第一話 発端~六甲山キャンプ場-2


 天下布部バーベキュー軍議は、すっかり涙目になった信奈の弱気な悲鳴からはじまった。

 

「うええええん。突然の戦国記憶流入でテンパっていたとはいえ、わたしってばどうして敵に塩を送るような真似をしちゃったのかしら~?」


 信奈は、蹲っていじけている。土を這うダンゴムシを小枝でつんつんしている。


「うう。少しだけ待っていれば、すぐにあの記憶は夢みたいなものになってたんだし、一時のテンションで小早川の告白なんて促さなければよかったーっ! 誰か、誰か助け

てーっ! 今こそ天下布部の集合知をわたしに!」


「小早川は学園のアイドルで強敵ですが、姫さまのほうが華がありますし闘争心が強いですし、勝ち確ですよ! 小早川は気が優しいですから! この勝家が保証しますっ!」


「ですが勝敗の行方はルール次第ですから、姫が勝つ確率は百点中五十点です」


「まーた長秀ちゃんはそうやって点数をつける。要は、のぶなちゃんの得意な戦い方のルールを呑ませればいいのじゃ。勝てばよかろうなのじゃ」


「……自警団活動が活きるストリートファイトで決着を付ければ姫さま大勝利、間違いなし……」


 柴田勝家。丹羽長秀。滝川一益。前田犬千代。天下布部の爛れた人畜無害の仲間たちが慌てて信奈を立ち上がらせて励ますが、要は「暴力で決着を付ければ勝てる」という実に乱暴な献策であった。

 ちなみに全員、良晴の恋の選択が世界の崩壊に繋がるという警告については、勝家と犬千代は話自体をまったく理解できなかったし、長秀と一益は(もしかして真実では?)と薄々気づいているが、信奈にとことん付き合う性格なので、脳に負荷がかかっている良晴を庇うための大風呂敷だと信じていた。というか、そう言い張る信奈に合わせていた。

 なにしろ天下布部の永久名誉部長・信奈は超現実主義者で、そんなアホらしいことで世界が崩壊するはずがないという絶対的な信念を抱いている――仮に誰かの影響で世界が崩壊するとしたら、それは良晴ではなくてこのわたしのメンタルが崩壊した時に決まってるじゃん。なぜならば、わたしこそが世界の中心に君臨する存在なんだから――そうでしょ、そうに決まってるわよね? と信奈は自負している。

 故に、信奈的には「わたしが良晴と結ばれれば世界は救われるんだわ」ということになる。

 結論に至るまでの過程がすっ飛んでいるが、それ故に論破不可能。まさに無敵論法であった。


「うーん、ストリートファイト~? そーゆーのは駄目よー犬千代。平和なこの世界で、大人しくておしとやかな小早川相手にキャットファイトを仕掛けて良晴を奪い合うだなんて~。そんな悪役ムーヴしたら、肝心の良晴にドン引きされるじゃん?」


「……む……それは、確かに……虐めに見える……SNSに拡散されたら、姫さま終了……」


「相手が武闘派の吉川とか、お大名気取りの義元だったら、問答無用でカーフキックを入れて大勝利なんだけどお~! くうっ……かよわい健気な女の子って守ってあげたくなるものね……通り魔に遭遇しても金属バットを振り回して撃退できちゃう私は不利だわ……」


「撃退どころか、通り魔を見つけたら喜々として襲撃するタイプなのじゃ、のぶなちゃんは」


「そうなのよ! 平和な世界ではさあ、わたしってば存在が邪悪そのものじゃーん! 恋愛する上での有利点が、かわいい顔以外になーいー! 顔では小早川もほぼ同等だし! バストサイズもほぼ同等! どっちもわたしがちょっと勝ってるけど、あんまり差が無いっ! 学園の人気投票ではボロ負けしてるし! 戦国世界みたく見せブラなんてやったら痴女だし! うぎぎぎぎ!」


「そうですね。近頃では、ツンデレ暴力女の子キャラは不人気ですから。フィクションの世界でしたら、姫は負け確のかませヒロイン枠です。零点です」

 丹羽長秀の「零点」は、完全なダメ出しである。


「うう……ううう~……」


 信奈はギャン泣き寸前の表情で、激しく地団駄を踏みはじめた。

(地団駄を踏むという言葉自体、今では死語ですが)(ほんとうに地団駄を踏む光景をまさかこの目にするとは?)(JKにもなって、お子さまじゃの)(……姫さまかわいい)と長秀たちはそんな信奈を生暖かく見守っている。


