第一話 発端~六甲山キャンプ場-5
『この夏、織田信奈とお前たちが京で魔界の扉を開く……』
そんな不吉な予言を呟いて、そのまま闇の中へと消えていったのである。
……
……
……
良晴たちが呆然と金縛り状態に陥って居すくんでいると、すぐに「妖怪が出たらしい」という噂を聞き付けた信奈や小早川隆景、吉川元春たちが駆けつけてきた。官兵衛の悲鳴がキャンプ場全体に響き渡ったらしい。
「ちょっと良晴、妖怪が出たんですって~!? わたしはこの目で見ないと信じないんだからー! 金属バットを構えて、織田信奈けんざーんっ!」
「あ、ああ、信奈。牛女の『件』を見てしまった……この夏に俺たちが京で魔界の扉を開くとかなんとか、妙な予言を……」
「ハア、なにそれ? 京都がどーしたって? ここは神戸でしょ?」
「だ、だいじょうぶか、良晴? ま、惑わされてはいけない。ただ、神戸に厄災が降りかかる時には必ず『件』の目撃情報が……うちの神社にも、『件』に関する古文書が残されている。不吉だ」
「こ、小早川さん。も、問題ない。人を襲う妖怪じゃなかった……ああでも、なんだか逃れられない不幸を宣告されたみたいでおっかない……! 京都にいったいなにがあるんだ?」
慎重な相良義陽が「この夏は、京都には近寄らないほうがよさそうだな」と頷くが、これが逆効果だった。
「わたしも、『件』を見ーたーいー! どうして? どうしてスマホで撮影しなかったのよ良晴? 義陽姉さんも半兵衛も官兵衛も、誰も『件』を撮影してないのっ? 信じられない!」
「とてもそんな余裕はなかったが、どうして撮影にこだわるのだ織田信奈?」
「えー、だって妖怪を撮影して動画チャンネルにアップすれば、すっごくアクセス稼げるじゃーん! 天下布部の動画チャンネルはいまだにフォロワー数300人なんだから!」
「……あれは妖怪というよりも心霊の類いだった。みだりに関われば祟りがありそうだが、正気で言っているのか?」
「祟りなんて迷信に決まってるじゃーん! そうだわ! 今までのうちは野球技術を指導するやきうチャンネルだったけれど――心霊ハンターチャンネルに鞍替えすれば、フォロワー数1万超えも夢ではないかも? はっ、閃いた!」
すごく悪い予感がする、と良晴は小早川隆景と視線をかわしあって互いに震えた。
「おいおい、なにを言ってるんだよ信奈。お前まさか」
「ねえ~良晴? そして天下布部の精鋭たち! 今夜から天下布部は夏休み限定で心霊ハンター部にジョブチェンジしまーすっ! ここからは二手に分かれましょう! 神戸班はこのまま『件』の捜索にあたること! 『件』を捕獲した者には終身名誉副部長の称号をあげるわ! ツチノコよりもボロ儲けじゃ~ん! そしてわたしと良晴率いる本隊は、すぐに京都旅行に出発するわよ! 半兵衛官兵衛は陰陽少女なんだから強制参加!」
「くすんくすん。とてつもない災厄に巻き込まれそうです……はわ、はわわわわ」
半ば呆れ顔の丹羽長秀が「それでは神戸班は私と勝家どの、犬千代どの、一益どので回します」と苦笑しながら信奈に相づちを打った。信奈が一度「やる」と言いだしたら、もう止めても無駄だとよくわかっているのだ。
「待て待て信奈、どうしてそうなるんだー! 京都に俺たちが入ったら魔界の扉がどうのこうのうって、忠告してもらったばかりなんだぞ? そのすべてを無碍にするのか?」
「だって、京都に行ったらあやかしに会えるんでしょ? せっかく親切な『件』が教えてくれたんだから、このチャンスを逃す手はないじゃん! そいつを捕獲して、一攫千金を目指すのよ! ほんものを撮影・捕獲する機会なんて、一生に一度あるかないかだもの!」
「よりによって京都で? 神仏を畏れる気持ちがお前にはないのかー?」
「ない! 世の中、銭よ! 銭は命よりも大事なのよ!」
あ。駄目だ。信奈の瞳に¥マークが浮かびあがっている……守銭奴モードが発動してしまった、と良晴は天を仰いだ。美しい星空だなあ。
「本隊は京都心霊スポットを行脚して、心霊ドキュメンタリー動画配信よ! 幽霊でも妖怪でもあやかしでもなんでもこーい! わたしが金属バットで応戦して捕獲してやるんだから!」
「……金属バットであやかしと交戦するつもりなのかよ……野生動物と間違ってないか?」
「落合直伝の神主打法なら、きっとあやかしにも効くわよ! だいじょうぶだいじょうぶ!」
「いや、打撃フォームの問題なのか?」
「待っていなさい京都のあやかしども。地縛霊だろうが妖怪だろうがネット上に晒しまくって私の収入源にしてあげるっ! たっぷりと! IT社会を舐めるなー!」
巫女として激しく不吉な予感に襲われている小早川隆景が「せめて神戸での『件』捜索に絞ったらどうだろう」と一応信奈の説得を試みたが、信奈は「わたしは二兎を追って二兎を得るの! 京に絶対出るとわかってるんだから、主力部隊は京に行くしかないっしょ!」とやる気まんまん。
そして、とうとう信奈に引きずられて「参加する!」と言いだす迂闊者が現れた。
