第二話 マジカル京都ツアー開始 そうだ、京都行こう-2

はわわ、なんてことを官兵衛さん。良晴さんが負けたらいきなり世界の危機です、必ず勝ってくださいと半兵衛が良晴にエールを送る。


「お、おう。ぽ、ポーカーフェイスを保っていれば問題ないだろう。ババ抜きは、感情が表情に出るやつが不利なんだ――つまり『さっさとジョーカーを引きなさいよー!』と切れる信奈が圧倒的不利、冷静な小早川さんが有利、俺はその中間くらいだな」


「この十兵衛も、ババ抜きは上手ですよ! なにしろゲーム機を持っていない十兵衛は、夜はずーっと『一人ババ抜き』で遊んできましたから! 先輩を負けさせて、誰か好きかを生配信中に全世界に公言させるですぅ!」


「いや十兵衛ちゃん、だからそれは世界の危機……っていうか友達いなかったのかよ? 哀しくなるからやめてくれ、一人トランプネタは!」


「んもー。良晴がわたしにコクったくらいで世界が終わるわけないってば! バッカバカしい。それじゃあわたしも本気を出してあげようじゃん、良晴の首を取りに行くわよー!」


「……よ、良晴。負けないで……」


「だいじょうぶだよ小早川さん。信奈は絶対に顔に出る。ギャンブルにもっとも向いていない性格だから」


「ふーん、言ったわねー! わたしにはトランプに勝つ奥義があるんだからー! 秘技! 『ガールズトーク』っ! ぺちゃくちゃ雑談しながらゲームを進めれば、頭の中が雑談に支配されるからジョーカーを引いても顔色に出ないっ!」


「な、なんだとおおおおっ? お前、そんなに世界を滅ぼしたいのか~?」


「おー。やりますですね信奈さま。それではお題は『神戸から京都まで、電車で行くならどの路線を使う?』でいきましょうです! 喋っていいのはガールズオンリーということにして、先輩を敗北させるですよ! そして言わせるです、十兵衛が好きじゃああああと!」


「十兵衛ちゃんまでグルになるなー! なんて卑劣な……俺にも喋らせろー!」


「「男子は駄目~!」」


「そんなあああ~?」


 苦労するなあ相良良晴、同情するぜとハンドルを握っている宇喜多先生が苦笑した。

 半兵衛は「私は痴漢と人攫いに遭遇しなければ何線でもいいです、くすんくすん」の一言で話を終わらせてしまったが、信奈と光秀、そして意外にも小早川隆景がこのお題に乗った。

 とりわけ信奈は、なぜか昔から異様に電車とか自動車の座席にこだわる性格。どこぞの鉄道に新車両が投入されたら、必ずグリーン車に乗りに行かずにはいられない。ババ抜きから集中力を逸らせるには最適の話題と言える。

 良晴が負けたらいきなりピンチの、ババ抜き開始――と同時に喋りはじめたら止まらない光秀が「先手必勝ですぅ」と口火を切る。


「神戸ー京都間の移動は、言うまでもなく新快速! 新快速が最強なのですぅ! 安い! 速い! 乗り換え楽ちん! JR三ノ宮駅から京都駅まで直通50分、大人料金は片道1100円! しかも四人席のクロスシートで、ババ抜きだってできるですう! はっ、しまった? せっかくの話題をいきなり終わらせてしまったです?」


 ちなみに所要時間及び運賃その他は、この世界限定での決まりごとです。


「くすんくすん。関西住み以外の視聴者さまのために捕捉しますと、やたらとスピードにこだわる関西のJRには新快速という、特急レベルの超スピードで突っ走る普通料金列車があるんです。ローカルな話題ですみませんすみません。コメント欄でいぢめないでください」


「まったく同じ区間を併走する阪神、阪急、国鉄(JR)が神戸ー大阪間の社畜ピストン通勤移動戦争を長年やってきた結果生まれた、いわば弾丸社畜列車だな、あーははは!」


「ハ。アホらし。新快速って社畜だらけでいつも混んでるじゃん。グリーン車に該当するAシートですら指定席を取れないことがあるし、高確率で立つ羽目になるじゃん。新大阪駅で座っている客がどっと降りるのをじっと待ち構えるなんて、やだやだ。新幹線で新神戸から京都まで座って移動するのがいちばん楽で速いに決まってるでしょー?」


「ぐげげ。信奈さま、新幹線は高いですぅ。自由席でも片道3000円近く取られるですぅ。三宮から新神戸駅まで地下鉄で移動すればさらに運賃上乗せドン! 指定席なんか取ったらさらにドン! ですよ?」


