第一話 発端~六甲山キャンプ場-6


 その日の深夜。

 キャンプ中のテント内で、天下布部による緊急新企画会議が開かれた。


「みんな~! 親切な『件』さんのおかげで、天下布部のチャンネル登録者数を一気に増やしてガッツリと稼ぐ大チャンス到来よ! ついでに委員長との決着も付けられて一石二鳥でしょ? これは良晴の脳を守って大切な世界を救うためなの、人類のために頑張って!」


 世界の危機だなんてぜんぜん信じてないくせにほんっとにお調子者ですぅ、と光秀がぼやく隣で、信奈はさっそく半兵衛官兵衛を従えて天下布部部員をはじめとするメンバーの割り振り作業に取りかかっていた。


「ねえ良晴? わたしと小早川が京都心霊ツアーでばっちり決着を付ければ、あんたも選択に悩まなくてよくなるでしょ? それでこの世界を救えるわ! アベンジャーズの如く崇高な使命を成し遂げてみせるから、見てなさい!」


「なにが崇高な使命だよ。ほんとか~? 金が欲しいだけなんじゃないのか~?」


「そ、そりゃ、結婚資金は必要でしょ~? 学生の身分に甘えていないで、稼げるだけ稼がなきゃ。そうそう、結婚した暁には良晴の月々のお小遣いは二万円ね?」


「少なくね? お前って、実家はお金持ちなのになんでそんなに守銭奴なんだよ?」


「そうかしら? リーマンの生活ってそういうものじゃん? お昼は100円ストアのソーセージ弁当でしのげば安く済むじゃん? お茶は会社のポットからもらえばタダだしい」


「……日本人が結婚しなくなるはずだ……はあ」


 会議に参加している小早川隆景が、恥ずかしそうにちらちらっと良晴のほうを覗き見してきて、


「わ、私なら、よ、良晴に財布を預けるが……」


 と呟くと、信奈は「くわっ」と大きな目を見開いてガタガタと震えながら叫んでいた。


「ダーメーよー! 良晴に財布を預けたら、無駄遣いされまくって一向にお金が貯まらなくなっちゃうでしょー! 信じられなーい!」


「そ、そんなことはない。良晴は誠実だ」


「良晴は今は高校生だからまだ大人しいけれど、社会人になったらぜーったいに気が大きくなって遊び人になるタイプだからあ!」


「いや、良晴は生涯を通じて誠実な殿方だと私は信じている」


「ふーん。そーかしら。誠実だったら、記憶喪失になったくらいで新しい恋人を作ったりしないわよね~?」


「むっ。それは仕方がない。そもそも良晴は記憶を失っていた時も、おぼろげなきみとの記憶に対して誠実で……」


「あ、あのう、二人とも? 俺、もう既に頭痛に襲われているんだけど?」


 誰か空気を変えてくれ~と良晴が周囲に視線で懇願する。だが頼みの半兵衛官兵衛は大急ぎで京都観光ツアー取材の計画を練っていて、京都の地図から目が離せない。

 こんな時に頼れる相手は、そう、良くも悪くも場の空気を読めない明智光秀。


「十兵衛ちゃん。なにか言って、二人を止めてくれ。頼む」


「承知いたしましたですぅ、相良先輩! 十兵衛に、この泥沼の三角関係を解決する妙案がございますです!」


「さささ三角関係とかそういう直球言葉はなるべく使わないでくれよ~。で、十兵衛ちゃんの妙案って?」


「ふ、ふ、ふ。十兵衛の妙案とは――そう、ハーレムです! 一夫一妻制度なんてもう古いですぅ、これからの世界のトレンドは、モテる男が女の子を独占する一夫多妻制への回帰なのですぅ! それ以外に、先進国の非婚化少子化を防ぐ手立てはございませんですう! なんなら大友宗麟を抱き込んで相良良晴教団を設立すれば、重婚を禁止する法律の網もかいくぐれるですぅ! ハーレムを開設する際には、この十兵衛もぜひ先輩のお側に♪」


「「「現代日本でハーレムなんてありえないから!」」」


 良晴、信奈、小早川隆景が同時に光秀の提案を一蹴したことは言うまでもない。


「くすんくすん。眠いです……皆さん、お待たせしました。神戸残留組のリストはこちらです。京都ツアー組は、小早川さん率いる陽チームと、信奈さま率いる陰チームに分かれて、あやかしを追い求めて京都の心霊スポットを順番に巡ります」


「どうしてわたしが陰キャチームで委員長が陽キャチームなのよー半兵衛? 逆じゃない?」


「むふー。陽チームは昼の明るい京都のパワースポットをメインに取材するチームで、陰チームは夜の暗い京都の心霊スポットをメインに取材するチームなんだ! つまり、本気であやかしを捕らえるなら陰チームのほうが有利だ!」


「あ~なるほど。あかやしは夜のほうが活動率高そうだものね!」


「まあ常に一緒に行動するんだがな。陰チームは、監督、主演が織田信奈。暴走必定なので、ストッパー兼助演としてアシスタント役の明智光秀。撮影はこの官兵衛にマカセロー! なお基本的にアドリブなので、出演者のトーク力が試されるぞ! あやかしを捕らえられなかった場合、人気投票で勝敗が決まるからな。あーははは!」


「陽チームは、小早川さんが主演。撮影はこの半兵衛が担当します。監督は一応、ええと、こちらも信奈さまです……両チームを指揮する全権監督です」


 それってすっげぇ不公平な気がするけれど、信奈はなにがなんでも監督権だけは手放さないんだろうなあーと良晴は諦めた。まあ、台詞は全部アドリブだし、監督と言っても名誉職みたいなものだからいいか、とこの時は簡単に考えていたのだが――。


