第一話 発端~六甲山キャンプ場-3
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天下布部の面々が誠に不穏な軍議を開いている間、小早川隆景を応援する上級クラスの面々は優雅に最高級の神戸ビーフのステーキ肉を金網に載せて焼いていた。肉質がよく、さくさくと噛み切れて舌の上でトロトロと溶ける。
天下布部が西神のコストコで買い込んできた激安バーベキュー肉&犬千代が山で捕らえてきたジビエ猪肉とは大違いであった。
「さあさあ皆さん、今宵は今川家のおごりですわ。庶民が一生口にできない超高級神戸ビーフを心ゆくまで堪能いたしましょう。おーほほほほ! 食事会のついでに、小早川さんを勝利させる妙案を大募集いたしますわ。献策を採用された方には扇子をあげますわよ」
「サルくんは欲望に忠実だから、肉で釣ればいいんじゃないかなあ~もぐもぐもぐ」
今川義元が当然の如くバーベキューパーティを仕切る中、信奈の弟の織田信澄が何食わぬ顔で上級クラスに混じって肉を頬張る。親友(実は恋人)の男装娘・浅井長政に「夜のキャンプ場は怖いからボディガードを頼む」と誘われてホイホイとやってきたのだった。
後で信奈にバレたらケツバットを喰らうことは間違いないが、そこまで知恵が回る信澄ではなかった。
「ああ、勘十郎は利口だな。ありがとう、私のために上級クラス組に参加してくれて」
「はっはっは。当然だよ、きみと僕の仲じゃないか長政~」
「……後でお姉さんに吊されて竹刀攻めを喰らう悲劇が確定しているのに、勘十郎……ほんとうにありがとう……」
「ええっ? まままままさか姉上もそそそそこまではっ? いくら天下布部でもそんな新選組みたいな拷問は……ないよね、ないよねっ?」
問題が問題だけにありますわよねえと義元が笑顔で頷き、信澄は恐怖のあまり膝から崩れ落ちた。
「私は興味ないわよ、相良良晴が誰と交際しようがこの北条氏康にはなんの関係もないのっ! お願いだから小田原に帰らせてーっ!
あ、でも、神戸ビーフは美味しいわねもぐもぐもぐ。海の幸は小田原の勝利だけれど、明石の蛸と神戸ビーフだけは褒めてあげる」
「フ。この朝倉義景が愚考するに、荒々しくも太陽の如く激しく燃える瞳を持つ織田信奈と、月のように冷たく穏やかな光を放つ瞳を持つ小早川隆景は正反対の女性。度重なる記憶の上書きで脳にダメージを受けている相良良晴がいずれかを選択できるようになるまで、何年かかるか読めぬ。その間、三人ともに恋に苦しむ青春もまた一興だが、持久戦に持ち込めば生来の奥手故に小早川が不利かと」
山中のバーベキューなのに和服を着込んでいる朝倉義景が、風流な笑みを浮かべた。
稲葉山学園高等部の美男子三人衆と言えば、浅井長政(実は女の子だが)、織田信澄、そしてこの朝倉義景である。このうち長政と信澄は怪しい関係だと校内で囁かれるくらいにいつも一緒だし(実際交際中なのだが)、朝倉義景は女性にまったく興味を示さない孤高ぶり。しかしてその理由とは――。
「はえ~。朝倉さんは、二次元の女の子にしか興味がないのにずいぶんと恋愛経験豊富ですね~。あ、義元さま、お肉をタッパに入れて持ち帰っていいでしょうか? 松平家の家族にも食べてもらいたくて~。ぱくぱくぱく」
「まあまあ。いくらでも持ち帰りなさい、元康さん。おーほほほ! 持久戦が不利ならば、夏休みのうちに勝負して勝つしかないということですわね、義景さん?」
「フ。その通り。相手が二次元であろうがこの朝倉義景は、女性を全身全霊で愛し抜く男! 脳内で無限の恋愛経験を重ねてきた余の言葉に間違いはない。脳内では既に四百年を恋愛に費やしてきた」
「ちなみに現実の恋愛経験は~?」
つい口を滑らせた元康の突っ込みにも、義景はどこ吹く風。
「ない。余には必要がないのだ。なぜなら、三次元の女性は歳を取り死んでしまう儚い存在……余には、愛する女性が老いて死ぬ様を見ていくなんて耐えられないのだ。ちなみに二・五次元は論外だ。二次元を愚弄している!」
妄想の恋愛スパーリングが、ほんとうに現実世界で役に立つのでしょうか……と松平元康は内心でさらなる突っ込みを入れたが、敢えてもう口にはしないことにした。義景の果てしない心の闇が見えそうで怖い。
と、そんな元康のお腹にいきなり異変が。