「でも、座席に座ったら京都まで30分かからないじゃ~ん? 新神戸駅まではタクシーで移動すれば楽ちんだしい」


「タクシーとは、観光業者が走らせている人力車のことですか信奈さま?」


「タクシーはタクシーよ! メーターがカシャンカシャンと上昇して運賃があがり続けるアレよ!」


「ぐえっ? ほんもののタクシーを使うなんて、とんでもないですう!」


「それに、新幹線はなんといってもグリーン車に乗れるでしょ? ふっかふかのグリーン車座席こそ至高! お手拭きまでもらえちゃうし! 隙あらば新幹線やホテルの備品を家に持ち帰るのが、わたしの密かな趣味なの♪」


「ぐげげ。たった30分の移動でグリーン車とか、そんな無駄な……ありえねえですう、十兵衛には信じられない贅沢ですう! 信奈さまの言う通りのプランで移動したら、片道だけで一万円近くかかる気がするですう~!」


「そんなにかからないっしょ? どーしてもお金を節約したいなら、あんただけ三宮から徒歩で新神戸駅に移動すればあ? 坂道がきついけれど、歩けば歩けるっしょ?」


「ひ~ん。十兵衛は足腰は丈夫ですが、旅行となると荷物が重くて辛いですう」


 ぜんぜん京都心霊ツアーの話になりそうにないな……と良晴は半ば呆れたが、ともあれおかげでババ抜きはさくさくと進行していく。


「そうだわ、委員長は~? やっぱり新幹線派よね~?」


「私? わ、私は、その……阪急派だ」


「えー、阪急っ? 意外っ? どうしてー? 阪急は梅田止まりじゃん、十三か梅田で京都本線に乗り換えないといけないじゃん、面倒じゃんっ? しかも神戸本線は阪神と同じロングシートだしい! わたし、ロングシートって駄目なのー! たとえ運良く座れても、目の前に突っ立ってる大勢の人たちの集団が見えちゃうとさー、ああわたしって今、社畜運搬車両に押し込められているんだなあって意識しちゃって、なんだか息が詰まって駄目ー!」

 あれ意外だな。小早川さんにも電車の好き嫌いとかあるのか、と良晴は小早川隆景の新たな一面を発見した。


「委員長殿。阪急でしたら京都河原町まで片道630円と激安ですが、神戸三宮駅から十三で京都本線に乗り換える最短ルートでも京都河原町駅まで70分強、しかもそれなりの確率で立つ羽目に。京都本線の座席に確実に座るために梅田駅乗り換えルートを使えば、さらに時間がかかるですう。コスパ的にも時間効率的にも割と微妙なのでは?」


「うう。そういう細かいデータは私はぜんぜん知らないのだが、阪急は、その、マルーン色の車体が綺麗だから……好きなのだ」


「はあ~? そんなかわいい理由~!? うわ、あざといさすが小早川隆景あざとい。これだから女子は鉄オタに向いていないという偏見が蔓延するのよ委員長!」


「織田信奈? へ、偏見なのか、それは?」


「せめて、阪急京都本線が誇る観光列車・京とれいん雅洛の和風車両が素敵! くらいアピールしないと、にわか阪急ファン扱いされるわよ? 鉄オタの道は険しく厳しいんだから!」


「京とれいん雅洛? 週末限定で二時間に一本くらいしか出ない、あの? 風流で心躍る車両だが、乗ったことはないな……」


「なんで? どうして乗ったことがないのよーっ! それでも阪急ファンなのっ?」


「うう。すまない。観光と言えば、うちは広島の厳島が定番なので」


「それは観光じゃなくて里帰りじゃないの? あーっそうだわ、どうせ京都に行くんだから、京トレイン雅洛の畳席でお茶会を優雅に開きながら実況すればよかったー! 思えば京トレイン雅洛って新幹線をはるかに上回る超豪華車両なのに、普通料金じゃん! 超・超・超お得! 京都ツアーのオープニングを飾るのに最高の車両だったじゃーん! 今までそこに気づかなかったわたしってば、終身名誉監督失格だわ~!」


「の、信奈。電車の中でこんな大騒ぎをしたら、叱られて降ろされるからな? 迷惑系配信者じゃあるまいし。車内配信するなら、自動車じゃないと無理……」


「そこ! 男子はガールズトーク中のお喋り禁止っ!」


「まるで阪急の宣伝動画になってしまったな、あーはははは! 路線勝負は小早川隆景の勝ちだなー!」


「ギャー! うっかり口を滑らせて自滅しちゃったー! わたしっておバカなんだわー! もはや是非に及ばずよ! 織田信奈、アウトー! 罰として降りるううう! ここからわたしだけ徒歩で京都に行くううう!」