「私も小早川さんも静かな性格ですから、間が持つかどうか心配です、くすんくすん。ですから良晴さんは適当に両方のチームに顔出しして、実況のフォローをお願いします」


「わかった、半兵衛。トークなら俺に任せておけ!」


「なお、視聴者さんたちの前で露骨に良晴さんを奪い合うのは禁止です。あやかしを捕縛するという主旨を忘れちゃう気がしますので……そもそも捕縛できるものなんでしょうか……?」


「なお両チームの動画配信は、同じ天下布部チャンネルで行うことにする。取材には自動車が必要だが、われらは免許を持っていないので、子育てに追われて金欠気味の宇喜多直家先生をドライバーとして雇った。面倒臭いので車の運転以外は一切なにもしない、昼寝三昧OK、秀家は相良幼稚園で預かってもらうという条件でどうにか引き受けてもらえたぞ」


「七人乗りのミニバンは、今川家から高級車をお借りします。頑丈なので事故が起きても安全ですし、手に負えないあやかしに襲撃されても逃げ切れそうですから。くすんくすん」


「うーん。結構予算が飛ぶわねー。これは気合いを入れて同接を稼がないと、天下布部は大赤字に陥っちゃうかも……とりあえず宇喜多先生は時給五百円ね」


「日給三万円だーっ! 無茶苦茶を言うな、織田信奈~!」


「うっわ。あの不良教師、どこまで悪徳なの? 一万円が限度よっ!」


 なお神戸チームも同様に、丹羽長秀・柴田勝家たち天下布部チームと、吉川元春・今川義元たち小早川チームに分かれて、「件」を捜索する動画配信を行うこととなった。

 だが、既に予言という使命を終えた「件」の再発見は困難だろう、と半兵衛と官兵衛は予想している。

 すなわち、京都ツアー組こそが大本命。そもそも小早川隆景と織田信奈が出演するわけだから、あやかし捕獲に失敗した場合の決着はこの京都実況配信での視聴者の反応次第で決まるのである。


《隆景。自分は神戸組に残ることになってしもうたが、心はいつもひとつじゃ! 頑張れ!》

 小早川隆景のスマホに、闘魂溢れる吉川元春から応援のメッセージが。

《う、うむ。まるで関ヶ原の合戦に挑むかのような心境だが、頑張ってくる。姉者》

 ええとなにをどう頑張ればいいのだろうと小早川隆景は首を捻りながら、とりあえずレスを返す。返さないと執拗にメッセージが飛んで来るのだ。


「ひ~ん、ひ~ん。十兵衛はまるで当然のように信奈さまのアシスタントとしてまーたパシらされるですぅ。人気投票に十兵衛を加えて三択にしませんか信奈さまっ?」


「はーん。アシスタントを降りるなら、別にいいけどお。アシスタントをやってくれるなら、十兵衛には出演料として時給五百円をちゃんとあげるつもりなんだけどお」


「ぐはっ!? 時給五百円……ほ、欲しいですう……! やります、アシスタントをやればいいんですよねっ? うぐぐ。なんだかだんだん十兵衛の心の中で、黒いなにかが溜まってきているような……」


「気のせいよ、気のせい。命よりも銭を惜しむわたしが大金を支払うんだから、きりきり働きなさいよね?」


「……ひーん、ひーん。どうして十兵衛はこの世界でも赤貧チルドレンなのでしょう。世の中は不条理ですう。せめて時給八百円でお願いしますですぅ、信奈さま!」


「……時給六百円。それ以上は死んでも嫌。死んでも払わないからっ! だいたい、部員に時給を支払う時点でおっかしいでしょ!」


「いやいや、動画チャンネルの収益金はちゃんと全スタッフに分けようぜ信奈。当然、小早川さんたちにも払うんだぞ?」


「えーっ? なにも出てこなかったらアクセス数が稼げずに大赤字じゃんっ?」


「その時はその時だよ。『件』の予言通りなら、きっとなにかが出てくるんだろうし……ぶるぶる。え、ええと、半兵衛に官兵衛。京都取材ツアーのルートは?」


「くすんくすん。大まかな予定は既に立て終えています、良晴さん。なにしろ京都は広いですから、余裕を見て三泊四日とします」


「陰陽道的に見て危険な心霊スポットは、京都の中心街から外れた場所が多いからな。あーはははは!」

 ガチで危険なところは避けてほしいなあ、と良晴は思った。


「絶対絶対絶対、なんでもいいから出て来てーっ! 赤字になったらわたしは耐えられない~! 虎の子の貯金を切り崩すのは、やーだー! 収益黒字化のために、あやかしを見つけたら速効でボコって捕縛してやるんだからーっ! 良晴も一緒に戦いなさいよ!」


「……俺は人間相手の合戦はともかく、ああいう類いは苦手で……きっとまた、金縛りに遭うと思う……」


「ダーメーよー! 命と銭とどっちが大事なのよぅ、良晴ってばあ! ウォーミングアップも兼ねてケツバットで喝を入れてあげる!

 デデーン! 相良良晴、アウトー!」


「やめろやめろ、テント内でバットを振り回すなー!」


「織田信奈、まさか本気であやかしと戦うつもりではないだろうな? うう、不安だ……」


 ともあれ――天下布部の京都心霊ツアーは、こうしてスタートした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る