第二話 マジカル京都ツアー開始 そうだ、京都行こう-4

 晴明神社でいきなり、異変が起きた。

 官兵衛の背後に隠れた半兵衛が、「妙なんだー!」と興奮している官兵衛とともにインタビュワーの光秀に事情を語る。視聴者のためでもあり、良晴と小早川隆景に情報を共有してもらうためでもある。


「くすんくすん。陰陽少女というナイショの職業についてネットで語るのはあまりよくないのですが、実は私と官兵衛さんは晴明井(晴明神社に設置されている井戸)に用事があってここに来たんです」


「クロカンは顔を晒すのは平気だー、ガンガン映せー! 陰陽少女が変身して式神を召喚するためには、二つのものが必須なんだ! ひとつは、管轄地区に棲み着いている陰陽道アシスタントのご当地妖怪! 魔法少女が連れ歩いているマスコットどうぶつみたいなアレだな! もうひとつは、上層部から割り振られた管轄地区のパワースポットに貯蔵されている『気』のパワーだ! ご当地妖怪も、この『気』のおかげで実体化できるんだ」


「はい。神戸担当の私にはすねこすりさんが、姫路担当の官兵衛さんにはねこたまさんが、いつも一緒にいてくれますよね? 神戸から姫路くらいの距離なら問題ないのですが、京都はちょっと遠すぎるんです」


「なるほど半兵衛。スマホの電波が圏外になるようなものか」


「はい。なので、すねこすりさんとねこたまさんを実体化させるために、京都の陰陽少女御用達パワースポット、つまり晴明神社から『気』をちょっとお借りしようと……」


「われらは、そのために晴明神社の晴明井の水をもらおうとしていたんだ。ところが、護符に井戸水をかけても、なぜかすねこすりもねこたまも出てこない! むふー! これはまずい! なぜなら、あいつらがいてくれないと……」


「私も官兵衛さんも陰陽少女に変身できない上に、式神さんを召喚できないんです。式神さん不在では、あやかしを調伏できません。くすんくすん」

 え? どうしてそんなことに? 官兵衛一人ならば、ま~たやらかしたで済む話だけれど、半兵衛も一緒なのにこのトラブルは……良晴は(やっぱり「件」と会って以来、なにか妙なことになっているような)と冷や汗を流した。


「ちょ。待って待って? いざという時に式神の助っ人を投入できないって、さすがにヤバくない? 物理攻撃だけであやかしを捕縛するって、ハードルあがってない~? わたしはなにがあろうが絶対に捕縛するけれどぉ!」


「待てよ信奈! 物理攻撃だけでどうしようっていうんだよ、危険だろ!?」


「ものは考えようですよ信奈さま。式神の支援なしで物理攻撃のみで戦うとなれば、温和な委員長よりもストリートでぶいぶい言わせてきた信奈さまのほうが圧倒的に有利ですう! 委員長は素手で、信奈さまは金属バット装備! 一気に勝率アップですう!」


「そうよね十兵衛! いいこと言うじゃない、さすがはわたしのパシ……じゃなかった、頼れるアシスタントじゃ~ん!」


「ただし、信奈さまがバットを構えて暴れれば暴れるほど人気アンケートの票を委員長に食われるという諸刃の剣ですう」


「十兵衛、なんでよーっ? 戦う女の子って最高じゃーん!? 時代は戦闘美少女よ! うわっ、《糞うぜえ、この暴力女》だの《優しくてかわいい委員長にツンデレ理不尽暴力ヒロインが勝てると思ってるのか、おおん》だの、アンチの書き込みが増えてきてるっ? なんなの、なんなのあんたら!? よ、良晴はそんなこと思ってないわよね~? あやかし相手に躊躇なくバットを振り抜くわたしって、想像しただけでもかわいいでしょ~?」


「……まあ、マジギレしてガチの日本刀を振り回す信奈よりは、かわいいかな……?」


「ちょっと良晴、いくらわたしでも日本刀は振らないからっ! あーっ、もしかして戦国世界でのわたしの行動がマイナスポイントにっ? 理不尽だわーっ!」


「『この浮気者~』と日本刀を抜かれて追われたこともあったけれど、そういえば火縄銃もバンバン撃ってたな。腕前はへっぽこで、ハズしてばかりだったけれど」


「じゅ、銃撃までっ? いくら戦闘美少女とはいえ、嘘、わたしってばやりすぎっ? そういえばそんなことをしたような、してなかったような……でもそれは夢だから、夢! せいぜい前世! 金属バットと竹刀しか使わないから、わたしに怯えないで良晴~!」