「お気をしっかりですぅ、信奈さま! 捲土重来、必ず再起いたしましょう!」


「なんの勝負なんだよ、なんの? ババ抜きはまだ終わっていないんだぜ?」


「はっ? そういえば……気を逸らすための鉄道話に夢中で忘れていたわ!?」


「くすんくすん。官兵衛さんは京トレイン雅洛に乗ったことありますか? い、田舎から出て来たばかりの私はまだないんです……お、お一人席もあるらしいのですが、それはそれで怖くて。くすん」


「姫路暮らしの官兵衛には無縁だー、ほっとけー! 神戸に出るだけで精一杯なんだー! 神戸高速鉄道とかいう自前の車両を持たない謎のトンネル関所区間を通るごとに、割高な運賃を取られるんだぞー! そんなに姫路と神戸の間に結界を張りたいのか、オノレ神戸人!」


「くすんくすん。神戸高速鉄道は関所ではありません、第三セクターと呼びましょう官兵衛さん。それに姫路から三宮に移動するなら、JR新快速よりも山陽電鉄直通特急のほうが確か10円安いですから、割高どころか割安ですよ? この生配信を視聴中の鉄道ファンの皆さん、神戸高速鉄道の関係者様にお詫びして訂正します」


「そうかー? なんだかあの区間だけ割高な気がするんだー! 山陽と阪神が完全に一体化すればもっと安くできるはずだー!」


「こ、今回は京都ツアーですから、姫路の話はまた次回に。こ、こんど二人で京トレイン雅洛で日帰り旅行しましょうね官兵衛さん? し、心霊スポット巡りは抜きで」


 移動できればなんでも同じじゃないか、どうして信奈も官兵衛も妙なことにこだわるんだろう? 早く京都に着かないと配信動画の中身が別物になってしまうと焦りながら、良晴は(早く。早くわたしの手札からジョーカーを引きなさいよ)とふるふる震えている信奈の手札から一枚トランプを引いた。スペードの2だ。だが良晴の手札とは合わない。そしてこの時、良晴は妙なことに気づいた。


「……あれ……? 俺たち、えんえんとババ抜きを続けてないか? 何時終わるんだ、これ……?」


「くすんくすん。そう言われてみれば、ずいぶん時間が経っているのに皆さんの手札が減っていない気がしますね?」


「気のせいでしょ気のせい。鉄道話が盛り上がったので、みんな手が止まっていたんじゃないの~? さあさあ、ババ抜きに本腰を入れるわよー! あ、駄目、ババ抜きに集中したら表情に全部出ちゃう……次のお題を考えて、十兵衛!」


「はいはい信奈さま! それでは次のお題は、神戸から博多まで移動するなら新幹線かそれとも飛行機か、でいかがでしょうっ?」


「もはや京都となんっっっっにも関係ないじゃん。没よ没」


「……よ、良晴。妙なことといえば、姉者からのメッセージがぜんぜん来ない。妹に過保護な姉者が、なぜ? てっきり、京都では新選組グッズを買い占めてこいと、腐女子魂を炸裂させるとばかり……いくら向こうも『件』の捜索中とはいえ、まだ昼間だし妙だ」


「小早川さん? 言われてみれば俺の姉さんからも連絡がないな? こっちから連絡しておくか」


「待ちなさいよ、そこのシスコン男子高校生! いいじゃん、京都ツアー中くらい姉離れしなさいって! 寝ているブラコン姉を起こすようなことをしないっ! きりきり手札を引くのよー! ほらほら良晴、さっさと私の持ってるジョーカーを引いちゃってってば~!」


「信奈。お前、ほんっとにババ抜きに向いてないのな~。ジョーカーの札を上にせり上げるな。見え見えすぎる」


「ち、ちっがーう! わたしはただ正直者なだけよー! そもそもいけないわ、友人同士でジョーカーの押しつけ合いだなんて醜い争いは! もっとプラス方面に戦えるカードゲームにしましょうよー!」


「むふー! 京都市に入ったぞー! どうやら勝負はお預けのようだな、あーはははは!」


「え、官兵衛? もう着いたのか? やっぱりババ抜きが終わっていないのはおかしいような……」


「良晴、だから気のせいよ気のせい! 楽しい時間ってあっという間でしょ? それじゃさっそくあやかしを捜し出して捕獲するわよー!」


「ま、待ってください信奈さま。一応、陰陽少女が京都に来たら最初に行かなければならないところがありますので……本格的な心霊スポット巡りは明日からです。くすんくすん」


「明日からなの? んもー、じれったーいー! こういうのは最初の掴みが重要なのよ! 番組構成に意義あーり!」


「こほん。今回はかなり罰当たりな旅行なのだし、慎重に行動しよう織田信奈」


 この時、車中の良晴たちはまだ気づいていなかった。

 彼らのスマホやPCに、とある異常が起きているということに――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る