(はうっ? 日頃口にしない高級肉を食べ過ぎて、急にお腹が? い、いけません、ここで粗相をしたら学園での渾名が『脱糞公』で確定してしまいます~! た、た、た、耐えねば、ねば、ねば……)
元康が超人的な忍耐力を発揮して耐えているその隣で、小早川隆景は(困った。まさか良晴の三重記憶保持状態が、この世界の崩壊に繋がる大問題になっていただなんて……織田信奈はいつもの調子でぜんぜん気にしていないが、どんどん話が大きくなっていく……それに……みんなの前で私はなんて真似を……は、恥ずかしい……!)と青ざめていた。
「……み、みんな。松永先生の茶器騒動の時は、私も織田信奈も平常心を失っていた。これ以上良晴に負担をかけたくないし、ここは私が一歩退くことで学園に、いや、世界に平和を……どうも、嫌な予感がする。これ以上先へ進めばなにか騒動が起こるような、そんな予感が」
「なにを言うとるんじゃ隆景、事態はもはやそういう段階を越えとるんよ! 互いの陣営の面子がかかっとるんよ~! わしらJKにとっていちばん重要なものは、命じゃのうて面子じゃけぇのう!」
「あ、姉者? ええと、とても女子高生の台詞とは思えないのだが……『仁義なき戦い』の観すぎだぞ」
「そもそも織田信奈が相良良晴の彼女候補に食い込んできたのは、戦国世界の記憶が漏れたせいじゃけえ。本来なら、良晴に幼なじみとして長らく尽くしてきた隆景一択で決まりじゃったんよ! 乙女ならば既に一歩踏み出した以上、退いてはならん!」
「……いや、たとえ戦国世界の記憶が混ざらなくても、良晴はきっと……」
「それ以上はいかん! 今逃げれば、一生逃げ続けることになるぞ隆景!」
「……!?」
この吉川元春の言葉が、小早川隆景の心を大きく動かした。
「……うん……そうだな……もうぼんやりとしか覚えていないけれど、戦国世界での私は姉者たちに励まされて逃げなかったような……だから失恋しても、悔いはなかったような」
「いや、戦国世界でもまだ完全決着はついちょらん。なぜならあの時代は一夫多妻制じゃった」
「……そう言われると、『大奥を作る』と騒いでいた誰かがいたような。あれは誰だったか……うう、思いだせない」
「じゃがこの世界は一夫一妻制。たとえ解決を先延ばししても、どちらかが勝ち残る以外に道はないんよ隆景! ならばこの夏休みに、隆景がその手で良晴を掴み取って、ついでに世界を救うんじゃ?!」
吉川元春が控え目な小早川の手を握って盛り上げ、上級クラスの面々たちも「そうだそうだ! なにをするかわからない織田信奈に世界の命運を託すなんて危険すぎてありえない!」「小早川さんだからこそ私たちの命運を委ねられるのよ!」と怪気炎をあげる。
「あ、姉者たちの気持ちは嬉しいが、うう……困ったな。わ、私は本来、自分から男子にぐいぐい行けるような性格では……は、は、はしたないと良晴に思われたくない」
どうしてこんな恥ずかしい状況に、と気づいて赤面した小早川隆景が思わず自分の顔を両手で伏せていると、その手を吉川元春が再び掴んで押し開き、妹の目をじーっと見つめてくる。ううう、もうこれ以上は……と小早川隆景は目をぐるぐる回してしまった。
「いーや、あいつはそういう男ではない、隆景!」
「……う、うん。それは、そうだが……」
「朝倉が言う通り長期戦は不利! 最短で決着を付けるんじゃ! 問題は、どういうルールで勝負するかじゃ。隆景の得意分野といっても、そもそも妹は他人と争うような性格じゃないけえね。学力勝負を申し出ても相手は絶対に受けんじゃろうし」
「姉上はストリートファイトを要求してきそうだねえ~絶対に勝てるしね~はっはっは~」
「ほうじゃね。一対一ではなく、チーム対抗戦でストリートファイトというのはどうじゃ? それならば毛利軍団を呼び寄せられるウチに勝機ありじゃけえ!」
「それは面白そうですけれど、全面抗争化して今川家や浅井朝倉家までが参加すると、きっと応仁の乱のような大乱になってしまいますわねえ。神戸の町が修羅の国と化しますわ、おーほほほほ!」
ああ、毛利軍団が介入したら完全にヤクザの抗争状態になってしまう、それは駄目だ私一人でなんとかしなければと小早川が眉を下げて困っていると。
バーベキューで盛り上がっていた夜のキャンプ場の一角で、事件が発生した。
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