「わかってるよ。でも、なんか規準がおかしくね? 金属バットを持ち出してる時点で、既に世紀末じゃね?」


「えー? 良晴をボコるわけないでしょ~?」


「でも、六甲山でケツバットしようとしたよな?」


「お、お尻はいいでしょお尻は。ぐげげ、人気アンケートの得票数がどんどん小早川有利に? 《前世がどうとか、ツンデレ兼メンヘラの厄介二刀流だったのか》《監督兼部長、超やべえ》《銃撃www 相良良晴に同情するぜwww》《33-4で清楚な委員長の圧勝だな、ち~ん》……って、なによこのコメントの荒れ具合? あらぬ誤解が生まれてるじゃないのー! 良晴、あんたが日本刀どうのこうのと言いだすからよ! もしかして、委員長とグルだったのねー!」


「違う違う! つい口が滑って……ごめん、今後は注意する! 戦国の話はしない! 視聴者を混乱させないためにも!」


「わたしのために注意しなさいってば!」


 愚民どもの人気取りアンケートは捨てましょう! あやかしを捕縛すれば勝ちですう! と、光秀が揺らぐ信奈を煽る煽る。


「そ、そうよね十兵衛! 戦いとはパワーよ、物理攻撃あるのみよ!」


「……どんどん危険度が増している気がするのだが、織田信奈。この勝負、いったん中断ということでどうだろうか。これ以上突き進むと、洒落にならない事態になるのでは。せめて、式神を召喚できない原因を突き止めてから……」


「委員長? あんたはアンケートでリードしてるから、そんなことが言えるんだわー! 勝者の余裕ってやつねっ? わたしは自分が勝つまで、ぜーったいに降りないっ!」


「信奈さま、金属バットに釘を打ち付けて破壊度を強化しましょうです!」


「いいわね! 式神に頼らずにわたし自身の力でやり遂げてこそ真の勝利だものね!」


「じゅ、十兵衛ちゃんは、なんでそんなにやる気なんだ?」


「ひ~ん、先輩~。十兵衛はこのところ、なんだか黒い衝動が溜まってきてるのですう~。よくわかりませんが、暴れずにはいられないのですう」


「はあ……なんだよそれ? 十兵衛ちゃんは放置しておくと黒化するのか、困ったな……」


 戦国世界で言うところの「本能寺ゲージ」みたいなものだろうか、と良晴は思った。十兵衛ちゃんにあまりストレスを与えるのはよくない、そんな予感がする。


「くすんくすん。良晴さん。井戸水を使う式神召喚は諦めましたが、伝説では安倍晴明公は、奥さんに『怖いから式神を屋敷に入れないで』と叱られて、仕方なく一条戻橋に式神を住まわせていたと言います。そこで、ミニチュアの戻橋で式神を召喚しようとしたのですが……」


「それも無理だったんだー! ミニチュアでもほんものの一条戻橋の素材を使っているから、陰陽道的には効果があるはずなのに! こうなったら手はひとつ。ほんものの一条戻橋でもう一度式神召喚してみよう、半兵衛!」


「アスファルト舗装された普通の橋ですよ、官兵衛さん? でも、この世とあの世を繋いでいた一条戻橋独特の『場』の力は今でも有効かもしれませんね」


「そうだ。ミニチュアの橋の下には式神が隠れるスペースがないが、ほんものの橋の下にならば式神がいるかもしれない。さっそく再チャレンジだー! 視聴者の皆さん、チャンネル登録を頼むぞー! 式神の姿は本来門外不出なのだが、今回は特例で撮影OKだ相良良晴!」


「そうだわ! どうして気づかなかったのかしら。あやかしを殴り倒すことに夢中だったけれど、式神が出現するシーンを撮影できれば、それだけで一気に登録者が増えるじゃ~ん! 行くわよみんな、天下布部京都チーム出動! 堀川の一条戻橋へ~!」


「神社を出ればすぐそこですう、信奈さま!」


 ゆるキャラのねこたまとすねこすりはともかく、前鬼と朧月夜が参戦してくれないと危険すぎる。良晴も「わかった」と頷いて、一行は六人総出で一条戻橋へと走った。

 だが――。

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