「やーだー! そんなの、やーだー! ストリートファイト以外に、わたしが小早川に勝てる方法はないのっ?」


 天下布部のパシリ役、普段はたこ焼き屋台で学費を稼いでいる明智十兵衛光秀がお肉を焼きつつ、「ありますですよ」とおでこを光らせながらどや顔で笑ってみせた。

 もっとも、利口者の光秀は義陽や半兵衛の話を正しく理解していた。

 内心では(ぐぬぬ。信奈さまはいつもいつもこの十兵衛にパシらせて、肉くらい自分で焼きやがれです。たこ焼きと肉では焼き方も大違いですう。そもそも戦国世界では十兵衛も相良先輩と恋仲だったようなそんな気がするのですが、いつの間にかなかったことに。十兵衛が先輩と恋人同士になる世界線は宇宙のどこにも存在しないかのような扱いですぅ。なぜ信奈さまと小早川隆景の二択で、十兵衛は候補にもあがらないのですか。ああ、ほんっとに世の中は不条理ですう……結局、世界の安定のために信奈さまを補佐する他はなさそうですぅ。ひーん、ひーん)と心の本能寺ゲージが溜まりつつあるが、そこはいつもの如く耐え忍ぶ。


「信奈さまが抱える負け要素――ツンデレ、暴力女、毒舌という不人気キャラ属性を捨てて、今時の平和な時代を生きる草食系男子にモテる女に変身すればいいのですう。見本ならここに。この十兵衛を参考にすればいいですよ? 十兵衛は明るくて正直者でかしこくてかわいくておべんちゃら上手で殿方に尽くしまくりで、われながら完璧ですぅ~」


「ハア? なに言ってるのよ、きんかん? わたしからツンデレ成分を抜いたらなにが残るのよ、なにが? そこは絶対に変えられないでしょ? わたしは、どの世界でもわたしなんだから! 時代に媚びたりはしないわよ、ぜーったいに!」


「そうです、だからこそ姫さまは偉大なんですっ! この勝家、一生着いてきます!」


「ぐえ~。そんな『武士は食わねど高楊枝』みたいなことを言ってるうちに小早川に負けるですよ? 時代に応じてアップデートするですよ、アップデートを。まずは金属バットを捨てて女子力をアップしましょうです、信奈さま♪」


「うっさいわね。それを捨てるなんてとんでもない! 竹刀や金属バットを捨てたら武力が落ちるでしょ!?」


「ひーん。この平和な世界では、武力なんて要らないパラメーターですぅ。むしろ呪いのデバフですぅ」


「ん……? そうだわ、発想を転換しましょ! そうよ、この世界が平和だからいけないんだわ! 乱世を生みだせば、危機に強い私の価値はストップ高じゃない? わたしは治世のツンデレ、乱世の英雄! 頼れる武闘派ヒロインだもの! わたしってば天才っ?」


「おおー、それは妙案ですう。それではさっそく天下布部をテロ組織に改造して、神戸中の治安を掻き乱しますですか、信奈さま! 十兵衛はそういうのも得意です! まずは新神戸駅の裏山に棲み着いた猪の群れをけしかけ、繁華街まで逆落としさせて三宮の商業地区を大混乱に……」


「なにを言ってるのよ十兵衛、わたしたちがテロ組織になってどーすんのよっ! でも、いい線いってるわ。なにか大きな事件を発生させて、本能寺の変に匹敵する吊り橋効果を狙うのよ!」


「そこはせめて『事件に遭遇する』と言ってください、姫。物騒すぎて三点です」

「ちゃんと解決するってば。良晴とわたしが一緒に事件解決に当たれば、ロマンス気分が盛り上がること必定でしょ。要は、戦国世界でやっていたことをやればいいんじゃーん!」


「のぶなちゃんもみっちゃんも過激じゃの。自作自演で事件を発生させたら、テロ組織と同じなのじゃ」


「……自然に事件が起こるのを待つ……先に事件を解決したほうが勝ち……これで勝利」


「そんなに都合よくなにか起こるかしら、犬千代? わたしは待つのが苦手なのー! 鳴かぬなら、焼いて食べようホトトギスって言うでしょ?」


「ホトトギスは食べません、姫。五点です」

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