわよー?」


「くすんくすん。私と官兵衛さんが同じベッドで寝ればなんとかなりますが、やっぱり三人は狭いですね」


「クロカンは納得いかなーい! どーして明智光秀だけ二人部屋で一人寝というVIP待遇なんだ?」


 信奈は、光秀の手に配信用のスマホを「はい」と手渡した。邪悪な笑みを浮かべながら。


「それはもちろん、わたしたちが寝ている間もアクセスとアンケートを稼ぐためよ播磨。ふ、ふ、ふ。このホテルの666号室はねえ~、髪が長くて白いワンピースを着た若い女の幽霊が枕元に立ってひたひたと歩き回ったり、いきなり首を絞めたりしてくることで有名な心霊事故物件なんだから~」


「ひいいいいっ? ちょ、ちょっと待ってください信奈さま? ももももしかして?」


「そう! 十兵衛は、毎晩寝ている間も事故物件動画配信を続けてちょうだい! あんたは、三泊ずっと曰く付きの666号室で生配信っ! 必ずや幽霊の姿をカメラに捉えるのよ! 運良く捕獲できればその時点でわたしの勝利が確定なんだから、祟られて死んでも頑張るのよ!」


「いやですう、いやですう~! 事故物件JKデビューなんて冗談じゃないですぅ、怖くて眠れないですうううううう! 十兵衛は敏感なんですぅ暗示にすぐかかるんですぅ~」

 わたしと官兵衛さんが練った計画にはそういう予定は入っていませんが、と半兵衛がなんとか信奈を説得しようとするが、「すべては勝利のためよ」と信奈はこうなると決して意見を変えない。


「そもそも、ホテルに出てくる幽霊なんてよくあるただの噂話、都市伝説じゃ~ん。ネタ作りよ、ネタ作り。十兵衛みたいな美人JKが寝室でおねむしている動画を流すだけで、大勢の男どもが必死で動画を視聴するでしょ? ほーんと、男って単純なんだから。ガンガンと投げ銭を稼ぐのよ十兵衛?」


「ひーん。ひーん。信奈さま、いたいけな十兵衛を合法エロ動画配信に使わないでくださいですう~!」


「別にエロじゃないでしょ、ただ眠るだけでしょ! 見るほうも『これは心霊事故物件動画なんだ』と言い訳できるから、罪悪感も薄れてウィン-ウィンよ!」


 無茶苦茶だな……と良晴は呆れたが、「天下布部の終身名誉監督兼部長」という謎の全権を握る信奈の暴走を止められる者はこの場にはいない。

 無駄な抵抗とわかっていながら、光秀がなおも「いやですう、いやですう」とゴネたので、明日の取材ツアー予定についてはほとんどなにも語られないまま、一泊目夜の会議は終わった。

 なんだか肝心の取材打ち合わせのほうが適当になっているけれど、これでいいのだろうか、と良晴は疑問を感じざるを得ないのであった。

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