第一話 発端~六甲山キャンプ場-4
※
事件は、結局独立してバーベキューをやっていた相良良晴チームのエリアで発生した。
良晴チームの構成は、姉の義陽。半兵衛官兵衛。あと、どこかに五右衛門がいるはずなのだが、山中で猪狩りをしているらしい。土遁の術を使っている最中に寝てしまっているのかもしれない。
「いくらなんでも、俺の脳に負荷がかかったら世界が崩壊するとか、姉さんも半兵衛も大げさだよ。現実主義者の信奈にはその種のハッタリは通じないし、繊細な小早川さんはますます遠慮しちゃうじゃないか~」
「いや別にハッタリではないぞ良晴。戦国時代で織田信奈と交際する世界線と、小早川隆景と交際する世界線。お前はその両方の記憶を保持してしまっている。脳がこの世界に馴染む前に慌てて織田信奈と小早川隆景のどちらかを選ぶルート分岐を選択すれば、安定したばかりのこの世界は再び乱れる――と、思う。私の、お前に関する予感は当たるのだ」
「そうかなあ。まあ、今の俺の身体の半分は姉さんの『気』でできているから、信憑性がないわけでもないのか……」
「くすんくすん。唯我独尊の信奈さまには馬耳東風でしょうが、くれぐれも注意してくださいね良晴さん。今までの人生で歩んだことのない第三者と交際するルートを選び、しばらく時間を稼ぐという裏技もありますが……」
「そうか、第三者ルートか! とてつもない修羅場になりそうだけれど、世界の崩壊を防ぐためならありかな? でも、第三者に選ばれた女の子に失礼すぎないか?」
「わ、私あたり、適任かもしれませんよ? この世界を安定させるのは陰陽少女のお仕事ですし、なにかあったら怪異も異変も調伏しちゃえますし」
「えっ? は、半兵衛が?」
「うう。だ、駄目ですよね。すみません。くすん、くすん」
「いやいや、駄目ってことはないけれどさ!? 半兵衛はどちらかというと妹……」
「だいじょうぶです。兄を嫌いな妹はいません!」
「そ、そうなのか?」
「はい、しかるべき時期が来たら妹分に戻ります! 決して良晴さんに迷惑はかけません!」
半兵衛を女の子として意識したことはあまりなかったけれど、今夜はいつになくぐいぐい来るな。世界を守りたいという使命感が強すぎるんだろうけれど、だんだん空気が気まずくなってきた……と良晴は冷や汗を流した。
しかし、半兵衛と良晴が接近しかけると、必ず官兵衛が安全弁として作動するのである。
「むふー、半兵衛は嫁にやらんぞー! それよりさっさとタマネギを焼けー相良良晴!」
「うう。官兵衛さんは、いつもいいところでそういうことを。くすんくすん」
「はいはい。たっぷり淡路のタマネギを食え官兵衛。しかし、世界がどうのこうのと言われても……どうして高校生の恋愛がそんな大げさな宇宙規模の話になっているんだ……インフレしすぎだろ。はあ、迂闊に世界線を移動したりするもんじゃないなあ~」
「あ、私はトウモロコシを頼む。それで、お前はあの二人のどちらが好きなのだ、良晴? どっちも好きだという答えは意味がないから禁止だぞ、はぐはぐはぐ」
「げほげほげほ! それを簡単に決められるなら頭痛はしないよ姉さん! 選ぼうとすれば、すぐに戦国世界の記憶が蘇ってきて……! しかも、俺の脳内にはこの世界の記憶もちゃんとあるから、なにがなんだか……! いててってて。頭痛が、頭痛が~」
「だ、だいじょうぶですか良晴さん? 転入生の島津家久さんと大友宗麟さんが私用でキャンプに参加できなくて幸いでした、くすんくすん。これ以上良晴さんに迫ってくる女の子が増えたら、収拾がつかなくなっちゃいますから」
やはり相良良晴は戦国世界でハーレムを作ろうとしたせいで、この一夫一妻制の世界に馴染めないのだな、あーははは、と官兵衛が高笑いしながら焦げたタマネギを囓っていると。
出た。
それは――唐突に闇の中から、良晴たちの前に現れた。
赤い振り袖を着た痩せた女の身体。
だが、首の上には――巨大な牛頭が、乗っていた。
その牛の口からは一筋の鮮血が流れている。
最初にその怪異に遭遇したのは、官兵衛だった。
不意に、牛女と目が合ってしまった。
牛女の目には、白眼がない。漆黒の闇そのものであった。
「ギャーーーーーーーーーー! 『件』だああああああああ! 命ばかりはお助けっ!」
「く、く、く、くだん!? 六甲山系に時折現れて不吉な予言を成していくという、ご当地妖怪さんですね!? 官兵衛さん、調伏します! 陰陽少女に変身しましょう!」
「こ、こ、こ、腰が抜けて……相良良晴、武力でなんとかしろー! 日本刀を抜けー!」
「日本刀の振り方は覚えているけれど、ここは廃刀令が出された以後の現代だぜ? トングしか持ってねーよ!」
「むふー、なんだとこの役立たずめー! それでも武士かー!」
「高校生だよ! ややややばい、姉さんは隠れて! 突進されたら止められない!」
「……いや、襲ってくる気配はない。確か『件』は、未来を予言して去っていく存在のはず」
「件」は西日本、とりわけ神戸・西宮の六甲山中に出現する妖怪だが、災害に縁づいた予言獣であって直接人に害を為すことはないとされる。
たとえば、第二次世界大戦の終盤に神戸に出現して空襲を予言したとか、神戸大空襲の焼け跡に「件」が目撃されたという都市伝説が残っている。戦時中の神戸・西宮に現れた「件」は、江戸時代から明治時代にかけて出現した「牛体人面」タイプではなく、「人体牛面」の「牛女」タイプであって、外見が異なっている。
そして良晴たちの前に現れた「件」も、良晴たちを攻撃する意志はなかった。
ただ、牛面の「件」はその容貌から想像もできないような繊細な少女の如きか細い声を発した。
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