もちろん、お祭り好きの官兵衛であった。半兵衛が「京都は私たちの管轄外です。駄目ですよ、めっ」と頬を抓るが、効果はない。
「むふー! 管轄街の京都だからこそ、半兵衛とこの官兵衛のどちらが陰陽少女として上か、純粋な能力勝負ができるんじゃないかー! 先にあやかしを捕らえた者の勝ちだー!」
「はーん。やる気あるじゃない、播磨!」
「こらっ織田信奈、播磨って言うなー! 姫路だって兵庫県なんだぞー! 神戸と同等なんだぞー! 城の規模では姫路が圧勝なんだぞー! 花隈城なんて駐車場じゃないかー!」
「ふーん。でも、姫路は播磨でしょ。神戸は摂津だからぁ。畿内すなわち人間の世界は、摂津までだからあ。神戸の須磨から西は人外の地でしょ~? 須磨に隠遁した光源氏だって、この世の果てに流されてしまったって号泣してたじゃん?」
「うるさーい! 京都へ行けば、きみだってぶぶ漬けを出されて『先の戦争といえば応仁の乱のことですわ。洛中だけが京都どすえ』と白眼視されるんだぞー織田信奈! だいたいきみは名古屋出身じゃないか! しれっと神戸人面するなー!」
「ふん。まあ、それはいいとして……」
「こらっ、レスバに勝てないとわかった瞬間に話を逸らすなー!」
「そうだわ。どうせなら、先にあやかしを捕らえたほうが良晴との交際権をゲットするという勝負にしましょうよ委員長!? こっちには半兵衛が、そっちには官兵衛が京都の心霊スポットを解説する陰陽少女としてチーム入りということで。と~っても公平だと思わない?」
小早川隆景は「……私が不参加を貫いても、『だったらわたしの不戦勝だわ!』とはしゃぎながら京都に行くのだろうな……織田信奈は好奇心が強すぎる、はあ……」と諦めの境地に。
「わかってるじゃ~ん委員長。あんたも、わたしとの付き合いが長いものね~」
「こ、小早川さん? 信奈の暴走に小早川さんまで引っ張られちゃ駄目だ。そもそもあやかしなんて捕獲できっこないから。今までそんな無茶を実現した動画チャンネルなんて、なかっただろ? いくら京都の心霊スポットを探索しても、勝負はつかないよ?」
「そ、そうだな良晴。でも逆に考えれば勝負を引き分けにできるし、ちょうどいいかも」
「そうか小早川さん。なるほど、引き分けに持ち込めればとりあえずは世界も安全か……」
「い~や! その場合は『あなたが相良良晴ならどちらの女の子と付き合いたいですか』と動画視聴者にアンケート投票させて、最終的に勝ったほうを勝者とすればええんよ!」
「え? 姉者、突然なにを言いだして……」
「隆景、この勝負に乗るんじゃ! あやかしの捕縛なんてありえんけえ、勝機はある! 視聴者の心を掴んだヒロインの勝ちじゃ、いつも通り自然に振る舞っていれば隆景の勝ち確! 織田信奈は金属バットを振り回して大暴れするけぇ、視聴者の票を集められんよ!」
つまり、盛り上がった信奈がうっかりギターを振り回してステージを破壊した学園のミスコン祭と同じ結果が出る――吉川元春は「これで織田信奈に勝てる!」と瞳をめらめらと燃やしながら妹の手を握りしめて説得し続けた。
「弟を京都に入れるのは少々危険だが……京でも神戸でも、あやかしを捕獲したらその時点で勝ち。取材旅行中に捕獲できなければ、その場合はアンケート投票結果で勝敗を決める。そういうルールで勝負するということだな、織田信奈。そして小早川隆景」
「義陽姉さんまで!? 絶対に地雷を踏むって! やばいよやばいよ~」
「いや。この世界の人々の自由意志に基づく多数決で交際相手を決定する――これは、この世界を安定させられる安全な解決方法だ、良晴。なるほど、ネット投票までは考えたことがなかったな」
「……あのう姉さん、俺の自由意志は?」
「良晴、お前にも一票を投じる投票権はある。問題ない」
「俺の問題なのに、たったの一票なのか? 俺の一票の価値は一万票分くらいあっていいんじゃね?」
「既にこれは世界の問題なのだ、良晴。私は京都旅行に付き合う体力がないので神戸に残るが、こまめに連絡を取ろう。頑張れ」
「なにを頑張るんだよ~? 姉さんがいないと、俺は京都でずっと板挟み……そもそも俺は、『件』みたいな不気味なあやかしには二度と遭遇したくない! 金縛り状態になっちまう! 人間を相手にしていた戦国の合戦のほうがまだマシだああ~!」
「ふむ。一説では、幽霊の寿命はおよそ四百年前後だという。戦国の合戦で命を落とした武将たちは、今も落ち武者と化して京都を彷徨っているかもしれないな。お前の戦国仕込みの武術も幽霊には通じない、注意するのだぞ」
「だから、やめてくれよ~! 弟を怯えさせてほくそ笑むのは~!」
かくして――神戸件捜索隊及び京都心霊ツアーでの勝者が、良晴との交際権を獲得すると決まった。先にあやかしを捕縛すれば、その時点で勝者確定。誰も捕縛できなければ、動画視聴者アンケートの勝者が交際権をゲットする。引き分けは、なし。
そういうことに、なった。
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